トラウマ加えてかくれんぼ、のち追いかけっこ

 「……。」

 沸騰した勢いのままで、元の教室まで戻ると、その、英雄になれるであろう人物、英吉が、灰色ノルに絞められたままの姿でいた。……結構時間が経ったのに、まだこの状態のままなのは、本当に死んでしまったからなのかな?

 確かめる手段として、僕はあることを採択する。それは、さっき僕が言われたことを英吉に向けてみること。

 「……英吉、博士がね、〝今夜泊りに来てもいいですか?〟だって。」

 体がびくりと反応する。よかった、生きていた。本当に死んでいたら反応しないもの。

 「また、〝今夜食事でもどう?〟とか、〝一つ屋根の下で暮らそうぜっ!〟とかだって。今保健室にいるから、行ってみる?」

 また言ったなら、英吉の体は大きく反応し、軽く跳ねた。

 その瞬間、目を見開き、青冷める。

 「ぁぁぁぁああああああああああああああああ!!!」

 跳ね起きて、耳を塞ぎ、大声を上げて、僕の言った、〝偽造博士ラブコール〟を掻き消していく。さらに、頭を振り、空き教室中を駆け回り、聞いた全てを掻き消そうともした。

 その様子はエスカレートし、教室を出たなら、近くを駆け回り、スライディング状態で戻ったなら、転げ回り、最終的には、教室の掃除用具入れに入り、閉じ籠る。

 「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!聞いてない聞いてない聞いてない!!俺は何も聞いてない、見てない感じてない!!」

 掃除用具入れがガタガタと震え、英吉の怯え声と共に、拒絶反応の言葉が出てくる。

 ……ちょっとやり過ぎたかな?

 「……いや、あの……英吉?」

 「俺は出ねぇぞ!!!あんな行き遅れと一緒になるぐらいなら、俺はここで死ぬ、死んでやる!!可愛い娘ならまだしも、誰が行き遅れなどとっ!!!いいか、優!博士に伝えておけ!!」

 「……。」

 やり過ぎたかな、謝ろうと思ったが、頑なな拒絶、言い出せないでいる。

 どうやら、それほどまでトラウマらしい。その様相は相当で、聞く耳を持ってくれるまでは、時間がかかりそうだ。

 ちょっとだけ間を開けよう。

 そうしたなら、荒いながらも呼吸を整えている声が、漏れ聞こえてきた。

 「……英吉、ごめん。今の僕が博士に言われたことなんだ。その、冗談だから、安心して出てきていいよ。博士はここにいないし。」

 「……。」 

 「……あれ?英吉?」

 このタイミングでと、僕は謝罪したものの、英吉が出てこない。疑問に思い、首を傾げた。

 「優!!!きーーーさーーーまーーー!!!」

 「?!」

 時間差で、怒りの声が聞こえてくる。その矛先は他ならぬ僕であり、威圧に僕は目を丸くした。

 思いっきり、用具入れの扉が開いたなら、怒りに震える英吉の姿。それはもう、鬼の形相になっていた。僕は、本能的に恐怖する。

 次の瞬間、飛び掛かってくる。

 「うぅぉぉあああ!!食べないでください!!!」

 僕は恐怖から飛び退き、全力疾走する。

 「言っていい冗談と悪い冗談があるんだぁ!!まてごらぁ!!!貴様に恐怖というのを味合わせてやるぅぅぅ!!!」

 鬼は追いかけてくる、怨嗟にも近い声を上げながら。

 男子二人による、……最悪な追いかけっこ。

 その光景は、きっと、汚い絵面だ、僕は必死に校舎を駆け抜ける。 

 角を曲がった先で、と、僕はまた大きめの段ボール箱を見つけた。そこは階段下の踊り場で、色々と道具や物品が置かれてあるスペース。この間、灰色ノルとのかくれんぼの際より広い。

 ならばと僕は、段ボール箱を被り、荷物に扮する。

 「にぅぅ?!」

 「?!」

 荷物に扮して、荷物らしく角に陣取ろうと動いたその際、別の段ボール箱にぶつかったみたいで、また、なぜか〝荷物〟から声がした。

 一瞬妖怪よろしく、〝怪異〟登場かとも思ったが、聞き覚えるある鳴き声から、歩のようだ。

 「……もしかして、歩?」

 ひそひそ声で、僕は話し始める。

 「……。」

 荷物は、荷物に扮した誰かは答えない。

 「……僕だよ、初風優。歩も隠れているの?」

 多分、誰だか分からないから、僕の正体を明かす。

 「……うん。」

 やっと、返事が聞こえた。少しだけ、安心した口調だ。

 「……ええと、歩は誰から隠れてるの?」

 夏休みのこの時分、よほど悪いことでもしていない限り、隠れる必要なんてない。

 大体予想は付くが、聞いてみた。

 「……猫耳さん。」

 「……やっぱり。」

 ぽつりと呟くように言う歩。僕はやっぱりなと。

 ただ、その状況には、またデジャヴを感じえない。僕も段ボール箱に紛れ、荷物に扮してやり過ごそうとしたが、耳がいいのか、それとも第六感が働くのか、いとも簡単に見つかってしまった。

 「……あ、僕も逃げている。灰色ノルじゃない、英吉から。」

 僕も理由を述べる。

 「……え?!何で?いつも、仲がいいのに……。」

 どうして逃げているのと、問われてきた。

 「……ちょっとね。英吉をからかい過ぎた。」

 こればっかりは、ちょっとやり過ぎたかもしれないと、僕は追われる原因を言う。

 「……ぷふっ!」

 聞いた歩は、少し笑う。小声でその声が漏れた。

 「……ちょ……。笑わないでよ。」

 「だって、いつも優くんがからかわれているから……。ちょっと、逆に英吉くんがからかわれているのが、面白くて。」

 「……。」

 僕の不幸を笑ったかと、不満に思っていたが、逆に英吉がその側になっているのが新鮮で、面白かったようで。僕は不満をしまう。

 「「どーーーーこーーーーだーーー!!ゆーーーうーーー!この俺様、英吉をからかった罪、命をもって償ってもらうぞぉぉ!!」」

 「?!」

 などと、歩と僕二人の密会の最中、唸り声と共に聞こえてきた、英吉の言葉。

 また、威圧するかのような、強く、大きな足音に僕は、息を飲み、体を強張らせてしまう。 

 「にぅぅ……。いつもの英吉くんじゃない……!!」

 歩は英吉の様子に、同じく体をこわばらせたようだ。

 「……歩ごめん。ちょっと静かにしよう。……お互い、見つかるとろくな目にあいそうにないしね。」

 見つかってしまうと、どうしようもない。僕は、言って密会を終わらせる。頷くように、歩の段ボール箱が揺れた。

 「「うぅーー!!」」

 唸り声と足音が、やがて遠退いていく。僕はほっと安堵の溜息一つ。が、それも束の間、いきなり僕の入っている段ボール箱が持ち上げられた。

 「?!!」

 僕は目を丸くして、持ち上げた人物を見ると、それは灰色ノルだった。

 僕の姿を見て、意外そうな顔をしている。

 「あれぇ?優くんどうしたの?優くんもかくれんぼ?あっ!じゃあ、次は優くんが鬼になるの?分かったぁ!」

 勝手に話を進めて、おかしなことになる。

 「!!優……だとぉ!!!」

 遠くから気づいた声を聞く。他ならぬ、英吉だ。あ、見つかっちゃった。

 「……。」

 「……?」

 灰色ノルと僕は、一瞬の沈黙。互いに見つめあいながら。

 「ここで会ったが百年目!!!うぉぉぉぉぉぉああああ!!」

 その間を貫いてくる、英吉の怒号。

 僕は……。

 「いーーーーーーやーーーー!!」

 飛び上がり、また、全力疾走を始める。 

 「待てごるぁぁああああああああ!!!」

 僕を見つけた英吉が、同じく全力疾走をする。

 「!!〝狩りごっこ〟だねっ!!負けないんだからっ!!」

 標的はとうとう、歩から僕に変わった。灰色ノルもまた、僕を追いかけてくる。


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