ヴィジランテ

 「ああ。そのまさかだよ。その二人だ、レンや、……お前に銃撃したのは。もう、言い訳しても無駄だからな、本当のことを言っておく。」

 「……そう、ですか……。」  

 答えにくいことだ、二人には。博士は代わりに言う。僕は、その先を続けられない。

 その二人は、僕の前に来るなり、深々と頭を下げる。

 「……すまない。私のミスだ。あの時、攻撃中止を命じれば……。」

 最初に声を上げたのは、ポニーテールの方。

 「……いいえ。レイさんだけの責任ではございませんわ。わたくし、〝倉敷裕香(くらしき ゆか)〟の責任でもありますの。」

 次に声を上げたのは、気品溢れる方。堂々と自らの名前を上げる。

 「!!……ええと、その、まあ、だ、大丈夫ですよ。僕は、この通り生きてますから。その傷だって、多分大丈夫ですし。」

 深々と頭を下げ、謝罪を告げる二人に僕は、宥めるように言う。

 「……ちょっと訂正しておくが、実際は重傷だったんだがな。灰色ノルの幹細胞が役立ってよかったようだな。……灰色ノルの元気まで移ってきたようで。」

 「?!って、ちょっと、そんな重傷だったんですか、僕……。」

 「!!ぐっ……。」

 「!なんとっ……。」

 その宥めに水を差す博士の一言。その言葉は初耳で、僕は驚く。同じくその言葉を聞いて、何か堪える二人。何だか、融和ムードも台無しになりそうな。

 「……おっと。わりぃ。今の忘れてくれ。つい癖で、事実を言ってしまうんだよな、これが。」

 「……。」 

 「……。」 

 博士の悪い癖だったようで、博士は忘れてくれと区切った。

 頭を下げたままで、固まった二人。僕は、このままこの状態というのも辛いだろうと、別の言葉を考える。

 「……ええと。と、とりあえず、大丈夫ですので。はい……。」

 考えた言葉と言っても、あまり良くなくて。

 とりあえずの、取り繕いの言葉を始まりに。

 ただ、始めたとしても、例の二人は頭を上げることはせず、言葉も紡がない。

 「う~……。」

 続けられない自分がついもどかしい。せめて、英吉並みのスキルがあれば。

 「ええと。その、頭上げてください。……気にしてませんから。それに、ええと、じ、自己紹介します。ぼ、僕は〝初風優〟。……あなたたちは……。」

 「!」

 「!」

 ならばと、僕は精一杯の続きを。その流れで自己紹介を始めてみた。

 やっと二人は頭を上げた。

 そっと僕に視線を合わせるなり、それぞれ口を動かし始める。

 「……私は〝北上 麗(きたかみ れい)〟。〝ヴィジランテ〟のボーカルを兼ねてギターも。呼ぶなら、レイでいい。昼頃はすまない。」

 まずは、ポニーテールの方。

 「レイさん。もう、謝罪はよろしくてよ。わたくしは、〝倉敷裕香〟、バンドではキーボードを担当してましてよ。レイさん、この後は、〝よろしく〟と言いなさいな。一緒に、よろしくお願いします。」

 「……だな。優、よろしく。」

 気品溢れるその人は、締め括りに、丁寧にお辞儀をする。合わせて、レイさんも頭を下げた。

 僕も、頭を下げる。

 「あ~、三人とも、仲直りしたこの時に、あんまり言いたかないが、そろそろ迎えの車が来る。ああ、料金はあたし持ちだ。早く支度しな。」

 「!……は、はい。」

 僕と〝ヴィジランテ〟のメンバーが色々言っている間に、博士は迎えの車を用意してくれたようで。多分、タクシー。それがそろそろ来るのだとか。

 僕はこの流れをここで区切るしかない。

 「え~!もう終わりぃ?あたしぃは、まだ優くんといたいのにぃ!」

 不満は灰色ノルから。

 「あのなぁ。こいつは帰る家があるの。もし、このままいたら、こいつの家から苦情が飛んで来かねん。ここまで来られたら、それこそややこしくなる。……色々と動くあたしの身にもなれよ……。」

 「うぅ~……。」

 博士は灰色ノルを宥める。が、不服そうなままで。

 とにかく用意しろ、そう言われ、僕は制服の上着を閉じようとしたが、最後、腹部の部分で手を止めてしまう。

 「うぇ……。」 

 そこはボタンさえなくなり、空白で。そここそは、僕の体を銃弾が貫いた跡だ。戸惑いが口から漏れる。

 「!」

 僕の戸惑い、混乱を見抜いた博士は反応する。

 「……誤魔化すストーリーならある。」

 「えっ……。」

 「元気溢れるバカどもが、夏休み企画で花火で銃撃戦のようなことをやった。それがお前の腹に直撃して、火傷と怪我をした。……そういうことにしておけよ。あんまり、銃撃戦があったなんて、表立ったらあたしの立場も、いや、この学校だって危うくなる。頼む、察してくれよ……。」

 「……は、はい……。」

 僕が見た、服の穴から始まる追求を想定し、博士は釘をさすように言ってくる。怒っているのではなく、不安のようで。僕は、一定の理解を示した。

 「さて、車が来たぞ。ほら、退ける!」

 「にゃぅう~!嫌っ!」

 「ご飯抜き。」

 「にゃうぅ~……。」

 エンジン音がここ近くまで来たなら、博士は僕に乗っている灰色ノルに、ベッドから降りろと言うものの、最初反抗される。退かなかった場合の罰の提示に、頭もその上の猫耳も項垂れ、不満そうに退いた。

 僕は頷き、ベッドから出ようとしたものの、痛みとふらつき、あるいは貧血で、落ちそうになった。

 「……くぅ……。やはり……。」

 僕のその様相に、唇を噛み締め、責任を感じた裕香さんは、僕に近づき、自らの体を差し出す。

 「えっ……。」

 「わたくしの肩をお使いくださいまし。」

 「……はい……。」

 僕は言われて、同じく体を裕香さんに預けた。

 「わっ!」

 ぐいっと力強く持たれ、僕は目を丸くする。とても、女の子が出せる力じゃない。

 僕は裕香さんの肩に手を回し、半ば二人三脚で動くかのような体勢になった。

 「それでは、レイさん、博士たちのこと、よろしくお願いしますわ。」

 「……。」

 これから、待たせている車に向かう。その一瞥としての言葉、レイさんは聞いて、頷く。

 「うにゃっ!ちょっと待って。」

 「!」

 帰路へ向かうその前に、灰色ノルが僕を呼び止める。そっと、彼女の方に向いたなら。

 「……優くん、また、明日……。」

 「……うん。また、明日。それじゃ……。」

 それは、さよならと明日また会える、希望の言葉。僕は頷き、同じく言葉を返す。灰色ノルは、いつもの笑顔で見送り、小さく手を振った。

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