灰色ノル……灰色ノルだっ!

 翌日の朝、僕は寝不足かな、だるい感じがしてならなかった。起きた時には、雪奈はもう部活に出掛けているようで。

 「……。」 

 なぜ寝不足?それは、……混乱によるもの。レンの正体や、歩(?)の正体、レンがしようとしていること。カオスになって、余計に混乱する。

 僕は着替えを済ませて、いつも通り学校へ向かう。

 この際、あの明るい英吉といるなら、紛れもするかもしれないし、何か面白いこともあるかもしれない。

 そういう思いで、僕は家を出る。

 道中に、と、僕は振り返ってしまう。昨日みたいに、全力疾走で僕に突撃してくる、あの歩(?)がいないか、探している。けど、今日は違ったみたいで、出会わない。

 「……。」

 無言ながら、少し不安にも思える。

 もし、追われている立場なら、レンにもう……。レンは、そうして、……。

 僕は、心の中の混沌から溢れてくる、不安な思想を首を振り、掻き消そうとする。考え過ぎだし、多分僕の立場じゃ、その中に蠢く思想も思考も、理解はできはしないのだろう。

 レン、あるいはレンたちは、それよりも先の、僕の届かない所にいる。……もうきっと、これ以上先は、……考えきれないや。

 「……はぁ……。」

 複雑な思いの溜息を一つ、こぼし、やがて学校に到着する。

 解放されている空き教室の戸を開けたなら、やけに静かで、入ってみると、英吉がただ一人だけいて、備え付けられた椅子に座っていた。

 どうもぼんやりしている様子で、僕が登場したことに気づいてはいない。

 「おはよう。……あれ?レンは?」 

 「!おう、おはよう。レンか?……今日は来ていないんじゃない?俺は見ていない。」

 僕が声を掛けると、気づいて僕に目線を向け、挨拶を返し、しかし。レンは見ていないと言った。

 昨日のことがあって、僕は何だか気に掛かってしまう。いたなら、……歩(?)に何もしないよう言える……かもしれない。

 いないと……。

 「……。」

 つい、押し黙ってしまう。英吉に、何と話題を振ろう。

 「……。」

 当の英吉も、僕が押し黙っているのを察して、また、英吉も昨日のこともあり、同じく言葉を発せないでいる。

 沈黙の、空き教室。

 いつもなら、英吉のバカげた話が一つでもありそうなものなのに、今日はない。

 英吉といるのに、会話の一つもないこの光景、違和感しかない。

 違和感。……歩(?)……。

 「おっはよー!優くんみ~っけ!」

 「!!」

 そんな僕らの、この場支配する沈黙を破壊するのは、もう一つの違和感。不意のそれは、滞る沈黙を吹き飛ばす風となって入り込んできた。戸の方に視線をやれば、底なしに明るい、歩の姿をした……、レンの言葉を借りれば、灰色ノル。

 僕と視線が合うなり、手を振ってさらにアピール。

 スキップがてら、僕に寄ってくる。

 「ハグッ!」

 「……って、いきなり?!」 

 軽い跳躍の後、強引なスキンシップ。

 「ぎゅ~っ!」

 「ちょ……。強い強い!!い、痛い……。」

 その力は強く。……そう言えば昨日痛めつけられた所、痣(あざ)になっていた……。その力の強さも相まって、余計痛く感じる。

 「もう~。昨日は酷かったよねぇ~。何でかレンくんが、襲ってくるし、お菓子食べ損ねるしぃ~。ぶ~ぶ~!」

 「……あはは……。」

 文句はあるものの、怒りはなく、むしろ、僕と会えて嬉しそうでもある。確かに、あんな途中退場じゃ、味気もないかもね。僕は、から笑い一つ。ただ、彼女の無事に、安心感もある。

 「レンくんも、あんな風にしなくても……。仲良く食べたいなら、食べたいって言えば、いいのにぃ~。遊びたいなら、遊びたいって言えばいいのにぃ~!酷いよぉ!」

 「……。」

 文句は続く。僕はその文言には、閉口せざるをえない。

 レンは、自分の組織の任務に従い、……灰色ノルを処分、つまりは、殺害、する。それを知っている以上、笑い事では済ませられない。また、残念ながら、この状況であっても、冗談を一つ、場を和ませるスキルを持っていない。だから……。

 「?」

 文句を言っていた歩(?)は、その閉口に首を傾げ、僕を見つめるだけ。

 「あ~!あ~!!すっかりカップルでございますねぇ!二人とも!!くそぅくそぅ!!」

 代わりに、僕以上に冗談やトークスキルを持つ英吉が、羨ましそうに言ってきた。

 この閉口を退ける、ムードメーカーの一言よ。

 確かに、この抱擁や、会話の様相は、……すっかりカップルトーク……。

 「カップル?何それ美味しいの?」

 彼女は聞いた。

 「あ~!そうね、美味しいね!!プリンみたいに甘くてねぇ!……一応、補足しておくけど、カップルってね、恋人ともとれるんだよね。……くそうぅ!!俺に言わせるなぁ!!」

 悔しそうな英吉の回答。表情も、ラブラブアピールを受け、ギリギリと歯痒そうである。

 ……抱擁は嫌いじゃないけれど、決して彼女と恋人では……。

 「……恋人?」

 「?」

 その単語に、目をときめかせる彼女。……そう言えば、昨日慰めのお菓子会の際、ある行動は恋人同士が~とか何とか、僕が言った気がする。

 その際、恥ずしさなんてない彼女は、惜しげなく、〝なりたい〟、と口にしていたような。

 「じゃあ、あたし……じゃなくて、ボクたち、恋人同士なんだね!!わ~い!やったぁ!」

 体を大きく伸ばし、全身で喜びを表現する歩(?)。

 その光景に、とうとう我慢の限界が来たか……。

 「……ぬぬぬぬ……。うがぁぁぁ!!!優のバカっ!!もう知らないっ!!」

 英吉が爆発した。

 爆発した衝撃で、立ち上がり、一気に咆哮、涙をほど走らせながら、全力疾走でどこかへ走り去っていった。

 そうして、僕ら二人だけが残る。僕は、英吉の可哀そうな姿に、沈黙、歩(?)はどうしたんだろう、そんな感じで、猫のように首を傾げた。

 「!」

 が、二人きりになったと気付いたなら、またいつもの笑顔に。 

 「ねぇねぇ、優くんは何して遊ぶ?」

 「……えっ?!」 

 これ幸いと、彼女は何か、提案がないか聞いてきた。

 ……遊びなんて、考えていない僕からすると、余計思考停止してしまう。

 「どうしたの?ボクじゃ嫌?」

 「い、いや、そうじゃないんだけど……。」

 僕の反応が、変に気になったようで聞いてくる。僕は、昨日のことが心残りであり、上手く動けないだけで。

 「じゃあ、楽しくなるような遊び!〝狩りごっこ〟、だねっ!負けないよぉ!」

 「はっ?!何それ……?!」

 ならば、元気の出る遊びをと、歩(?)は提示する。が、聞きなれない遊びのため、どうしようもない。 

 「簡単簡単!大丈夫!逃げている獲物を追いかけて、捕まえる!それだけだよ!それじゃ、優くんが〝狩る〟側だねっ!始めっ!あっははぁ!!」

 「ちょ……だからっ……。」

 説明もさることながら、ヒョイっと抱擁を解除して、身を翻し、入り口に立ったなら、子供みたいな屈託ない笑顔で、子供みたいなはしゃぎ声を上げて、いきなり全力疾走を始め、僕の視界から消えていく。

 僕は、何だか気持ちの置いてきぼりを喰らったようで、若干思考停止する。

 「お~にさ~んこ~ちら~!て~のな~るほ~うへ~!!」

 遠くから、姿が小さく見える歩(?)が、聞き知ったフレーズを口にして、手を叩いて、いる。僕が出てきた姿を見たなら、また全力疾走を始めた。

 「……ちょ……、それは〝鬼ごっこ〟だぁ!!ああ、もう……。どこからどう、突っ込んでいけばいいんだ!くそぅ!!」

 子供のような歩(?)の様相と行動に、また、昨日からのことといいで、僕は思考が混乱し、突っ込みを入れながらも、拭い捨てるような言葉を吐き、……やむなく追いかける。


 ―きゃははっ!たーのしー!!

 「……どこからだ?」

 より遠くって聞こえてきた声、それは、学校の螺旋階段の上階から。また、夏休み期間、誰もいない校舎の様相が相まって、その声は余計に響き渡ってくる。

 また、多分、歩(?)のだろう、足音さえ、高らかに響き、遠退いていく。最後は、大きく扉を開閉する音が聞こえ、それ以降、何の物音も聞こえない。

 「……。」 

 僕はそこから、どこへ行ったかを推測する。この階段の一番高い場所で、かつ、近くであれ程の音を出す扉のある所……、屋上だ。

 ただ、立ち入り禁止だった気がするけど。

 それはさておき、そこか……。僕は、仕方なく駆け出す。

 「?!」

 だが、駆け出したその矢先に響き渡る、短いテンポの、足音の反響音。歩(?)のそれではなく、より力強く、それでいて速い。遠退く様子から、僕が推測した場所に向かっている様子。

 またその駆け足、聞き覚えがある。

 それは、肝試しの際、歩が襲われたかいなくなった時、誰よりも速く疾走し、先導した者。

 ……レンだ!!

 僕は、そう気づいたその瞬間に、悪寒がしたのを感じ取る。

 正体を知っている以上、レンはきっと、彼女を……。そう、今が、その瞬間なのだ!

 僕は、持てる全ての力を使って、全力疾走する。

 ―あっ!優くん!見つかっ……むぐぅ!!

 「!!」

 その果てに聞こえる、口を塞がれた声。僕が屋上まで辿りつき、扉を開いたその先に見えたのは、口を塞がれ、羽交い絞めにされた歩(?)と、……それを行っている、レンの姿があった。

 「……っ!……っ!!」

 「……。」

 僕は、姿を晒して、第一声を出そうとするものの、全力疾走の後だ、息が切れきって出せないでいる。終いには、その場に膝を付いてしまう。

 僕のこの姿を見ても、気にも留めない。多分、脅威でさえないと思われている。そのレンは、徐に歩(?)の髪に手を掛けたなら……。

 「!!」

 引きちぎるように剥いだ。

 剥いだ瞬間に露になる、別の髪色、灰色。その髪は、変装時のものとは違い、肩より長い。

 そして、その頭頂部にあったのは、……猫の耳。

 ……『灰色ノル』……。すなわち、『灰色ノル』だ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る