優しいお方
保健室から廊下に出ると、多分、レイさんや裕香さんの持ち物だろう、結構大きなギターケースが置いてあった。
裕香さんはそれを持たずに、スルーして待たせている車へ向かおうとする。
持たないのは、レイさんとかに回収してもらう算段からか。
「……。」
すれ違い際、見ると、そのギターケースは無造作に開けられているようで、中身がやや見える状態だった。
多分、急いでいたのだろう、隠せもできず。
また、飛び出ているものに、僕は固唾を飲む。
だが、出ていたのは、ギターや肩掛けキーボードのネックじゃない、細長く、鋭い筒……。
レンの持っていた、殺意の筒、銃だ。レンのそれではなく、猟銃と相似した形でいて、遠くから人を狙撃することに特化した物。大きさもそれ相応で、重ささえ感じる、ライフル銃。
……当たり所が良くて良かったのだろう。悪かったら、死んでいた。
夕闇の校舎の廊下で、また、ぞっとする話を僕は見つけてしまう。
「ええと……。」
僕は、ぞっとした感覚を紛らわすために、言葉を紡ぎ始める。
「……裕香さんって、力持ちなんですね。」
話始めに、裕香さんの力持ちについて。僕をがっしり持つその力、ただ者じゃない。
「あら、そうですの?わたくし、か弱い乙女と思っておりましたのに……。」
「……。」
裕香さんは意外そうな顔をして、答えたものの、僕は苦笑する。
か弱くない。
あの、ちらっと見えた物騒な代物を振り回すそれが、どうしてもか弱い乙女に見えない。冗談だよね?
「……冗談だよね?」
「あらあら。わたくし、ペンより重たい物は持たない主義なのですことよ。」
「……はぁ……。」
本気なのか、冗談なのか、僕は分からなくなってきた。心底後悔もしてきた。振る話題を間違えた気がする。
ただ、気は紛れたと思う。
それからは、特段の話題なく、保健室近くの出入り口で待機しているタクシーに乗り込んだ。
手配されたタクシーで、僕の家まで向かう。
車内で会話はない。少し僕は、寂しげで。
すっかり暗くなった夜道、僕の家の前で停まり、僕は裕香さんの肩を借りて、家の前まで連れて行ってもらう。もう玄関も目の前、これより先は、自分で行けるかもしれない。
「っ!」
と、裕香さんの手が、僕の傷口に当たり、痛みが走る。
「!」
裕香さんは、手を退け、申し訳なさそうな顔を向けた。また、唇をきつく噛み締め、責務を感じ。また、このままでは、示しがつかないと言わんばかりでもあった。
そっと、僕の両手を取り、見つめるように向き合う。
「……わたくし、これでは我慢なりません。それ相応の咎を受けなくては。わたくしは、事故とは言え、優さん、あなたを撃ちました。もしかしたら、無関係のあなたを、殺してしまったかもしれません。……どうか……。」
「?!」
告白でもするかのような雰囲気で、裕香さんは取った手を、自分の腹部、それは、僕の傷がある所と同じ場所へ持っていく。その行動に、思わずまた目を丸くする。
「……同じように、わたくしを傷つけてくださいまし。」
真剣な眼差しで、懇願するように言う。
「なっ……。」
絶句と、思考停止。
いきなり言われても、僕じゃ何もできないし、いや、まして傷つけるなんて。いやいやいや、この場合、そうじゃない。
真剣に僕を見据えるその表情に、生半可なことは言えない。
僕は首を横に振る。
「ま、待ってください。で、できませんし、もう、過ぎたことですし……。」
「……ですけどっ……!」
上手く言えない、また、遮られもする。
けれど僕は、彼女の両手を取り、そっと握っては。
「?!」
「できませんっ!……傷つけるなんて、それを咎とするなんて……。それに、体、大事にしてくださいよっ!裕香さんは、裕香さんしかいないんです。もしそうやって、傷つけてしまって、取り返しのつかないことになったら、裕香さん、どうするんですかっ!大丈夫です。もう、裕香さんとか、責めたりしませんから!」
紡げるものを紡いで、僕は言い放った。手を握り締めたその時から、驚く顔を見せた裕香さんは、聞いていくうちに、その瞳を潤ませていく。
「……お優しいのですのね。」
言い終えた僕の手から、自らの手を逃し、また、僕の手を取って、自らの頬に持って行っては、そう呟く。
「……そうですわね。わたくし、勘違いをしておりました。優さんのような、お優しい方に、強要するなど、なんて愚かな。……分かりました。もう、このような要求はいたしません。」
「……ええと、はい。もう、いいんですよ。もう、大丈夫なので、その……。」
続く言葉、それは理解していただけたようで。僕は、終始上手く言えないでいる。
そっと手は離され、裕香さんは改めて、僕とまた向き直る。
「……さて、もう、お話はこれほどにして。わたくしは、これにてお暇させていただきますわ。優さん、ごきげんようっ。」
「……あ、はい。それでは……。また、……その明日。」
深々と、丁寧に頭を下げ、上げたその時の彼女は、素敵な笑顔であった。その素敵さに圧倒された僕は、また、言葉を上手く紡げないでいる。
そっと、気づかれないように去る裕香さん。その去り際に、僕を一瞥するように見た、その瞳と頬は紅葉し、……何か心躍らせるかのような印象だった。
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