夏日穿つ弾丸

 軽く、例えば、陸上競技の、スターターピストルのような軽快な音が、不意に響き、また、一つの衝撃が僕と彼女の咥えた物を吹き飛ばし、砕く。

 音がした方を向いて見たならば、そこには何か……本様?箱のような、大きさは、10インチほどのノートパソコンみたいな物を、銃のように、しゃがんで、膝を使って固定して、狙い澄ますような様子で、構えたレンがいた。

 箱か、本か、その様相のそれの、丁度上の部分から微かな煙と、また、よく見たら、重厚な感じさえあるそれを、殺意を向ける筒、〝銃〟であると認識するには、いささか時間がかかった。

 レンは、無言で睨み付け、狙う。

 異様なその様相は、あの時見た、学校の〝怪異〟出現時に見せたものと同じ。

 端から見たならば、僕と彼女がイチャイチャするのに嫉妬し、怒り、その果てとして殺すことさえ厭わないようにも、見える。

 だが、レンは僕を狙っていない。視線は、銃口は僕ではなく、歩(?)だ。

 「にゃ?!にゃにゃ?!」

 突然の登場に、彼女は慌てている。

 それが自分に向けられた殺気と感じたなら、咄嗟に飛び退いた。

 その飛び退いた方向目掛けてさえ、レンは執拗に追い詰めて、容赦なく引き金を引いた。

 何発も、しかし、掠めはしたものの直撃はせず。彼女は、恐怖におののいて、僕に構わず、驚くような速度で逃げ出していった。

 「……『灰色ノル』……。やはり、『灰色ノル』!」

 いつものレンに似つかわしくない、はっきりとした口調の、その言葉が聞こえた。

 「……レンっ!……。」

 何事か、そう聞こうにも混乱した僕は、言葉を続けられない。どころか、レンは僕を気にも留めず、何か、綿棒のような物を胸ポケットから取り出し、歩(?)が飛び退き、さらに、銃撃された壁辺りをこすっていた。

 見れば、微かに赤い物がある。血液?拭った綿棒を、キャップ付きの小さなプラスチックの入れ物に浸し、蓋を閉じ、ポケットに戻した。

 「……。死にたくないなら、来た方がいい……。」

 終えたなら、レンは僕を手招きし、校舎内へ。

 混乱していた僕は、それに従うしかなく。

 校舎内に入ったなら、入り口に目に付いたのは、レンがいつも持っていた渋い革の鞄。大切に持っていたはずのそれは、無造作に放られていた。口は開けられ、……だが中身はない。

 レンは拾い上げると、手にしていた銃を、また、胸ポケットに入れた、歩(?)の血液を採取したものを、入れた。

 ……もしかして、いつも持っていた鞄の中身は、……その〝銃〟だったの?

 確かに、レンが手にしていた銃は、その鞄にピッタリ収まる形状だ。まさか、この前、その中に手を入れていた時にも?……そう聞こうにも、僕の口は動かない。

 「……うおぉぉああ?!な、何だ!何だ!!事件か、殺人事件かっ?!」

 「……。」 

 混乱して、状況を掴めず、また上手く言えない僕の助け舟が、遠くから駆け込んでくる。

 英吉だ。ボロボロな姿は相変わらずだが、僕と歩(?)の仲睦まじい姿を見せつけられて、嫉妬した様子ではなく、まるで、ゴシップネタを見付けたとばかり、心躍る様子だった。

 多分、遠くからあの発砲音を聞いたのだろう。スターターピストルの音と間違いそうなものだが、聞き分けていた、それはまた、すごい。

 「……英吉、伏せろ。」

 「?!うぉぉ?!」

 駆け込んでくる英吉に、レンは妙にはっきりと指示を出す。言われた本人は、条件反射のように伏せる形を取ろうと、駆け込んだ姿勢から、胴体でスライディングするような格好で僕らに接近した。

 言った本人と、僕もしゃがみ、多分窓から見えない姿となる。

 「……何で?」

 「……音楽が止まった。聞こえなかったか?」

 「?」

 理由を聞いたなら、レンは異変についてを述べた。よく耳を澄ませば、確かに、あのバンドの、〝ヴィジランテ〟の音楽が途絶えている。ただし、他の、ブラスバンドなどの音は相変わらずで。

 ……休憩でも入ったんじゃない?そう僕は思ったのだけれども。

 「……『灰色ノル』に関わる連中かもしれん。銃声を聞きつけ、移動したかもしれんな。」

 嫌に真剣な表情で言われる。

 またまた、映画みたいなことを。僕は思う。

 それ以上に、何で?この疑問は解消されていない。

 「……それよりもさ、何で?」

 改めて聞いてみた。

 「……ここで話せるようなことじゃない……。『灰色ノル』がいるということは……。移動しよう。」

 「??」

 が、レンからの回答ははっきりしない。

 しゃがんだまま、移動を開始する。

 「……あの、レン?俺は?」

 スライディングして、着地した姿で、ずっとうつ伏せの英吉は聞いてくる。

 「……俺と接触している。なるだけここから移動した方がいい。」

 「うぃ……。」 

 回答に英吉はむくりと起き上がり、同じように、僕らの後をついて来る。

 「……移動する前に、優、別に指示がある。」

 「え?何で?」

 「……『灰色ノル』と接触しているんだ、手洗い、うがい、それを別の校舎から死角になる所で行ってこい。」

 「??」

 僕にだけの別途指示。首を傾げる。

 なぜ、手洗いうがい?レンはそこまで、潔癖症だったか?いや、そんな感じじゃない。その様相は、人と接触して汚れたから、俺と会う前に洗浄してこい、そんなものじゃない別の、例えば、……凶悪な病原体との感染があるから、徹底しろというかのよう。

 その指示に疑問はあるものの、従う以外に方法はない。

 ならば、と。思いつくのは、いつもの玄関から出た先、外側の水栓。

 「いつも僕らが出入りしている玄関の、外の水栓、そこがいいかな?あそこなら、中庭側の校舎から死角になるよ。」

 「……いいだろう。移動がてら、だ。」

 レンは頷く。

 僕ら三人、嫌に姿勢低く移動していく。

 玄関から外に出て、僕は近くの水栓で、言われた通り手洗い、うがいを行った。

 「……学校を出る。いいか?」

 「えっ……。」

 僕が支持された行動を終えたと見たなら、レンは急かす様に言ってくる。

 「……事情を知りたいだろう。だが、ここでは話せない。『灰色ノル』がいるとなると盗聴される恐れがある。」

 「……あ、うん……。」

 理由、ここで話せない理由、それは何でも盗聴されることから。

 何で?

 誰から?

 それら疑問、解消されることはない。それ以上の言葉を、レンは紡いでくれない。

 レンに先導され、僕らは学校から場所を移す。

 一応、今勝手に学校を出ることは違反ではない。

 夏休み期間中、出入りは自由な状態。

 「……なあ、これってヤバくない?」

 その道中、英吉が訝しそうに聞いてくる。

 「……正直僕もそう思ってる。でも、何も話してくれないんだ……。何か、きっと、事情があると思うんだけど。」

 そうだねとの僕の頷き。ただ、疑問を抱いているため、晴れない顔。

 「……ははっ。まさか、とんでもない国家機密に抵触する……何かだったらよ、俺ぁこの夏忘れられないぜ……。」 

 訝し気でありながらも、どうやら英吉は楽しみにしているようで。どこか、テーマパークにでも来たかのような高ぶりだった。 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る