夏の夜に約束を

 「……なあ。」

 「?」

 バスの座席に腰掛けると、英吉がふと言葉を紡ぐ。

 「……確かに、無理だよなぁ。俺ぁ女子が好きだが、目の前で死なれちゃ、夢の中にその情景が出てきそうで、怖い。見るなら、女の子とイチャイチャする夢がいい。あ、現実もな。」

 「……ははっ。」

 僕がレンに言った断り文句に追従するようなコメントを。いつもの英吉らしいセリフだった。

 僕は少し笑ってしまう。

 「本気だぜぇ?女の子とキャッキャウフフしたいの。いつか、ハーレム王になりたいよぉ、お前みたいに。」

 「え?!僕はそんな、モテては……。」

 「嘘こけっ!家では〝夫婦〟生活お盛んなくせにっ!」

 「なっ?!ちょっ!!それは関係ないよっ!それに、僕と雪奈は幼馴染だ!従兄妹同士なんだよ!」

 お返しをされ、僕は顔を真っ赤にする。英吉は、そんな僕をからかいながら、バスの車窓を眺めていた。

 

 自分の道具を取りに学校に戻って、家に着いたのはすっかり闇に染まった時間だった。

 門限は特にないけれど、……さすがに心配されているかもしれない。

 いや、場合によっては、怒っているかもしれない。

 少し唾を飲み込んで、門をくぐり、扉を開けたなら……。

 「!あっ!お帰り~!」 

 いつもの間延びした声で、嬉しそうに出迎える、雪奈の姿。今彼女はなぜか、エプロンを着ていた。多分夕飯の支度をしていたに違いない。幼い頃から、母親の手伝いをしていたこともあってか、割と料理も得意みたいだ。

 その機嫌良さから、どうやら遅くなったことは怒っていないみたいだ。

 「……あ……うん。」 

 僕は、あまり元気のない声で、生返事を返してしまう。

 夕方のことが気に掛かり、いい気分じゃない。偽歩のことや、レンの正体、そして、目的、これらが僕の中で酷く、カオスに交錯していて。最もなことは、レンの今わの際に立ったような気がして。

 「もうっ!そこは、〝ただいま〟だよっ!」

 「……ごめん。ただいま……。」

 「……?」 

 僕の生返事は、返しじゃないよ、その突っ込みを雪奈はして、僕は、やはり、生返事にも近い言葉でしかない。その不審に、雪奈は首を傾げる。

 「……どうしたの?」 

 「……。」

 元気のなさに、気に掛けてくれる。けれど、話せない。話したくはない。レンに、忘れてくれと言われたから。

 「……ご飯食べたくないの?」

 「……。」

 この場合、何と返せばいい?

 「……まさか、あゆちゃんと……!!」

 「……?」 

 あれ?

 「あゆちゃんと二人で、お菓子沢山食べてきたから、……ご飯入らないって?」

 「?!」

 あれぇ?

 何だか、雪奈の中で会話がおかしくなっている?彼女がだんだん、妄想を開始している?

 というか、何で知ってるの?さらには、次第に涙目に。

 「うわぁぁん!!優くんズルい!!ズルいズルいズルい!!私が部活に行っている間に、二人仲良くお菓子食べていたんだぁ!!うわぁぁん!」

 「えぇ?!」

 妄想の中の光景は、どうやら僕が歩と仲良くお菓子を食べていたようで、……強ち(あながち)間違いじゃないのが怖いが、羨ましさのあまり、言って泣き出した。

 泣いた上で、歩(?)のように僕をポカポカ殴りつけてくる。今度は、僕の胸だ。

 「い、痛い痛い痛い!!!」

 「うわぁぁん!」

 「ごめん。ごめんったら!!謝ったから、許してぇ!」

 「うわぁぁん!!」

 昼の衝撃がまだ体に残っていたようで、余計に痛みが走る。謝罪し、懇願したが、通じていないようで。僕の声は、彼女の泣き声で掻き消されてしまう。

 どうしよう……。夕方のこともさることながら、今のでも思考が追い付かない! 

 僕が知った全てを、ここで雪奈に言うべきか?納得するであろう理由と言えばそうだが、それ以上に、彼女を混乱させてしまうかもしれない。……いや、何だかそうすると、彼女まで巻き込みかねない。

 打開策、どなたか、プリーズ!

 ―そういう時はぁ、甘い物を食べるといいんだよぉ~!

 それは、僕の心の中にいる雪奈が告げる。が、デジャヴを感じる。

 ……って、これ、歩(?)に使った手じゃないか。

 それ以上の最良な手を思い浮かばない僕は、躊躇わず口にする。

 「ごめんったら!……その、お詫びにさ、雪奈にもご馳走するよ!好きな物何でもさ!」

 と。

 「!」

 ピタリと彼女の攻撃がやんだ。彼女の流れる涙も、止まった。 

 「……本当?」

 「うん。」

 「本当に本当?」

 「うん。」

 繰り返してくる。

 「本当に本当に本当?」

 「うん。本当に本当に本当だ。」

 「……じゃあ、指切り……。」

 繰り返すこと幾度か、彼女はそれが本当ならと、右手の小指を突き出してきた。僕は、断る理由はない、同じように小指を突き出し、絡める。

 「……ゆ~びき~りげ~んま~ん……!」

 僕が歌い出し。

 「嘘ついたら、針万本、そしてご飯に紅ショウガたっぷり、辛子載せ、チリソース添えの~ますっ!」

 雪奈が次を歌い。

 「ちょっと待って!!多すぎ多すぎ!!僕死んじゃう!!!」

 「指切った!」

 罰の多さに、僕は制止を駆けようにも、しかし、雪奈が指を切ってしまった。

 「うぎゃぁあああああ!!」

 僕は思わず叫んでしまう。

 「約束、だよっ!」

 もうその頃には涙を拭い、そっと微笑んで締めくくる雪奈。僕の叫びは、どこかへ放ってしまい。ただ僕は、……今日ほど雪奈を怖いと思ったことはなかった。

 この約束を破ってしまったら、死にそう。

 ……今の内に、遺書を書いておこうかな……。

 その日は、……不思議と平穏に過ぎていく。

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