夏の黄昏に銃創と、香水

 ……とんでもない夏の日からの帰還、温かい家に。僕は戸を開け、くぐったなら。

 「……ただいま……。」

 呟くように言う。

 「!」

 奥から、速足の音が聞こえ、誰かがこちらに向かって来る。

 「お帰りぃ~!」

 いつもの間延びした声、それは雪奈。昨日と同じように、エプロン姿で出てきた。

 昨日と同じように晩御飯を作っていたのかもしれない。もうまるで、新婚さんだよね……。

 「ごめんね。今日も遅くて。」 

 僕は遅かったことを詫びる。

 「ううん。大丈夫っだよ。」 

 いつもの、のんびり屋な返事。僕はこれを聞いて、何だか安心してしまう。今日のことなんて、どこかへ行ってしまいそうな感じ。

 「!あれ?優くん、どうしたの?その、お腹……。」

 「!ああ……。」

 けれど、僕の腹部に気づいてしまう。それが、今日のことを思い起こさせてしまう。みるみる不安にさせてしまう。

 僕は誤魔化すために……。

 「ちょっとね……。ええと、あの、花火を使った悪ふざけに巻き込まれて、ね。ちょっと直撃しちゃって、あはは……。」

 笑いを含め、博士が誤魔化していたような言い訳を口にする。……あんまり、表立たせたくはない話題だから。

 「もう。夏休みだからって、あんまり無茶しちゃダメなんだぞっ!」

 信じてくれたようで。ちょっと注意するように、眉をひそめて言ってきた。

 「……うん。気を付けるよ。」

 僕は、頷いた。

 「!……むっ!」

 「!……あれ?」

 その頷いた瞬間に、僕が頭を動かした瞬間に、ふわりと漂ってきた微かな香り。それは、甘く、何だか、可愛らしさを際立たせるような、香り。微かなその香りに、雪奈はしかめる。

 僕は、首を傾げた。

 当たり前だが、僕は香水を使っていない。もちろん、今顔をしかめている雪奈も。

 また、雪奈の香りでもない。

 「!」

 それはもしかすると、……裕香さんの……?

 「ええと、ほら、僕ちょっと保健室に言ったから、多分、消毒液の香りだよ、……多分。」

 保健室にいて、治療もしたから多分その匂いだろうと、誤魔化してみる。まさか、外で裕香さんと会っていたなんて、勘づかれるのも嫌だし。

 「むぅぅ!誤魔化してるっ!嘘つきっ!どう考えても、女の子の香りだよ!まさか、今度はあゆちゃんじゃなくて、もっと大人な子とっ……!」

 「!!」

 ばれた。そして、展開にデジャヴを感じる。みるみる、雪奈の体が震えだす。

 「むぅぅ!!嘘つきっ!優くんのバカっ!ご飯抜き!!」

 「えーとごめん!!!ちょっと、僕の話を聞いて……!」

 やっぱり怒った。挙句、ご飯抜きまでされそうになる。

 「……どんな話?」

 「うっ……。」

 弁解はとりあえず、聞いてあげる、そんなきつい眼差しをされる。

 僕は、雪奈のその表情に後ずさりしそうになった。

 「……その人、ええと、その女の子?ここまで、肩を貸して運んでもらったんだよね。僕の怪我、思ったより酷くてね、動くと痛んだりして、だから……。」

 「!」

 間違ってはいないことを僕は言った。

 雪奈は聞いて、きつい表情から一転していく。

 「……怪我、そんなに酷いの?」

 聞いてくる。

 「……うん。今もまだ、痛む。」

 「……もう、早く言ってよ!私、優くんが変な女の人に捕まったんじゃないかと思ったんだよぉ!」

 許してくれたようで。今度は呆れ顔だ。

 「じゃあ、はいっ!」

 「え……。」

 許してくれた上に、雪奈は両手を広げて僕に向き直る。

 ハグ、してくれそうな雰囲気。僕は、戸惑う。

 「動くのが辛いんだよね?私が、肩貸してあげる!」

 にっこりと笑って、言った。

 僕は、そっと腕を伸ばしたなら、グイっと僕を引き寄せる。

 「あ、あれっ?!」

 ただ、裕香さんとは違い、雪奈は僕を引き寄せた時、思わずバランスを崩してしまう。多分、これが普通だと思う。裕香さんが力持ちなだけで。

 「いいよ。僕、壁伝いで上がるから。」

 やっぱり自分で行くよと、僕は解こうとした。

 「ううん。痛いと思うから、私が連れていくよぉ。任せてっ!」

 雪奈は止めない。積極的に、肩を貸して連れて行こうとする。

 「でも……。」

 悪いよ、と思いつつも、雪奈が言うならと、僕は従う。

 「えへへ。思い出すね。昔、転んで怪我した優くん、私よくこうやってたなぁ。」

 「……ちょっ……。」

 二人三脚で動こうとした時、昔を思い出した雪奈は呟いてくる。僕はつい、恥ずかしさに顔を赤くしてしまう。

 「あの時、泣いていたねぇ。痛い痛いって。でも、優くん小さくて、可愛くて。私、弟ができたみたいで嬉しかったんだぁ。」

 「……あの……。」

 その様相から、昔を懐古し始める雪奈。ここで言いますか?ただ、介助して、部屋まで連れて行ってもらうだけの状況で。また、それは恥ずかしいからやめて。

 「おまじないしたねぇ。……そしたら、何て言ったと思う?」

 「ええと……。」

 「〝痛いのなんか、飛んでいかないよぉ~!雪ちゃんの嘘つきぃ~〟だって。私、ちょっとだけショックだったなぁ。」

 「……。」

 懐古止まらず。僕は閉口するしかなく。なお、多分今それをしても、痛いのは飛んでいかないと思う。

 「そうだ!また、おまじない掛けてあげるよぉ~!」

 「……また、突拍子もないことを……。」

 雪奈は思い出しながら、突拍子もなく、行動を始めてしまう。

 意味がないと、僕は言ったつもりだったが、やっぱり聞いていない。

 二人三脚状態でありながらも、自由な手を、僕の傷にあてがう。

 「痛い痛いの、飛んでけぇ~!えいっ!」

 「……だから、子供じゃないよ。」

 懐かしいフレーズを呟いて、指をくるくる回す。本当に、魔法を出しそうな感じで。僕は、成すがままに身を任せて。

 「……。」

 不思議と、引いていく痛みの感覚。僕はまさかね、と思ってしまう。雪奈を見ると、満面の笑みだった。


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