次の日には、会えるよね

 しばらく涼んで、……ついでに、僕らの鼻からの出血を止めて、ようやく元の教室へ戻ろうとする。その時、ひょっこりと歩が姿を現した。

 「あ、歩……。」

 僕を見るなり怯える、というよりは、僕の後ろにいる灰色ノルに怯えた瞳を見せる。

 「大丈夫。多分、もう襲われないから。それと、はい……。」

 僕は、言い聞かせるように言って、さらに、雪奈から手渡された、未開封のスポーツドリンクを渡す。歩だけ何も渡さないのも何だかな、と。

 「!ええと、あ、ありがとう……。」 

 少し怯えながら、僕にゆっくり近づき、スポーツドリンクを受け取る。

 手に取ったなら、何だか嬉しそうな、恥ずかしそうな顔を見せていた。

 「よかったね、あゆちゃん!」

 灰色ノルは言って、にっこりと微笑んだ。だがその笑顔は、ただ歩を恐怖させる。

 ……どれほど酷い目にあわせたんだろうね、歩に。灰色ノルに少し呆れる。

 またその笑顔は、僕の顔を真っ赤に染める。先のことが頭をよぎり。

 もちろん灰色ノルは、歩がどうしてそんな顔をするのか分からない。傍ら英吉は、僕が赤くなったのを見て、ニヤニヤする。 

 「……そ、その。ええと。三人とも、どこに……行って……?」

 その恐怖も恥ずかしさも振り切って、歩は僕に聞いてくる。

 自分だけ置いてきぼりも、何だか嫌なんだろう。

 「……この炎天下の中、三人揃ってマラソンを……。いや、あれは長距離を全力疾走だから、何だろう……。まあ、走り込みを……。」 

 僕もまた、灰色ノルとの恥ずかしさを押さえて、説明してみる。

 「えぇ~!だ、だめだよぉ!そんな危険なことしたら……。」

 「……はははっ。」 

 珍しく歩から注意された。そのことに、乾いた笑いを浮かべるしかなく。

 「あーあー。しないしない。もうしないよ。気にすんなって。……そんな目に合わないよう、ゲームみたいな、光学迷彩とか何か使って、見つからないようにするさ、色んな悪いことからな。」

 英吉が冗談めいた感じで、理解した内容を話した。

 「もう……。」

 歩は、心配な様子は相変わらずで、ちょっとだけ呆れたように呟いた。


 夏のこの、楽しいとさえ感じる光景が過ぎていく。やがて、もう帰る時間になっていた。

 僕、歩、英吉、灰色ノルの四人、揃って教室を後にし、それぞれの帰路につく。先に離れたのは、灰色ノルだ。

 「じゃ、あたしはこれでっ!また、明日!」

 言って、手を元気よく手を振って見送る。

 そもそも、彼女の住居は知らないが、学校に匿われている、というのなら、おそらくはここなのかもしれない。

 残った僕ら三人も、それぞれに手を振って、校門まで向かう。

 「!あ、雪奈!」

 「!」

 その校門では、雪奈が待っていたようで。僕が声を掛けたなら、気付いてこちらに視線を向ける。僕を見たなら、雪奈はぱっとその顔を明るくした。

 「おうおう。〝奥さん〟がお待ちかねだぜっ!」

 「って、ここにきてそう言う?!」

 僕の肩を叩くや、英吉のからかいがまた始まる。今日はどれぐらい顔を赤くしたか分からないけれど、また顔を赤くしてしまう。

 「へへっ。」

 意地悪く笑う英吉。

 「ま、からかうのはこれぐらいにして、俺や歩は、ここでお別れだ!っじゃ、また明日!」

 からかうのもこれぐらいにと、英吉は続けて、手を振って、別れる。 

 「……優くん、ボクもここで。また、明日。」

 歩も、小さく手を振って別れ、帰路へ。僕もまた、手を振って歩と英吉を見送った。傍ら、僕と同じように、二人に手を振る雪奈、笑顔で見送っていた。

 「……ねぇ優くん。」

 「?」 

 「今日は楽しそうだったね。」

 「そう?」

 雪奈は、昼間の僕らの行動が、楽しそうに見えていたようで。僕は残念ながら、気が気じゃなかったんだけどと、疑問に思う。

 「明日も、楽しいのかな?私も一緒に遊びたいなぁ。あの猫耳さんとも。」

 また、羨ましそうにも言ってくる。

 「そう。まあ、いいんじゃない?あの娘、喜びそうだから。」

 多分参加できたら、楽しいと思うよ、アグレッシブすぎてね。

 羨ましそうな雪奈に、僕はそう告げる。

 「じゃあ、部活休んで、行ってみようかなぁ。」

 「……いいの?」

 「うん、きっと大丈夫だよ。」

 「……。」

 続くなり、とんでもない提案を言ってくる。部活をさぼってまで、参加しようとしているようだ。僕は、その突拍子もないアイデアに、閉口する。

 色々と問題があるような気がする。ただし、言おうにもあんまり効果がないかもね。

 「はぁ~~。あの猫耳さん、気になるなぁ。ねえ、あの娘、どんな娘?」

 「ん?そうだね……。」

 相当気になっているようで、今度は僕に灰色ノルのことを詳しく教えてと願ってきた。よほど気に入ったらしい。

 僕は、僕らの帰路の中の会話に、灰色ノルについて、教えられることをなるべく教えた。

 もちろん、秘密のことは言えない。端的に僕は、秋からの転校生だとぐらいに。

 聞いていた雪奈は、より一層楽しそうにする。たとえ、夏の間部活で忙しくても、秋にはいつも会えるだろう、その期待を胸にしているようで。

 

 その翌日の朝、家の空気はどんよりしていた。外の天気が悪いあまり、ではない。外は晴れ渡り、雲一つない。それなのにどんよりとは、それは、雪奈が涙目だったから。

 何でも、休もうかなと連絡したが、出てこいと言われたらしい。

 「うゆぅ~……。」

 「……。」

 多分、本気で休んで、灰色ノルとかに会いに行こうと思ったのだろう、その連絡をしたが、却下されたようで。僕は呆れも含めて閉口してしまう。

 二学期まで待てなかったのかな。

 「……ちゃんと病気っぽく言ったのにぃ……。」

 「ははっ……。その言葉が信用されていないみたいだね。」

 本気にされなかったみたい。また、納得もする。遅刻は多いが、風邪や病気などで休むほど、体が弱くない雪奈、それはクラスメイト全員が知っていること。ついでに、休もうものなら、夏の暑さが消えた挙句、ドカ雪の異常気象が始まると、皆避難するところだろう。

 それほどまで、健康なのだ。

 「ちなみに、どんな病気を出した?」

 朝の会話ネタに、僕は聞いてみる。

 「……こ・い・の・や・ま・い。恋の病。」

 「……。」 

 涙目の雪奈の答え。聞かなかったことにしたくなる。残念ながら、誰が聞いても真剣に思われないものでしたぁ。本日二回目の呆れ顔をしてしまいそうになる。

 「うぅぅ……。だったら、最終手段……。」

 「……はっ?」

 こうなったら、最終手段と雪奈は、策を繰り出そうとする。その策、それは、……包丁で自分の手首を切ろうとすること。

 「うゆぅうぅ!こ、これなら、怪我なら、や、休んでもいいよ……ね?」

 震えながら言う。震えて上手く包丁を握れていない。当たり前だが、それは想像を絶する痛みへの恐怖。

 「!!」

 僕は咄嗟に反応して、包丁を握る手を掴んだ。

 「や、やめてって……。体大事にしようよ。きっと二学期とか、秋には会えるから。今休んでまで、会いに行くことはないよっ!!」

 最もな理由を言って、雪奈のリストカットを止めさせる。 

 「うゆぅ……。」 

 小さく鳴き声一つ、雪奈は項垂れやめた。

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