熱情に灰色ノルは蕩けて

 雪奈×灰色ノルの情事が、どれぐらい続いたか知らないが、結構長い時間続いたと思うその後。雪奈は何だかすっきりと、あと、爽やかになっていた。

 方や、灰色ノル。その超絶抱擁やらで、立ち上がれないほどぐったりしている。

 「わっ!も、もう戻らなきゃ!!」

 すっかり忘れていたと、雪奈は急いで部活へ戻ろうとする。

 「優くん、今日は楽しかったねっ!じゃ、また後で!」

 服を整えて、雪奈は僕らに頭を下げ、駆け足で走り去っていく。

 僕は小さく手を振りながら、見送る。

 ……先のライブもさることながら、あの情景にも呆然として、上の空だった。

 「!」

 はっと我に返って、灰色ノルを見つめ、手を差し出す。ぐったりした灰色ノルは、その差し出された手であっても、掴むことができないでいる。

 「……。」 

 僕は仕方ないと、彼女の体に手を伸ばし、そっと肩を通して、立たせる。

 「!!にゃぅぁぁああ?!」

 「?!ちょ……どうしたの?!」

 ……敏感になっているのか、軽く僕が触っただけで悲鳴に似た声が上がった。僕は思わず心臓を高鳴らせてしまった。

 「あ~!!いいな、いいな!!優、お前には雪奈がいるんだからさ、俺にもやらせろよ、そいつ運ぶのっ!」

 羨ましそうな英吉の声。僕がその行動を起こした時、英吉もまた我に返ったようだ。

 「ちょ……。そんなんじゃないよ。」

 やましい心はない、僕は伝える。

 「~~~~!!」

 それよりも問題は、僕が肩に担いだだけでも、紅葉しきり、気絶しそうな歩だ。沸騰して、このまま倒れてしまいそうだよ。

 「英吉は、歩の介抱を……。ってこの場合、それが正しいのかな?」

 一応、羨ましがる英吉に、ちょっとした道筋を与えてあげる。

 「!そいつぁ失礼したした。英吉隊員、誠心誠意歩の介抱に努めますっ!」

 英吉は背筋を伸ばし、敬礼する。……誠心誠意なんて、らしくないが、そのネタにも見える格好はやっぱり、英吉らしい。

 そうして、英吉は歩の体に手を伸ばし、支えてあげた。

 「~~!!」

 手を伸ばされ、気絶しそうなほど真っ赤になってしまう歩。

 「安心しろ。この俺が、守ってやる。」

 決まったと、英吉は格好のいいセリフを述べた。

 「……にぅぅ……。でも、英吉くんは少し嫌。」

 「あうちっ!!」

 残酷なことに、歩は不満そうに言う。英吉はダメージを受け、軽く仰け反る。

 「……それじゃ、英吉、よろしく。僕は灰色ノルを連れていくよ。」

 二人のやり取りは置いといて、言って僕は灰色ノルの介抱のため、とりあえず博士のいそうな、保健室を目指す。

 「……にゃぅぅ……。お嫁に……いけない……。」

 「……。」

 寝言のように、ぽつりと聞こえる言葉。

 「……優くん……?」

 「ん?」

 「……優くんだ……。……優くんなら、こんなあたしでも、……受け入れてくれる?」

 「なっ!何を突然っ……!!」

 続ける言葉に、僕の顔は赤くなる。

 「……変なこと言わないで。ほら、保健室に行くよ!」

 僕はもう、続けさせまいと、そう言って言葉を締め切った。


 「あれ?」 

 保健室をノックしても返事はない。それに、鍵も掛かってない様子で、それが不思議に思えた。入ってみても、誰もいない。

 「……。」

 僕は仕方なく、灰色ノルをベッドに休め、水に濡らし、絞ったタオルを額に載せた。

 「にゃぅぅ~……。」 

 今落ち着いたらしい、灰色ノルは小さな吐息を漏らした。

 「……。」

 僕は、しかしどうしようもない。これ以上僕がすることはなかった。そっと、小さな溜息一つ。そっと、立ち去ろうとする。

 「ええと……。ちゃんと休んでね。何かあったら、僕を呼んでね。それじゃ、また、明日、ここで。」

 「……にゃう。」

 去り際のいつものセリフ。

 心配ではあったが、そっと聞こえた、彼女の声に、僕は頷いて去る。


 戻るとさらに、雪奈の姿があった。何やら、探し物をしているかのようだった。

 遠くから見ると、英吉が手で制しているようだった。やめておけと、言ってもいるようだ。

 「!雪奈!」

 「!」

 僕が声を掛けると、気づいて僕の方に向き、走り寄ってくる。

 「あの……猫さんは?」

 やっぱりな質問を、僕に投げ掛けてくる。

 「今、保健室。」

 「!!」

 雪奈の質問に答えたなら、雪奈は急いで行きたそうな様子を見せる。僕はさっと、腕で雪奈を制した。

 「何で~!!会いたいのにぃ!」

 「やめてって。やり過ぎ、あれはやり過ぎ。」

 「うゆぅぅ~……。」

 このまま雪奈を野放しにしたら、灰色ノルを襲いかねない。僕は言葉でも制した。残念そうに項垂れる。

 「意地悪……。英吉くんも言ってきて、優くんまで。」

 不貞腐れた声も漏れる。

 「まったく。百合百合もいいが、ほどほどにしてくれよぉ!こっちにまで興奮が伝わりそうで困ったぜ!」

 手をパンパンと叩きながら、僕の制止にさらに重ね掛けをしてくれる、英吉。僕が来るまでの間、歩の介抱だけなく、雪奈の制止もしてくれていたようで、だからか、呆れ顔でもあった。

 「うゆぅ……。」

 「ま、とりあえず、そういう興奮は、〝旦那さん〟にでも発散してもらいな。」

 観念し、残念と項垂れる雪奈に、英吉はアドバイスを咥えるものの、その内容は対象を僕にしただけのものだった。

 「ちょ……。何でまた僕にっ……!!」

 向けられた僕は、またまた恥ずかしそうに顔を赤くする。

 それを見て、面白そうに笑う英吉。傍ら、歩は英吉のセリフを聞いて、想像しまた顔を赤く染める。

 「へへっ!んじゃ、俺ぁ帰るぜ!と、歩、もうそろそろ帰れよ!」

 「あっ!!!英吉、逃げる気かぁ!!」

 捨て台詞よろしく、英吉はからかいがてら、踵を返して、学校を去ろうとする。

 さては、逃げる気だ。僕は怒って、拳を振り上げるも、ヘラヘラ笑いながら交わしていく。

 「くそぅ!!宿題できていないって泣いても、助けないぞぉ!!」

 僕も言ってやった。学生において、ダメージの与えられる方法だ、効果はきっとてきめんだろう。

 「へっへーんだ!大丈夫ですよーだ!こう見えて、ちまちまやる質でねぇ~!んじゃね、ひゃっほー!!」

 てきめんじゃない……。英吉はからかいながらスキップ、僕を撒いて、見事学校から出て行った。

 「ぐぬぬ……。」

 僕は歯ぎしり一つ、悔しそうにする。

 「!ええと、ボクもそれじゃ……。また、明日。」

 赤面も退いて、落ち着かせた後の歩は、そっと僕の前に立ち、小さく手を振りながら、いつもの挨拶をして歩き去っていく。

 「!あ、ああ。じゃ、また、明日。」

 遅れて僕は挨拶をし返した。

 残されたのは、僕と雪奈。雪奈はまだ、項垂れたままだ。

 「ほら、二人とも帰ったから、僕らも帰るよ。」

 雪奈の手を引いて、僕は言う。

 「!あ……。」

 手を取った際、雪奈の頬がまた赤くなる。

 「……うん。帰ろっか。」

 そっと笑って、僕ら帰路につく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る