博士が辞める疑惑
そして、誰もいなくなった……なんてね。
孤独になったその際に、沸々と湧き上がってきた、気になること、それは、僕の傷。状態を見てもらいたくもなる。
このまま、〝死体〟となった英吉と一緒に過ごすのも難だし。
僕は、保健室へ向かった。
ブラスバンドの音遠く、……〝ヴィジランテ〟の音なし、そんな学校で、僕は保健室を目指したなら、ふと、保健室に、誰かがいるようで、話し声が聞こえた。
「?」
あまり、盗み聞きをするのも嫌なものだけれども、保健室に行って、傷を見てもらう他、することもない。話し終わるまで、僕は物陰に隠れ、様子を窺うように聞き耳を立てた。
「……。ええ。後任をお願いできる人物を……。」
《……。…………。……。》
「……理由?あたしも焼きが回ったさ。例の……〝保健所〟だけが相手だったら、こうもしたりはしないが、流石にあたしも、生徒を犠牲にしかけたとなると……。」
《……。…………。》
博士の声で、多分、電話をしているのだろう。独り言ではなく、聞き取れはしないが、電話の雑音か、誰か他の声だかも聞こえていた。
「……そうは言っても……。確かに、あたしは研究者だったさ。だがな、だった、であって、もう今はそうじゃない。……あたしはもう、〝教師〟さ。生徒の成長を見守り、手助けして、時に話をして、時に厳しく、……親みたいに、教師なのさ。もう、あの時みたいに、誰かを犠牲にして、のうのうと生きることも、できやしない。そう……。」
「そう、教師だからこそ、今のあたしは、無関係な生徒が傷つくことに、まして、重傷を負うことに、耐えられない!教員失格さね。」
「……だからさ、理解しておくれよ。あたしは、だからこそ、教師失格だからこそ、教師を辞める。それに、追われるのももうお終いでいい。ケリは、つける。……後任の件、よろしく頼みます……。それと、あの娘、灰色ノルの件も……。」
《……。…………。》
「……それでは……。」
「……。」
電話は終わったようで、音声切断の音が最後響き、締め括られた。僕は、会話を耳にして、気まずくなる。
……博士が……辞める?!そのことは、この場において非常に衝撃を僕に与えた。
普通なら、この場を引き返しただろう。気持ちを整理しながら、できただろう。
……それでも、僕は、傷の様子を見てもらうため、入室せざるをえない。少しだけ、息を整えて、聞こえた内容を、聞かなかったことにして、戸をノックする。
「……失礼します。」
挨拶を一つ。
「!入れ!」
博士の了承に、僕は緊張一つ、入室する。
「……。」
入って目に付いたのは、医者のように回転椅子に座る博士の姿と、その側、色々な資料をまとめて入れた段ボール箱。もちろん、昨日見たことはない。
まるで引っ越し前のよう。
なお、昨日とは違って、博士はそのトレードマークの白衣を羽織っている。
下し立ての綺麗なもので、いつもより違っていた。
その入ってきた第一声と、僕はしかし、何も言えないでいた。会話を聞いていた以上、どう声を掛けようかと。
「どうした?優。まさか、先生の特別レッスンを受けに来たのか?……ふふっ。先生嬉しいよ。」
「!!」
代わりに、入ってきた僕に声を掛ける博士の一声。僕は背筋をこわばらせる。その、会話にある特別レッスンは、お断りしたい。
代わりに、英吉にやってください……。
「なぁんてな。……へへっ。笑えよ、まったく。大体予想はついてるぜ?傷のことだろ?よし、見せてみな。」
「……あ、はい。」
冗談で良かった。また、僕の要件を見抜いてくれて、本当に有難く思い、安堵の息も吐いた。
手招かれ、椅子に座り、僕は上着を取った。露になる上半身と、包帯。博士は手馴れた様子で、解いていく。
「うぁ……。」
露になる傷跡。それは、大きく縫合されていて、傷の大きさを物語る。
「……相当危なかったんですかね?」
会話に変なチョイス、その傷の大きさについて。
「そりゃぁ、ライフル弾が貫通してんだぞ?普通は出血多量だな。レンに感謝するんだな、あいつが止血を素早くしていなければ、今頃どうなっていたやら……。」
「はは……。」
重ね重ねの確認になってしまうけれど、レンが素早く止血していなかったなら、今頃僕はあの世に行っていたかもしれないらしい。淡々と語る博士に、僕は乾いた笑いを一つ。
「いてっ!」
また、消毒をして、同じようにガーゼをし、包帯を巻いていく。痛みに僕はつい、軽く悲鳴を上げてしまった。
「まあ、これだけの傷で、これほどの回復を見せるなら問題はない。ああ、おおよそ一週間ぐらいで、包帯も糸も取れる。そん時は声を掛けろよ。」
「……。」
様子見と診断は終わる。最後、包帯の上からぺちぺち叩いたが、前ほどの痛みは走らなかった。
「で、傷はどうなんです?」
「思ったより早いな、治りが。」
「結構、速いんですか?」
「お前が若いから、ってのもあるが、やはりあの娘の幹細胞だな。やれやれ、治験なら、相当な実績なんだが、いかんせん、あたしゃもう、そっち方面に関与していないからな、残念で仕方ないよ。」
「は、はぁ……。」
診断結果を聞くに、良好な様子。灰色ノルの幹細胞が役に立っているらしく、治りが速いようだ。この結果、相当な実績らしいが、何でも、論文や報告書にできないことで、博士は残念そうだった。
「さて、診察も終わったし、どうせお前、暇だろう?これから先生と付き合ってくれよぉ。先生考案、真夏の夜のお泊り会(勉強)も企画したしさぁ。」
「は、はぁ……って、ちょっと。いきなり何言い出すんですか!」
とりあえず、僕の傷の診察も終わったところで、いきなり変なことを言い出す始末。いや、恐ろしいことを。想像すると、これもまたぞっとする。
何これ幸いと、変なお誘いを僕にするんですか。それは、英吉にしてください。
「これ幸いと、何をっ!!」
「なはははっ!先の真剣なのは、今のあたしにゃ似合わないからねぇ!本気にしたか?冗談だよ。怪我人にそんな無茶はせんさね。ちょっとぐらい、与太話をやってもいいだろう。」
「……う~。少し本気にしましたよ。」
冗談だと、笑う博士。僕は若干本気にした。
「ま、気にしなさんな。それよりも暇だしよぉ。今の時期、誰も保健室使やしないし。何か面白い話とか、つまらん話でもいいから、聞かせてくれよ。」
何よりも、博士は今暇らしく。
そう言われたからと、僕が楽しい話とか持っているわけでもない。困惑してしまう。
「って、博士、そう言われても、僕困ります。話題なんてそんな、思いつくわけでも。」
英吉じゃないんだから、話題なんてそんなに持ち合わせていません。そう伝える。
「んなことないだろう。」
困惑さえ、一蹴する感じで。
「ほらさぁ。家では〝夫婦生活〟お盛んだったりとか、灰色ノルと浮気したりとか。ああ、あいつ、お前とのお菓子会楽しんでいたぜ?レンに邪魔されてしまって少し悲しかったみたいだが、〝恋人になったぁ!〟なんて言って、大はしゃぎよ。ほらほら、あるじゃないか。」
掘り返してきた、僕のエピソード。意地悪そうに、ニヤニヤ笑う。
僕は顔を赤くした。
「って、何で英吉みたいに!!その話はしないでくださいよ!!」
「きひひひっ!!」
言って、確かに英吉みたいなからかわれ方だ。博士は、僕がこんな風に困る様子を見て、面白そうに笑う。
「……っ!そ、そんなことよりもっ……!」
話題を変えようと、僕は顔を真っ赤にしながらも、頭を巡らせてみる。と、頭に思い浮かんだのは、博士が〝辞める〟と言ったこと。
それは、途端、言葉を詰まらせてしまう。
「そんなことより、何?」
「そ、そんなことよりっ……!」
首を傾げる博士に、僕は続きを言えないでいる。
「……何々?〝今夜泊りに来てもいいですか?〟、いや違うな。〝今夜お食事でもどうですか?〟かな?うん、いいねぇ。いやはや、ここしばらく美味しい飯を食ってないからねぇ。それにお前は、あたしに恩義もあるしぃ。奢られてもいいぜぇ?」
「?!?!」
そっと、耳に手を当て、僕の心の中に聞き込むような様子で、勝手に自分の妄想を口にしてくる博士。頓珍漢な妄想に僕は、目を丸くしてしまう。
「ああ。〝先生!一緒に暮らしましょう!灰色ノルも一緒に、雪奈も含めて同じ屋根の下で暮らしましょう!〟言うねぇ!青少年!!甲斐性もありそうで、まったく、先生夜通しやられて、腰がガクガクになりそうだぜ!」
「?!?!?って何で?!」
まだまだ続く、博士の妄想。
「くそぅ、憎いぜぇ!あたしまで加えて、この地域一のハーレム王になろうって魂胆か。いや、挙句、歩、いいや、この学校中の女子生徒全て手籠めにして、夜王と君臨するのかぁ!!くぅ~!」
妄想は暴走し、どうやら僕は、英吉の憧れるハーレム王になってしまった。
聞いていた僕は、段々顔が真っ赤になり、沸騰寸前まで行っていることに気づいた。ついに沸騰し、僕は……。
「うぁああああああ!!もう、やめてください!!し、失礼しました!!」
悲鳴と挨拶を残し、頭を下げ、椅子から飛び上がり、火を噴くような勢いで、猛ダッシュして、保健室を去る。
「きひひひひっ!熱いぜ、青春!!!」
言い残したとばかりに、届く博士の言葉。暇潰しに僕は、思いっきりからかわれたようで。
なお、博士が辞めるとはどういうことか聞こうにも、もうどうでもよくなってしまった。
それに、冗談でからかっているが、〝行き遅れ〟の噂通り、本気で生徒を食いかねないかもしれない。それを救えるのはきっと、英吉。
ああ、英吉、君が犠牲となって、博士を止めるんだ。止めたなら君は、英雄だ。英雄として謳われ、きっとハーレムができるよ。
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