お財布からお金が羽ばたいて(泣

 そうして、灰色ノルの頭に帽子を被せ耳を隠し、顔にメガネを掛けさせたなら、全く違う彼女の出来上がりとなる。

 なお、メガネは度が入っていない、いわゆる伊達メガネのようで。

 灰色ノルは、その姿に感嘆の息を漏らしていた。

 これならば、多分色々と問題になることもない。僕らは、灰色ノルのために買い物へと出かける。

 が、僕は重大な問題を思い出した。また、お金どうしよう、というもの。そもそも、お小遣いはまだで、僕の財布は、あの時、慰めのお菓子会以来、少ないままだった。

 そこで僕は、そっと英吉を手招いた。

 「……ごめん、お金ある?」

 「……おまっ……。マジか……。……てか、俺が持っているように思う?」

 「……聞くんじゃなかった。ごめん。」

 「ああ、すまない。」

 ひそひそ声で、英吉にお金を借りようとお願いしてみたが、多分間違いだったと僕は謝る。

 英吉が言った通り、確かにとも納得してしまう。

 ならば、歩か……。そっと手招いて聞いてみた。

 歩もまた、首を横に振った。

 「……。」 

 残された手段は、もう、ただ一つしかない。手持ちのお金で買える物で、我慢してもらいましょうか。僕は、決心して、ぐっと拳を作り、気合を入れる。 

 「……あー、その。予算、これぐらいで買えるもので……。」

 「!分かった!」

 そう伝えたなら、灰色ノルは、それでも希望だったようで、ぱっと明るく頷いた。

 結局買えたのは、この前のコンビニで、そこに売ってあったサンドイッチが一つ。

 それでも、灰色ノルは嬉しかったようだ。早速外のベンチに座って、頬張る。

 「んー!おーいしー!!」

 久し振りに食べたと言わんばかりの喜びようが、響いた。体を使って、伸び、その喜びようをさらに際立たせる。

 僕?僕は、その、財布からお金が無くなってしまい、悲しくなる。

 若干涙目に。戻ってこいとつい願ってしまった。

 するとどうだろう、僕の目の前に、羽を付けたお金たちが飛んでいるではないか。

 僕は、そっと手を伸ばしてしまう。

 「!!早まるな、優!!お前はまだ死んじゃいけない!!」

 「……はっ?!」

 それは幻想だったようだ。英吉ががしっと僕の肩を掴み、揺すったならそのお金たちが消えた。

 ……夏の暑さか、僕に幻覚を与えてきたようだ。このまま進んだら、道路に出てしまい、撥ねられてしまうところだった。

 

 そんな夏のやり取りの後、主に英吉の目的を果たそうと移動する。宿題を見せることだ。

 「えー。でも博士いなかったじゃん。」

 「……分からないよ。もし、いなかったと見せかけて、戻ってきたら、英吉は博士と入籍させられるよ?」

 「ぬ~……。」

 英吉は、別にしなくていいんじゃない、と言いたげだったが僕が一蹴する。けど、僕もまた引っ掛かる感じがしてならなかった。その一蹴に英吉は不満たらたらで。

 「……っと。灰色ノルは……。」

 僕は灰色ノルの方に向き直る。

 「にゃ?」 

 僕の視線に気づいた灰色ノルは、猫のように首を傾げる。

 ……僕はさっき思ったように、このまま放っておくのも可哀そうだと。夕飯はどうする、明日は?誰か、用意してくれるのかな?いや、今日のこの様子を見るに、望みが薄そうだ。

 「……僕の家に来る?その……問題がなければ……。」

 僕は、そんな彼女に手を差し伸べる。

 「いいの?いいのっ?」

 灰色ノルは、……その辺何も考えていないのかもね、顔をぱっと明るくして聞き返してくる。

 僕は頷いた。

 「わーいっ!冒険だぁ!」

 「……。」

 飛び跳ね喜ぶ灰色ノル。何か勘違いしているような気がするが。

 まあ、ともあれ僕と英吉、歩、灰色ノルの四人、雪奈と僕の家へ向かう。

 家に着いたが、雪奈は部活、叔母さんは仕事で出掛けていていない。僕が持っていた鍵で開けたなら、蒸された空気が僕らに掛かる。ただでさえ、外の暑さにうんざりしているのに、これでは宿題どころではない。とりあえず、僕が先に入るなり、部屋のエアコンというエアコンを点けまくる。

 「どうぞ、気兼ねなく。」

 僕は手で案内して、中に入れる。

 「お邪魔しま~す。」

 「……お、お邪魔します。」

 「お邪魔します。ここが、優くんのお家かぁ。」

 それぞれがそれぞれの文言を言って、僕の家に入った。

 僕の部屋に案内して、僕は冷たい飲み物を用意しに、リビングへ。丁度、水で出したての麦茶があったので、それを持って僕の部屋へ。

 持ってきたなら、それぞれくつろいでもいる。

 「お茶持ってきたよ。……って、何、僕の部屋の隅々やら見て回ってんの、英吉。」

 英吉は、僕の部屋を漁っているようで、僕は注意する。

 「いや、何かちょっと、Hな本ないかなって。」

 照れ臭そうな笑いと、理由。僕は呆れる。

 「じゃ、宿題見せない。」

 そんなことするなら、僕も反撃した。

 「うはぁう!!ごめんなさいっ!」

 効果はてきめんだ!

 歩は、緊張気味で床に座っていて、灰色ノルはまた、英吉同様、珍しさに僕の部屋を見回っていた。

 「あ、灰色ノルは、僕の棚から、興味があるもの適当に読んでいてもいいよ。……と言っても勉強の本以外ないけど。」

 このままウロウロされても、集中できないかもしれないからと、僕は灰色ノルに、そう言ってみる。

 「いいのっ?いいのっ??わーい!じゃぁ、何か……う~んと、じゃあ、保健体育の本!」

 「……。」 

 子供みたいに喜ぶ灰色ノル、そのチョイスは……。さすがに僕は、無言になる。

 「うほっ!保健体育?俺も探す探す!もっとすごい保健体育があるかもな!」

 灰色ノルに触発された英吉が、これ幸いとばかりに参加しようとした。僕は無言で肘鉄を食らわせる。

 「……分かってま~す。宿題しま~す。本気にしないでくれよぉ。」

 言って、渋々、元の目的のため、机に向かい、僕の宿題を写し始めた。

 「……ええと、〝もっとすごい保健体育〟って……。にぅぅぅ!!」

 方や、顔を赤くする歩、想像をしてしまっているようで。

 これもまた、英吉の言葉に触発されての一幕だ。

 僕はここにきて、後悔している。英吉を連れてきたこと……。頭を抱えた。


 「ぬぅぁぁああああああ……。」

 それから夕方まで、僕の宿題を参考に、英吉はこなしていた。それがいい所まで来た時、変な声を上げる。欠伸も混じっているかのよう。

 「もう、こんな時間だね。お疲れ様。」

 労いの言葉を僕は英吉に。

 「そう言うんだったらさ、何か欲しいね。ご褒美とか?」

 終わったからご褒美ねだり。子供じゃないんだからと僕は呆れた。

 「……え、えと……。ボクでよければ……。」

 「!」

 ずっと本を読んでいた歩が顔を上げ、提案してくる。英吉は何かくれるのかと、期待した表情で見る。

 「……よしよし……。英吉くん、頑張ったね……。え、偉い偉い……。」 

 緊張気味で、頭を撫でてくれた。

 「……わ~い……。うれしーなー……。」

 された本人は、複雑な心境。気持ちのこもっていない返事で応えた。

 ええと、これじゃない、俺が欲しいのは、これじゃない、そう訴えている気がする。

 灰色ノルは、今更気づいたけれど、いつの間にか寝ていた。

 その頭にある耳が示す通り、猫らしい性質だ。

 「さぁて、今日はこれぐらいだな。明日もまた、頼むわ。そろそろ帰らないと、な。」

 灰色ノルの様子を、僕と一緒に見た英吉は、もうお暇するかという感じで言う。

 夕刻もいい時間、それぞれ帰る頃合いかな。

 「……そうだね。今日はここまで、だね。……明日も来る?」

 僕は頷き、見送るために立ち上がり、また、明日来るのか聞いてみた。

 同じく立ち上がり、帰り支度を始める英吉と歩。

 「あ~、まあそうだな。学校に行くってのも煩わしいもんだし。直接ここに来るよ。」

 英吉の一言。

 「……ええと、ボクも同じく……。」 

 歩も。同じように。  

 「分かった。雪奈や叔母さんにも連絡しておくよ。明日も、遠慮なくきていいよ。」

 予定が決まって、僕は分かったと頷いた。

 「じゃ、遠慮なく上がって、ちょっとHな本を……。」

 「前言撤回。英吉だけ玄関まで。暑い中外で頑張ってね。」

 英吉はここにきて、またいらないことを言う。僕はまた反撃に出た。

 「やめてっ!行き遅れと結婚も嫌だが、この暑い中、俺を蒸し殺されるのも嫌だ……。ごめんちゃい……。」 

 精神的に、大きなダメージを与えた。英吉はまた、頭を下げる。 

 「まったく……。」

 許しはするものの、呆れて物が言えなくなる。そんな下らないやり取りもさることながら、英吉と歩を玄関まで見送った。

 「んじゃ、明日もまた!よろしく!……にひっ……。」

 玄関から見送る際の、英吉の挨拶だが、最後の笑みに嫌な予感を覚える。

 「……変なことしちゃ、だめだよ、英吉くん。ええと、また、明日。」

 それを咎めてくれた歩、おなじく挨拶を、また手を振って帰路につく。

 「分かってるって。じゃあ、歩にいたずらしようか?」

 「もっとやめてよ!!!」

 「わりぃわりぃ。冗談だって。」

 同じく帰路につく英吉、ここでも悪ふざけを。怒った歩の声が聞こえた。そんな二人を見送って、今度は灰色ノルの所へ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る