ヴィジランテゲリラライブ

 「……ちと言い忘れた。灰色ノル、お前の迎えだ。お前は、生きろ。あたしの大事な大事な娘だ、生きてくれよ。」

 「?!にゃにゃ?!」

 いきなり言われた灰色ノルは、困惑している。

 「本当、お前があのままどこかに逃げたままだったら、それでも良かったんだが、よりにもよって、こいつを連れて戻ってくるとはね……。呆れたよ。」

 呆れたような呟き。

 「けどな、それは不可抗力。本当は、お前はこのまま、あのヘリに乗って、安全な場所に匿われて、生きるんだ。そして、将来、世間がお前を、いや、お前の妹とも弟とも呼べる存在を認めるようになったら、その時はまた、このように表に出て生きるんだよ。」

 母親が、子供に諭すような声で、上に覆い被さっている灰色ノルに言い聞かせてくる。

 けれど、灰色ノルは……。

 「いやぁ!!」

 拒否する。拒否した挙句、彼女も悟っているか、博士が撃たれることに、想像しその瞳から涙が溢れてくる。

 「……だがなぁ、駄々っ子。いいか、あたしは責任を取らなくちゃいけないんだよ。」

 「いやぁ!!博士が一緒じゃなきゃ、いやぁ!!」

 「……生きちゃいけない。色々と、あったからね。それに、あんまり駄々をこねると、ご飯抜きにするぞ。」

 まだまだ諭す。それでも灰色ノルは聞かない。

 「ご飯抜きでもいい!博士がいるなら、それでいいのっ!博士がいないと、あたし、どうやって生きたらいいか、分からないもん!」

 子供のような、懇願。

 「お前……。」

 呆れてしまう博士、どうしたものかと、頭を掻いてしまう。

 「あの……。」

 その流れに水を差してしまうかもしれないが、僕は少し小さめの声で切り出す。

 「……ヘリ、ずっと滞空だっけ、したままなんですが……。」

 ヘリがいるのは分かったが、そのヘリはずっと僕らの直上に居座り続けている、その様子を僕は言う。

 「……有難い助け舟だね、まあ、状況は変わらないが。……おかしいな。何をしているんだ、あいつら。」

 助け舟だったようで、しかし、疑問。まあ、状況が変わらないこれを、助け舟というのも正直憚られるけれど。

 「!」

 などと思っていたなら、いきなりヘリから周囲に、何か沢山投げ込まれていく。

 ちょっと、拳大程の大きさの……何か。

 手榴弾?それが投下されたなら、すぐに周囲が煙に包まれていく。

 「!」

 レンはすぐにヘルメットのカバーを閉じ、そのヘリに狙いを定め、引き金を引こうとする。

 《……!!……!!!》

 「……。」

 通信しているのか、雑音交じりの音に、聞き入り、また、命令か、やむなく引き金から指を外す。煙が立ち込めたなら、レンの姿も見えなくなる。

 「ぶぁ?!げほっげほっ!!」

 「ぶにゃぁあ?!」

 「な、何?!ごほっ?!」

 僕ら三人、煙を吸い込んでしまい、咳き込んでしまった。さらに、目にも入ったか、僕は瞑り、こする。

 やっと目が開けられる、その時に、煙は退き、新しいシルエットが僕ら三人の前に現れていた。二人の人物のようで。

 ヘリの音が遠退いていく、煙を搔き乱して。やがて視界がはっきりとするようになったら、見慣れた後ろ姿にも捉えられる。

 〝ヴィジランテ〟の二人組。しかし、服装が違う。やけに派手目で、高校生には似つかわしくない様相、言うなれば、ステージ衣装?持っている物は、戦闘には似つかわしくない、楽器、ギターや、キーボード。

 二人とも揃って振り返り、僕らを見て笑顔を向ける。

 「!」

 僕はその際、彼女らの腹部、丁度僕の傷がある所に、タトゥーかあるいはシールか、何か目印が施されているのに気付いた。……それは、まさしく、何かの意匠、恣意行為。僕のための、あるいは、自分への戒め。

 「行きますわよ、レイさん。」

 裕香さんが言ったなら、レイさんはこっくりと頷く。

 その二人が、揃って何をするやら、それは……。

 「ゲリラライブですわっ!一曲目、行きましてよ!!~♪」

 ……ライブだった。裕香さんの掛け声と共に演奏が。また、声も響く、それも、学校中に。

 どうやら、学校の放送室辺りを経由しているらしく、この学校の校舎という校舎のスピーカーから、また、外にある案内用スピーカーから音が聞こえだす。

 軽快と爽快なメロディーが鳴り響く中、ブラスバンドや、校舎中の他の部活の面々も、突如のそれに驚き、演奏している者もそうでない者も手を休め、顔を校舎から出す。

 《……!!……!!》

 「……。」

 傍ら、ばつの悪そうな顔のレン。煙から晴れた後も、その姿を消さずそこにいたが、命令に頷き、その姿を消し、空間へ溶けていく。

 もしかして、隠密なため、こうも人が見ていると行動しにくいのかな……。

 立ち去る駆け足がするものの、ライブの音に掻き消されていった。

 「……あいつら……。くっ……。」

 博士は、苦しそうとも、嬉しそうとも取れる表情でいた。涙を堪えているのか、目頭を押さえ、また、それ以上僕らに表情を読まれないようにもしてしまう。


 校舎中に響き渡ったライブ、それは今日学校に来ている人たちを熱狂させる。夏の暑ささえ消し飛ばすほどに。やがて全ての楽曲を演奏し終えて、人が散り散りに、元の場所へと戻っていく。

 「!」

 その人波に紛れて、博士が〝ヴィジランテ〟と一緒に、守られるように校舎へと消えていく様子を目にした。博士は終始、顔を押さえたままで、その表情を読み取ることはできなかった。

 中庭が元の静けさに戻ったなら、僕と灰色ノルの二人だけになる。

 「……。」

 僕は夢を見ていたかのようで、呆然としていた。いや、僕だけじゃない、灰色ノルまで、同じく呆然としていた。

 すぐはっとなって、灰色ノルは周囲を見渡し、また、その猫耳を動かし周辺を探索していた。

 「……ほっ。よかった。何か、怪しい人たちも、いなくなったみたい。」

 「……そう……か。」

 彼女はどうやら、レンたちの気配を探っていたようで、しかしもう、その気配を感じないらしく、安堵する。

 何をしているのかと、思ったら、そういうことだったのかと僕は。

 やっぱり、人よりも優れた感覚があるからか、たとえあんな風に景色に紛れても、察知できるということらしい。

 それが多分、先の学校への違和感と彼女が言ったことかもしれない。

 「!おっ!優!」

 「!」

 そんな僕らの後ろから、掛けられる声、英吉のようだ。振り返ると、ライブにもちろん参加し、盛り上がったために、余韻に体中汗まみれの英吉と、歩、さらに、部活着の雪奈が手を振って僕らを迎えていた。

 「……皆、どうして?」

 理由なんて分かっているのに、僕はつい聞いてしまう。

 「そりゃ、いきなりあんな爆音が聞こえたら、誰だって反応するさ。二人だって、だからそこにいたんだろう?違うか?」

 英吉の回答。

 「……そう……だね!」

 それは、当たり前だねと、僕。だが、言葉は引っ掛かってしまう。それもそのはず、ここで銃撃戦があったかもしれない、それを、言えるはずもなく。

 顔もまた、引きつってしまう。

 「……ついでによぉ。あんたら二人仲いいことで……。まるで、ライブデートしているって感じですなぁ。羨ましい~~。」

 英吉はジト目で言ってくる。僕は、引きつった顔から、赤くなってしまう。

 「なっ?!そんなわけ……っ!」

 若干声が上ずりながらも、反発する。

 「……二人でって、まさかっ……!!にぅぅ!!」

 英吉の傍で、想像した歩は、また顔を真っ赤にして、覆う。

 その様子を見て、また、僕に視線を向けて、冷やかすように笑う英吉。

 「っもう!!英吉!!」

 僕は恥ずかしさのあまり、拳を上げて英吉に向かって駆けだす。

 「ふははっ!優、貴様に追い付かれる俺ではないわっ!」

 追われる英吉は、捕まるまいと逃げ、おちょくりながら僕を煽る。

 「……ぁぁあ……。」

 擦れ違い際、雪奈の顔が眼に止まった。その様子は、愛おしいものを見つめるそれであり、その視線の先は、灰色ノル。

 「猫……ねこさん……猫耳さぁん!!!」

 何かが最大限になり、噴出する。

 「?!」

 その噴出したものは、周囲に異様な空気を振りまく。……甘く、それでいて、ときめきさえ与える……何か。

 雪奈は放出しながら、僕とは反対方向に走り出し、灰色ノルを思いっきり抱き締めた。

 そう言えば、灰色ノルと実際、こういう風に会うのは、雪奈は初めてだったかな。

 昨日色々話していたら、会いたいと言っていたし。このような形で実現するのはよかったが、これほど興奮するなんて、僕は思いにもよらなかった。

 「?!!にゃにゃ?!にゃぁぁ?!!」

 「うゆぅうぅ!!猫さん猫さん猫さん猫さん猫さん!!!」

 抱き締め、灰色ノルに頬ずり。された灰色ノルは眼を丸くして戸惑う。その光景に僕は、立ち止まり、振り返ってまじまじと見つめてしまう。

 「!!うほぉ、マジか。百合百合か!」

 これも英吉の好みだったのか、英吉も逃げることはせず、僕と同じように立ち止まって、興奮した声を出しながらも見つめてしまう。 

 「にぅぅ?!!」

 歩はやっぱり見ていられない様子で、顔を覆い、眼をそらした。

 「うにゃぁ!!やめて……!!やーめーてー!!」

 こそばゆさに、何か感じたか、恥ずかしいか、顔を赤くしながら、雪奈の抱擁を受け続けている灰色ノル、悲鳴を上げる。

 「……あぁ!!猫さん猫さん猫さん猫さん!!!あぁぁあ!!」

 興奮する雪奈、それはまるで、何か別の意味で、何と言うか、別世界を作っているかのようだった。

 

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