博士を違和感が狙う

 機嫌取りをして、雪奈を送り出した後、僕もまた、いつも通り、制服を着こんで出掛ける。

 駆け出していった雪奈は、もう遥か彼方だ。僕は学校への道をのんびりと歩き出す。

 「!」

 その道中、彼方から誰かが僕に向かってくるのを見る。長い髪の、女の子。

 ……雪奈?いいや、違う。灰色の髪、灰色ノル。慌てているのか、速度が異様に速く、また、僕を見掛けるなり、その速度を増す。

 僕は、今度は真正面からタックルか、と身構えたが、その表情が見えるようになると、構えを解いてしまう。その表所はやけに深刻で、いつもの底なしな笑顔がない。

 別の意味で、僕は身構えてしまう。 

 「優くん!!優くんっ!!」

 「!」

 僕に駆け寄ったなら、呼吸を整えるように僕の名前を言う。僕は、そっと灰色ノルの体に手をやり、落ち着かせるように優しく撫でる。

 「ど、どうしたの。君らしくないじゃないか。」

 「は、博士が……博士がっ……!!」

 「……博士が……?」

 上手く紡げないでいる言葉ながら、〝博士〟という言葉に僕は眉をひそめる。

 「き、来てっ!博士が、学校が……おかしいのっ!!」

 「!」

 僕は逆に手を引かれてしまう。

 灰色ノルは、撫でていた手を取り、踵を返して、僕を引くように走り出す。

 気になる単語もあった。〝学校〟……嫌な予感がする。

 博士だけなく、学校ともなると、嫌な胸騒ぎが。英吉や歩だけじゃなく、雪奈まで被害にあうんじゃないか。

 僕は灰色ノルの牽引に、抵抗することもなく追従する。 

 しかし、灰色ノルの深刻さと裏腹に、学校はいつも通りの、夏休み期間中の様相だった。いつも通りにブラスバンドの音楽が鳴り、遠くの運動場では、野球部や陸上部などの部活が、活き活きとした掛け声を上げる。深刻さを、一切感じない。

 いや、違和感を上げるなら、まず、校門入ってすぐに、見慣れない大型トラックがあることか。横には会社名や、ロゴマークがあり、簡単な説明文が。何やら、〝機密文書等処分〟の業者らしい。

 そのトラックの、後方部分が開けられ、次々と荷物が入っていると思しき段ボール箱を放っていく。その段ボール箱を持つ業者の人に交じって、見たことがある人物が一人、博士だ。

 「博士っ!博士っ!」

 灰色ノルは、見掛けるなり必死に声を上げる。だが、博士は聞こえない風で。

 最後、荷物が入れられたなら、戸は閉められ、トラックが唸り声を上げるように、エンジンを動かし、やがて去っていく。残された博士は、そっと見送ったなら、踵を返してどこかへ歩いていく。

 灰色ノルは、僕を引いたまま、なお加速する。僕もまた、博士のその違和感に、追従する。

 博士の足取りを追ったなら、博士は学校の中庭まで足を延ばしていた。そこは、僕と、灰色ノルが扮した歩とで、軽いお菓子会をやった場所だ。その場所の、ほぼ中央に、博士は止まり、空を見上げた。

 酷く寂しそうに思える様相。証明するように、悲しそうな小さい溜息が一つ、零れる。僕らが博士の後ろ姿に辿り着いたのと同じタイミングで。

 「博士っ!」

 僕はその後ろ姿に言葉を投げ掛ける。

 「……言いたいことは分かっている。どうしてこうしたのか、だろ?」

 「!」

 僕の言葉の次がある前に、博士が切り出してくる。

 振り返って、僕らに悲しそうな顔を見せた。

「……ここで終わらせるからだ。あたしも、あたしの研究も。さっき見たろ?あたしは、全てを捨てた。……意味が分からないわけじゃないだろう?」

 「何を言って……。まさか……!!」

 博士が続けることに、最初何を言っているか分からなかったが、思い出したようにはっとなる。投げ掛ける言葉に、察しがついた。

 「……時間切れなのさ。あたしの命の。その娘は薄々気づいているだろうけれど、お前は多分、気づいていないだろうが、な。レン、いや、レンたちがとうとうあたしや灰色ノル、及び、あたしの研究の処分に、本格的に乗り出してきたんだよ。」 

 「……え?でも……。」

 博士の言ったことに、僕は思わずキョトンとしてしまう。察し通りなら、そう、博士はその命を落とすことになるものの、しかし、肝心のレンがいない。戦闘能力のあるレンなら、どこか遠くから狙っているのだろうか?

 遠くから攻撃するなら、見えないし、多分僕では探しきれないだろうけれど、そうでないなら、この場にその人物がいないと、……話が分からなくなる。あちこち見渡してみるけれど、見つからなかった。

 「……いるんだろ、レン。……お前の友人が来たんだ、姿を現してやりな。」

 僕のその様子に、助け舟を出すように、虚空に投げ掛ける様だが、言う。

 「!!」 

 聞こえたのか、一瞬僕の視線の先の空間が揺らぎ、また、透明が彩色されて、その形を象っていく。特殊部隊がするような服装で、頭部には保護用のヘルメットで顔全体さえ覆われていた人物だった。

 その人物のヘルメット、カバーがついているのか開き、その眼だけを露にする。顔の他の部分は残念ながら見えない。しかし、その瞳の色、碧眼で、また、いつか見た眼光の鋭さから、僕はその人物を、〝レン〟であると認識する。

 姿を現したなら、手に持っている、あの時僕に見せた銃を、博士、灰色ノル両方を狙うように構える。

 ……構えて狙う様子から、あの時受けた銃創の存在を感じない。ただ、まだ完治はしてないだろうに。

 「!」

 僕は、このままだと博士も灰色ノルも危険だと、レンの視界を遮る形で、両手を広げ、間に立った。

 「……。」

 その様子さえ、意に介さないようで。いつも以上の、無言。

 「……優、無駄だ。あたしは言っただろう?〝レンたち〟って。そいつだけじゃない、そいつの仲間が、そいつと同じように、特殊な迷彩でこの学校内にいるのさ、多数。この学校にいる、……〝ヴィジランテ〟でも対処できない数で、あたしを校舎のどこからでも狙っているのさ。」

 「えっ……。」

 理由の一つとして、博士は述べる。僕はまた、キョトンとしてしまう。

 「……思ったより遅かった気がするが、こういう行動をすると、近い内に、あたしや灰色ノルを殺しに来ると予想していたのさ。だからあたしは、……後任を要求したのさ。ここであたしは、死ぬ。」

 「!!それって……。」

 そっと紡ぎだす言葉に、僕ははっとなった。

 だから、昨日、誰かに後任を、要求した。それは、ここの教員であることを捨てるため。それは、ここで命を捨てるため。

 でも、なぜ。捨てる必要はない。守ることもできたはず、だのに……。

 「何でっ……!!」

 「……あたしはね、もう研究者じゃない。ここの、教員さ。教員だからこそ、親代わりに生徒を守る必要がる。だが、あたしは、優、お前を殺しかけてしまった。無関係の生徒のお前に酷いことをしてしまったさ。……研究員以前に、教員としても、人としても失格さね。」

 「!け、けどっ……!」

 理由が告げられ、僕はそんなことは、ない、と言いたかったものの、博士が手で制し、その先を紡げない。

 「いいか優。ここから先は、大人の世界さ。責任を取らなくちゃいけない。だから、さ、あたしはそのために、こうして銃弾に晒されようとしているのさね。それに、この先は、大人の世界といっても、その奥の奥だ。本来、お前さん方が来ていい場所じゃない。いいか、優、見送ってくれなんて、甘っちょろいことは言わねぇ。」


 「耳を塞げ、目を瞑れ。何も聞くな、何も見るな。そして、忘れろ、あたしのことも、灰色ノルのことも。」


 「……本当を言うと、死ぬなら馬鹿笑いして死にたかったのだがね……。」 

 「!!」

 また諭すように言って、最後は嫌に笑顔に。

 それが、死に逝く者の、満足そうな顔に見えてならない。

 もしかしたら、昨日、これが分かっていたから、バカバカしいことを言って、僕に悟られないようにした?そのための、はぐらかし?だとしても、こう述べたなら、次の瞬間、博士は。

 ……撃たれる!

 「……だめですっ!博士!!」

 「だめえにゃぁ!!」

 そう感じたなら僕は、いや、僕だけじゃない、灰色ノルも一緒に、博士を守るために動く。

 「?!お、おい、お前らっ!!」

 灰色ノルは博士を押し倒し、覆い被さり、僕はその二人に覆い被さる。それは、どこからの銃弾からも、守るかのよう。博士の制止もさることながら。

 「……死ぬぞっ!!バカども!!!」

 それが、きっと今わの際だ、叫び、博士は目を瞑った。

 僕もまた目を瞑る。

 ……瞑ったのだが、銃撃音も、衝撃もない。

 「……あ、あれ?」

 なぜだろうかと僕は目を開き、そっと頭を上げると、狙っていたレンは、何かに気づいたか、僕らではなく周囲を警戒しだす。

 また、不思議なことに、別の音が混じる。

 ヘリコプターの、ローター音。僕もまた、レンと同じように探し回るものの、しかし、見つからないでいる。

 「?!」

 と、頭上付近で、空間が揺らいだなら、透明が彩色され、形を象っていく。まさしく、ヘリそのものであった。

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