夏空に木霊する銃声
剥ぎ取ったのは、ウィッグ。さらに、制服を着て、歩に成りすましていた。
屋上に晒された灰色の髪は、風に揺れ、また、あのバンド音楽が、沈黙下に木霊する。
「む~!!むぅぅ~!!う~!!」
「……。」
冷ややかなレンは、もがく歩(?)……いや、灰色ノルを解きやしない。何の言葉も発しもしない。そのまま締め上げれば、殺せるのだろう。
けれど、なぜか今殺さない。
レンはそっと、自由にできる手を自らの背中に手をやり、何かを取り出すような動作をする。
戻したその手には、あの時見せた、箱型の銃が握られていた。
「……灰色ノル。お前もこれがおもちゃでないことは、分かっているはずだ。……言え、もう一人はどこだ!もう一人は、誰だ!」
「!!」
「?!」
脅迫を始めるレン。その内容に僕は、意外さに目を丸くする。
疑問。〝もう一人〟って?また、だからか、すぐに始末したりしないのは。
……レンにとって、まだ、全ての情報が揃っていないのだ。
「……ぷはぁっ!うう~!分かんにゃい!!何のことか、分かんにゃい!!」
「……言えっ!お前を逃がし、匿い、育てた奴は、どこだ!誰だ!」
「……!!にぃぃ~!!」
嫌に強い口調のレン、怯える灰色ノルは、……答えることができないでいる。
まだ答えないかっ!そう言っているようなレンの眼光と、そして、殺意を持った銃口の迫る様子。
怯えと嫌悪を呼ぶ、その銃口の煌めき。また、レンの手、引き金を持つ指は、意志が働き、引くような動きを見せてくる。灰色ノルのこめかみに突き付けたなら、……いつでも殺せると言わしめてくる。
「にゃぁぁ!!嫌ぁ!嫌ぁ!!いやぁああああ!!!優くん、優くんっ!!!博士っ!!」
「!!」
恐怖に目を瞑り、涙流しながら、甲高い絶叫と、その場に居合わせた僕への救いの求め。
僕は、……絶え絶えの息を少しずつ取り戻しつつ、レンを見据えた。
「……レン、やめ……。」
「もうやめな。」
「えっ?!」
言おうとした矢先に、僕の背後から声がし、その人物が僕を押しのけ、眼前に出てくる。
その口調と人物、……小汚い白衣を着て、気品を感じない口振りの女性、それは、博士だった。灰色ノルの悲痛な叫びを聞きつけ、登場した、さしずめ、ヒーローのように。
博士が現れた瞬間、レンの銃口は博士に向けられ、また、灰色ノルを羽交い絞めにしている手は、微かに動いたかと思うと、手品のようにナイフが現れ、その手に握られた。
その形態は、双方を相手取り、戦う様。それを、僕と同い年のレンがやってのける。相当、訓練してきたんだろう。よく分からないけれど、……すごいなと思った。
「……あんたが、〝捜索対象〟の一人だったか。」
レンの質問に、知っているように博士は頷く。
そうしたなら、レンは何か、首を少しだけ動かし、視線を逸らす。
「……捜索対象確認。制作し、研究、そして脱走した研究員『矢矧 理香』、なお偽名。及び、研究対象『灰色ノル』。地点、並びに緯度、経度、住所、……。復唱確認、オーバー!」
《…………。……。》
通信だ。的確にこちらの地点を指示している。返答の声は聞き取れないが、電波の悪い状況のラジオから発せられるような音がした。
「……了。強行偵察終了。可能ならば、対象始末。確認。任務了解……。」
通信は終了し、視線を博士に向き直す。
より鋭さを増す、眼光。ただ目の前の敵を殺す、瞳。
言うなれば、獣のような眼光とも受け取れる。殺すのだ。
「……あんたの研究といい、今までの経緯といい、そんなものは他の連中がどうにかするが、死ぬ間際だ、言い残しておく言葉があるなら聞いてやろう。だが、先に俺の質問に答えてもらう。多分、俺の〝友達〟、優や英吉、雪奈も知りたがるだろう。」
「……『皐月 歩』はどこだ?何をした?流石に、一般生徒を巻き込むような真似は、よした方がいい。回答によっては、強硬手段も辞さん。」
「!!」
最後にと、レンは繰り出してくる。僕は、レンがしたその質問に、はっとなる。
あの、怖がりの、本物の歩のこと。
ここでレンが、任務とか仕事とか、そんなものと関係のないこれをここで問う、それは……。
「……はぁ……。」
博士は諦めたような溜息を一つ。
「……その銃、〝0式短突撃銃〟、〝0式短突〟……、陸上自衛隊の……。いや、違うな、カスタマイズの様が、違う。……やれやれ、あたしも焼きが回ったか。ここで、終わりか。」
言葉を紡ぎ。何か知っているようで。
「……質問の答えになっていない。答えろ。」
しかし、遮られ。
「少しくらい、与太話でも言わせてくれよ、若いの。まあいい。ひっ迫な状況であるのだろうからな、いいさ。無事さ。別に、あの子に変な人体実験をやったりしちゃいない。あん時気絶していたが、家に送って、んで今頃、のんびり自宅で過ごしているだろうよ。」
与太話から始めようとも、遮断、やむなくレンへの回答。
僕は聞いて、少しだけ安心する。
「……ならなぜ、『灰色ノル』を野放しにした?ばれなければ、ずっとこのままであっただろうに。」
「えらく質問が多いな。簡単だよ。……ちょっとした、親心のつもりさ。そいつも、もういい歳だ、友達と一緒に遊び、学び。やがて、独立して、より大きく羽ばたいていく。その足掛かりとして、社会勉強も兼ねて、そうしようと思ったのさ。そう思うのは、……育ての親としては当然だろう?それに、夏休み期間中なら、別に生徒の出入りは自由だ。誰がどこで何をしてようとも、そんなにばれやしないし、社会に慣れさせる第一歩としても、悪くはない期間さね。だから、そうしたんだ。歩に扮する予定ではなかったが、やむを得なくてな……。」
「……そうか。」
締め括られる。
僕は推測する。歩は、今自宅で待機。別にそれは、違反でも何でもない。夏休み期間中、登校日でもない限りは、家でのんびりしてようとも自由なのだ。だから、入れ替わっていても、僕ら以外は怪しむこともない。
安心感を、僕は補填した。
「……なら、次は。言い残したいこと、聞いてやろう。」
「……もう、終わりだな……。」
「……そうだな。」
「!!」
最後にもし、言い残すことがあるならと、レンは問う。
博士は、なさそうで。ならばと、レンは引き金の指に力を込めた。僕は固唾を飲んでしまう。
「……。」
博士は目を瞑る。
「!博士っ!!」
灰色ノルは叫んだ。
「?!」
レンは、何かに気付いたようで、視線を少し逸らす。
「!!」
「?!うにゃぁ?!」
「?!おっと……。」
次の瞬間、咄嗟に灰色ノルを僕ら側に跳ね除け、横に跳ぶ。灰色ノルは、博士に受け止められ、事なきを得る。
レンが跳ねたその際、より甲高い、スターターピストルの音が木霊する。音が残響のようになったなら、赤い液体が視界に飛んだ。
血だ。……レンの、血液……。
「?!がぁぁ?!」
聞いたこのない、激しい絶叫、それはレンの。鮮血はレンの左肩から溢れ、そこをレンは押さえ、膝をつく。
僕は、何が起きたと目を丸くしていた。
「……匿われているんだよ、あたしも、こいつも。……ここに、な。」
博士は静かに言った。
僕にはそれは、回答になっていない。が、言ったのは僕にではなく、レンにだ。
「……匿われている……。護衛……。狙撃手かっ!!」
「?!」
レンは、僕の疑問への回答を言ってくれた。
どこにそんな人物が……。僕はそう思ってしまうものの、……不気味と音の欠落がなぜか、確信を告げそうでならない。
ある音がない。……バンドの、高らかな音が、ない。いつから?でも僕は、分からない。
「……あたしが、いや、この学校が何の用意もしていないとは思っていまい。」
冷たい一言をレンに告げる。
「……くっ!」
レンは、悔しそうな表情であった。
狙撃手……が、誰なのか分からないけれど、何となく、レンが今度は不利であることに違いはない。ここではない、遠くからの攻撃に、……回避する手段は難しい。
僕は、このまま見ることしかできない?
いいや……。
「……あの、博士、いや、先生。も、もう、いいんじゃ?」
言葉を掛けることならできる。この場に、待ったを掛けるように、一石を投じることは。
しかしこの状況に、次に何を紡ぐ?
無知な僕は、何を聞けばいい?未だ混乱の僕は、どうすればいい?
有効な言葉を紡げない。
「初風優、お前の言いたいことは、何となく分かる。だがな、これはお前のいる世界じゃない。レンもあたしも、同じ世界の人間で、お前とは違う。だから、あいつも、もう理解しているだろうさ。ここで、任務のために、死ぬ。……ここはな、そんな世界なんだよ。今から帰れ、何て言っても、この光景はきついだろうて。」
「……だけど……。」
「……いいか、目を瞑れ、耳を塞げ。何も見るな、何も聞くな、何も話すな。そして、忘れろ、レンも、灰色ノルも、このことも。」
「……。」
投げ掛けた言葉の回答は、嫌な命令口調。いつも、悪い口調だが、それは教師として思いやるかのような口調であって、このような、命のやり取りなものじゃない。
僕は……、それに従わない。レンの今わの際が頭によぎってしまい。
「……できない!そんなこと……。」
吐き捨てるよな、決別を。
僕は吐き捨てるや、レンへと駆け寄っていく、救うために。
「……バカ野郎っ!来るなっ!」
「バカたれっ!やめろっ!!!」
同じ世界の住人は、それぞれに目を丸くし、それぞれ僕を罵倒し、制止させようとする。それで止まるわけがない、僕は、レンを、どこにいるか分からない狙撃手の視線から遮るように、突き飛ばした。
同時に、同じ発砲音。さらに、同じ鮮血が舞う。けれどそれは、僕の。
撃たれた衝撃により、僕は近くのフェンスに叩きつけられ、倒れこむ。遅れて、腹部から激痛が走った。
「……っ?!……っ?!!」
思わぬそれと、激痛に声を出せないでいる。
「……何をしているっ!優っ!」
レンは叱る。
「……だってさ、友達じゃないか。何だかよく分からないけれど、変に意味の分からないことだらけだけど、友達だってこと、違わなくない?」
苦痛に喘ぎながらも、言葉紡ぐ。そう、友達だから。それ以上の理由はない。レンと、いや、レンだけじゃない、歩も、英吉も、同じく友達だから。それ以外に理由なんてない。
……だってそうだよね。だから、歩のことを、あの時、問うたんだ。
自分の任務より優先して、問うたんだ。
「……友達……。くっ……。」
レンは、何か噛み締めたように言って。でも次に続く言葉はなく。
徐に上着を脱ぎ、割いたなら、僕の傷口にあてがい、また、露になった肌に、自らの傷を晒し、同じように、割いた上着の一部を、自分の傷にあてがった。
非常に手馴れていた。やっぱり、相当な人だったんだ。
レンは、自分の傷を縛って、止血したならば、また、銃を片手に立ち上がる。
それは、博士と灰色ノルを狙ってのことか。
いいや、視線は博士などではない、遠く、多分、狙撃手のいる位置。
片手ながらも狙い、今度は逃げるように動きながら、銃を連射する。屋上の入り口に付いたなら、僕に一瞥を。
「……。」
博士と灰色ノルには、睨み付けるような視線を残して、立ち去っていく。
僕は、もう動けないでいた。
「!!優くん!!!優くんっ!!ええと、救急車!!」
「バカ猫!普通ならそれでいいが、あたしらの状況を考えるとまずい!……〝あの二人〟呼んで来い、……運ぶぞ!」
その様相に、灰色ノルは適切な行動をしようとしたが、博士は、この状況の悪さから、拒否、代わりに、処置のための応援を呼んで来いと言う。
灰色ノルが立ち去ったなら、博士は僕の出血を止めるため、手をあてがい、また、足りない部分を、小汚い白衣……、自らの象徴で覆った。
僕は、血の気が引く様相と、不気味な寒気に震えだす。
その感覚が、不意に遠退いたと思ったなら、僕の意識は消えた。
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