あの娘の正体
レンに先導され、バスに乗り、やたら遠くまで運ばれる。坂を上り、頂に広場を見え、また、色々と施設か工場が点在した場所まで行く。そこは、県下のテクノパーク近く。
また、公園のような広場に降りたなら、石でできた風車が点在する公園が見えた。
聞いたことがあるけれど、〝風見ヶ丘〟という場所。
ただ、自分自身あまり詳しくなく、一人でここに来たこともない場所だ。
レンの先導は終わらず、今度はそこから少し下った所にある、住宅街まで足を延ばす。
「……もしかして俺たち、レンの家まで行っている?」
「……かもしれない。」
この考えられる状況として、やはりレンの家に案内されているのだろう。英吉共々そう思っている。
辿り着いた場所は、比較的新しい木造アパート。その2階のある一室に案内された。
簡素な扉を軽く開き、まず僕らに来たのは、何か、煙、あるいは花火のような臭い。無言でレンに通され、短い廊下を見るも、目に付く物は特にない。
たった一つの部屋、机とベッド、ベッド横の棚、部屋備え付け収納ボックスだけのこれまた簡素さ。
「……茶とかはない。だが、楽にしてくれ。ああ、その前に、優……。」
「?」
来客を想定していないこの部屋に、客人をもてなす用意はない。ただ楽にしてくれと。その前に、レンは僕に待ってくれと言う。言って、棚から取り出したのは、手持ちの掃除機。
「……優には、『灰色ノル』の体毛が付着している可能性がある。立ったまま、じっとしていてくれ。」
「……うん。」
よく分からないので、レンの指示通り僕はじっとする。掃除機のモーター音が鳴り、僕の制服の、多分表面を吸い込んでいく。
全身をくまなく吸い上げた後、フィルター部分を開け、丸ごと、何かチャック付きの袋に放り込む。
さらに、棚にあった空箱に、その袋を放り、次いで、歩(?)の血液を拭き取った綿棒、それを浸した小さなプラスチック容器も放り、蓋を閉め、ガムテープで固定、表に配達伝票を貼り、住所を書いて、それを床に置いた。いつでも、どこかに出せるかのよう。
「……楽にしていい。」
「……う、うん。」
その光景をただ、呆然と見つめるしかなく、また、指示に自我なく従う。僕は、英吉が既にしているように、床に座った。
「……ここでなら、好きなだけ話して大丈夫だ。」
「……ええと……。」
レンもまた、僕らと同じように座ったなら、今までの、言葉を発さない拘束を解く一言。
僕は、あのお菓子会からの行動を、まとめるためにぽつりと呟き、口元に手を当て思考。
「……ええとね……。」
「……いや、レン。いきなりでよく分からなかったが、何があった?」
僕が言葉を紡ぐより先に、英吉がまた、訝し気な表情で聞く。
「……〝捜索対象〟『灰色ノル』を発見した。〝任務〟を遂行したまで。」
レンの簡潔な回答だが、……よく分からない。
「……なるほどな……じゃない、全く分からん。何かこう、分かりやすく、順番立てて教えてくれると、俺としてはありがたいんだけど……。」
「うん。僕もそう思う。」
英吉がそう言われて理解するわけがない。僕は、遮られたことに腹を立てることはなく、英吉と同意見と頷く。
「……では、『灰色ノル』の説明から始めよう。……。」
『灰色ノル』……正式名称『灰色ノルウェージャンフォレストキャット』。遺伝子、分子生物学の研究の果てに生まれた、人間と猫の特性を併せ持つ、新生物の第一号。灰色の長い髪と猫の耳を持つことから、『灰色ノル』と呼ばれる。受精卵を色々と改変して生まれだが、その行為は禁断で、明らかな倫理に反している。また、この生物の登場は、人間の存在さえ脅かしかねない。何せ、人に対して何の害があるか分からない。例えば、新しい病原体を作りかねないとか、な。故に、本来は〝処分〟されるのだが、どういうわけか15年前、主任研究員の一人と、その行方をくらましていた。
「……それが、優と一緒にいた歩もどきの正体だ。俺は、お前たちの後を追跡して、歩もどきが落とした体毛から確信した。」
「……。」
言って差し出したのは、灰色の長い毛。それが、歩(?)から抜け落ちたものだと。
僕は沈黙してそれを見つめた。
それを見て、……どう言おうにも僕はまだ言葉を思いつかないでいる。
「……なるほどな。……と言いたいんだが、脅威って何だ?」
お喋りスキルが役立つか、英吉はレンにまた聞いていく。
「……繰り返すが、未知のウィルス、あるいは病原体の媒介、人類より進化した能力による、……人類の、淘汰。それが考えられる脅威。」
レンの回答。
「おいおいおい……。SFもびっくりだぜ。んであれか、その、歩もどき?をそのままにしておくと、〝宇宙から来た狩人〟よろしく、人類を次々と殺していくってか……。さすがに、そんなイメージ感じなかったけど……。」
「……。」
英吉のコメントに、レンはただ黙っているだけで。おどけながらも、英吉は少しずつ理解を深めている様子。
「……んで、レンはその、『灰色ノル』?探して、……どうするんだ?」
続く質問。
「……〝始末〟する。それが俺に与えられた〝任務〟。」
「それって……。」
レンは回答するものの、僕はその冷徹さに、その真意を問おうとする。
「……〝殺処分〟だ。脅威を排除するための、な。」
「!!」
僕の言葉への回答は、静かに、躊躇いなく言われたそれ。僕は、背筋を凍らせる。
殺すのだ……。
幼さ感じる笑顔振りまく、いくら歩に変装しているとはいえ、同い年の女子だ、その人物を、何の躊躇いなく殺処分する……。
怖くなる。怪談や肝試しの時よりも怖くなる。
「……マジかよ……。」
英吉も感じ取った、その冷徹。明るい英吉さえ、この時ばかりは顔をこわばらせる。
でも。
でも僕は、こわばる自分を押しのけて、そこまで冷徹となるレンへ、問うてみる。
「……レン……、君は一体……何者なんだ?」
「……。」
一瞬の、言葉の途切れ。
「……どこから話そうか?俺の生まれがいいか。いいだろう……。」
俺の生まれた場所は、正直分からない。言えるのは、銃弾飛び交う戦場で生まれた、ということだけだ。
ずっと、その音を子守歌に育ち、言葉を覚えるよりも早く、銃を持ち、そして、戦場に駆り出されて、生き残ってきた。……少年兵さ。それから、お金を稼ぐために転々として、今いるある〝組織〟に入った。
「……。正式な名称を伝えることはできない。〝保健所〟とでも言っておく。任務は、例の『灰色ノル』の捜索、ないし、処分。そのために、今各地に他のメンバーも点在している。そうしたら俺が、その当たりを引いた。」
「……。」
「……うへぇ……。」
レンの正体を知り、二人言葉を失う。また、僕と英吉は顔を一瞬合わせ、互いに同じことを思っている顔をした。
非常に危険なことに足を突っ込んだんじゃないか、僕たちは、と。
この後の展開は何だろう、秘密を知ったからには、お前らも殺す、とかじゃないよね?
「……さて。一応の説明はした。納得したか?」
「……。ええと。」
「い、一応は……。」
「……そうか。じゃあ……。」
僕らを一通り見て、納得した様子を伺ったなら、レンは徐に立ち上がる。
「?!」
「!!ひぃぃ!食べないでくださいぃ~!!」
……やっぱり殺すんじゃないのか?!僕も英吉も恐怖におののく。英吉に至っては、変なセリフを口ずさみ、また、僕ら二人抱き合う格好になる。
「……危険なことだ。それでもどうか、協力してくれ。俺単独では、非常に難しい。」
僕らを秘密の場所に招き入れるだけなく、自らの秘密を提示したその果てに、レンは深々と頭を下げた。
それは、信頼から来るもので、だから、自らの秘密さえ提示し。
「?!」
「えっ?!」
その行為に、僕ら二人目を丸くする。
「……散り散りになっている仲間を待っていては、逃す。ある程度のリスクはあるかもしれないが、命の危険はない。それは、俺が引き受ける!」
「……。」
「……おいおい……。」
冗談ではなさそうな、真剣な感じ。二人頭を下げそうになる。
だが、僕は躊躇いがあった。頷いてしまえば、僕は処分の現場を目の当たりにするかもしれない。いくら変装しているとはいえ、一人の女子だ、目の前で死なれては、気分が悪いなんてものじゃない、最悪の最悪だ。いくら、信頼のため自らの秘密を明かしたとはいえ、頷けない。
僕は、抱き合った英吉を剥がし、レンと同じ真剣さで向き直る。
「……俺は……。」
「……僕は、……嫌だ。」
「……。」
「……おうぅ……。」
はっきりと、僕はレンの頼みに〝ノー〟を突き付ける。その言葉に、頭を下げた姿を見せているレンは、眉を動かすこともなく聞いていた。
「……無理だよ。変装しているとはいえ、偽物の歩であっても、女の子だよ、僕は……できない。いくら、脅威になる、とか言われても、……僕にはできない。……でも……。」
けれどその〝ノー〟にさえ、僕は躊躇いがある。レンのその真剣さは、僕らを信頼したことは、確かに理解できる。理由も理解できる。
だからの躊躇いに、しかし僕は、〝イエス〟と言うことへの躊躇いと合わさり、この先の言葉を紡げない。
「……分かった。俺も変なことを言い過ぎた。このことも、そして俺が言ったことも忘れてくれ。これ以降は俺一人がやる。英吉も、忘れてくれ、このことを。」
「ええ?!おいおい……それじゃ……。」
僕の躊躇いを見切ったレンは、僕の代わりに話を、強引に終わらせる。英吉はその終わりに、迷ったままの様子を見せていた。
「……二人ともすまない、今日は大変なことに巻き込んでしまって。」
レンは深々と謝罪を述べ、締めくくった。
レンに案内され、僕と英吉二人は、またあの、バスを降りた広場まで行く。もう、夕暮れが迫っていて、見下ろす町が夕焼けのオレンジ色に染まっていた。
「……優。」
「?」
バスを待つその際、僕だけレンに呼ばれる。振り返ってレンの所まで戻ると。
「……優には特に、迷惑をかけた。すまない。『灰色ノル』との会食の邪魔をし、挙句、優にだけ、手を洗え、だの、うがいをしろ、だの言ってしまって。……本当に、すまないと思っている。」
「!……レン。」
無表情ながら、頭を下げる。それは、僕を戸惑わせたりのと重ねて、昼間の僕への行動の謝罪。
「……あっ。」
僕は今まで聞いたことと照らし合わせて、はっとなる。
「もしかして、手を洗えだのうがいしろ、だのって、僕に変な病原体が感染しないようにしてくれたの?」
僕は彼女に多く接触していた。挙句、接吻寸前まで行っていた。もし、変な病原体があったら、僕は何かの病気を発症してしまう。そうなったら、雪奈にも、叔母さんにも、いや、あるいはもっと多くの人に迷惑を掛けてしまう。
レンはその疑惑を、可能性を、拭うために……。
「……ああ。」
「……ありがとう。僕も、正直、これは難しいや。だから、僕の方こそ、ごめん。力になれそうにないや。」
「……いや、いい。これは本来、俺が、俺たちの組織がやるべきことだから。気にしなくて、いい。」
その返答は当たりであった。僕はお礼を述べ、また、レンの力になれないことを謝罪する。
レンは首を横に振った。
「お~い!乗るぞぉ!」
「!分かった!」
その会話を途切る、バスのブレーキ音、ドア開閉のコンプレッサー音、英吉の号令。僕は向き直り、返事を返す。
駆け出すその時、僕はまたレンに向き直る。
「……。えと、その、……また明日。」
紡げる言葉が見つからない。けれど、精一杯のそれは、いつもの挨拶。
「……ああ。」
言われたレンは、いつもの無表情ながら、ぽつりと呟く。
英吉とバスを待たせるのも癪で、僕は駆け出し、飛び乗る。去り際、またレンの方を向くと、小さく手を振っていた。
「!」
不意に、黄昏に染まるその様相が、最後の姿のような気がしてならなくなる。
けれど、僕を乗せたバスは、そのまま走り去っていく。僕は、ある意味喪失感のようなものを覚え、少し悲しく、項垂れてしまう。
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