慰めのお菓子会
「……い、痛い……。」
それからどれくらいか泣かれ、殴られ、ようやく解放される。まだ、鼻をすする音が聞こえるあたり、まだ、完全に泣き止んではいない。僕は、ボコボコにされ、うつ伏せのまま。
あれ?端から見ると、何だか英吉と同じ状況に陥っている気がする。
痛む体に鞭打って起き上がらせ、歩(?)の声の方を向けば、アヒル座りで、泣きじゃくっている顔を見た。
「うぐっ!」
その様子に、どすっと心に何か突き刺さる。その痛みがすごく、僕は罪悪感に苛まれた。
可愛らしい彼女が、可哀そうなほど泣きじゃくる。その笑顔多い彼女が、崩れはて途端に悲壮する様は、僕はおろか多くの男子さえ心えぐるだろう。
その罪悪感は、僕の良心を痛めつけ、やがて、心の中に声を響かせていく。
―女の子を泣かせるなんて、最低だっ!!
―な~かした、な~かした!は~かせに言ってやろ!
―……優くん、そんな人だったなんて……。もう、ご飯抜きっ!
―よぅし、青少年!女を泣かせていいのは、結婚式の時か、夜二人でやる時だ。それ以外で泣かす奴は、〝矢矧先生考案、暑い夏の素敵な勉強合宿〟だ!!
心の声は、僕を責めていく。
……責めてくるんだけど、何か三人ほど別の人が混じっていない、これ。たとえば、英吉、雪奈、……博士。だが、それら僕の幻覚で、責め上げるには十分で、僕は、項垂れてしまう。
「本当にごめん、すっぽかして。この通り、どうか……。」
僕は、土下座する格好でそう言った。
それで彼女の機嫌が直る、というものでもない。まだ、涙目で、それから口さえきいてくれない。
……この場合、どうすればいいのだろう。
英吉なら、軽口やジョークなどで機嫌取りもできるだろうが、生憎と僕にはそのようなスキルを持ち合わせてはいない。
「!」
頭に閃きがよぎる。
―そういう時はぁ、甘い物を食べるといいんだよぉ~!
心の中の雪奈が、さらに補完する。
この、悲しみに暮れる彼女の心を癒すのは、清涼剤になるのは、その方法がいい。
僕は、ならば一緒に、お菓子を買いに行くのもいい、そう考え抜いた。
ありがとう、雪奈。僕は、心の中の雪奈に感謝した。
「なあ、歩。……その、お詫びとしてはなんだが、これから、一緒に買い物しないか?」
「ふぇ?」
泣き顔の彼女に、僕は提案してみる。
瞳に浮かんだ涙を拭い、彼女は僕の提案を反芻するように目を閉じる。
「……本当?」
目を開いたなら、そっと笑みが浮かび、聞いてきた。
僕は、頷く。
「にゃうう!行くっ!一緒に行くよっ!」
その笑みは、満開に咲くかのようになり、彼女は元気そうに立ち上がったなら、僕に手を差し出してくる。
その手を、僕は取った。
買い物をするにしても、そんな大それた場所に行ったりするわけじゃない、正門過ぎた先にあるコンビニだ。
お菓子のラインナップは、デパートやお菓子屋と比べたら見劣りするが、人気のものが並ぶから悪くはない。とりあえず、何か欲しいなら、選択肢としても悪くはない。僕の思考が正しければ。
彼女を見ると、……不思議なことに、コンビニに初めて来たかのように目を輝かせている。
「……?」
知らないのだろうか。
とにかく、何でもいいよと、僕は言った。
言って、いや待てよと僕は自分自身に問う。財布の中身は大丈夫か?持っていた財布をそっと広げて、……あまり多くない額に、不安を覚えた。
「ええと、これと、これと、これと……。」
「……?!」
僕の心情は尻目に、彼女は次々とコンビニの籠にお菓子を入れていく。
不安が、余計に募っていく。
「合計、~~円になります!」
「……うげぇ……。」
ぎりぎりの金額に、僕は青冷めてしまう。隣にいる彼女は、嬉しそうで。僕は、仕方がないと、躊躇さえ拭い、お金を出した。
出したその直後に、寂しくなった財布を感じ、涙が溢れそうになる。
大きな買い物袋を持ち、彼女と共に学校に戻り、どこか開けた、そうだ、校舎の中庭でいただこうと足を進める。
その場所、それは僕が歩(?)を探すことを諦め、黄昏た場所。
「~♪」
上機嫌な歩(?)。反対に僕は、財布が寂しくなったことにより、若干涙目。
中庭についたなら、どこかいい所はと探していく。
人は、夏休みだからかほとんどいないので、中庭にある、色々なベンチや、カフェテラスを思わせるテーブルなど、選び放題だ。
「……うぁ……。」
その中庭の一つのベンチに、人影を見つけ、思わず変な声を上げる。それはさっき、ゾンビに成り果て、そして満足そうに〝逝った〟英吉の姿。ということは、まだここにいたんだ。
別の場所を探そう、そう頭によぎる。
けれど歩(?)は……。
「ここにしよっ!あたし……ボク、ここがいい!」
気に入ったようで、この場所を選択していた。
僕は、……英吉の視線が気になりそうでならなかったが、彼女が言うなら仕方がないと、そこのカフェ風テーブルに腰掛けることにした。
その、僕と歩(?)が一緒の席に腰掛ける様、それは、……〝デート〟の様相に見えなくもない。そう思うと僕は、と、顔が少し赤くなった。
途端感じる、視線、それは、英吉。
ずっと項垂れたままではあるが、……多分気付いている。僕らの様子に、次第に反応し始め、体が震えだす。
その震えは頂点に達しそうなほど激しくなったなら。
「……うわぁぁん!優の裏切り者ぉぉ!!」
……嫉妬が不意に爆発し、我慢できず飛び上がり、着地したかと思うと、猛スピードで僕らの前から姿を消していった。
「……。」
歩(?)の悲壮は緩和され、英吉の嫉妬が増大する。僕はこの情景に何と言葉を残せばいいのやら。
一方の歩(?)は、そんな英吉のこと気にも留めていない。
「!あ、この音楽……。」
「!」
それどころか、どこか遠くを見つめ、耳を澄ましていた。そうして、気に入った何かを見つけたようで。僕も音楽が聞こえた方に視線を向け、耳を澄ますとそれは、〝ヴィジランテ〟の曲だった。
「……この曲好きなの?」
気になったから向いた、彼女の好みか。
「うん!ボク、よく聞いているんだ!」
「……そう。」
意外だね、僕は彼女の回答に心の中でそう答えた。
〝ヴィジランテ〟の楽曲をBGMに、慰めのお菓子会を行う。
「ちょ……。」
「はいっ、あ~ん!」
彼女はお菓子の一つを取り出し、袋を開けて、つまんでは僕に食べさせようとしてくる。
……顔が赤くなる。
僕が食べないから、不思議そうに首を傾げた。
「なあ……。それは、恋人同士でした方がいいんだけど……。」
「?そうなの?」
その理由、それは普通に恥ずかしいし、第一恋人同士がやっているイメージから、僕は躊躇っていたんだ。が、それがどういうものか、彼女は理解していないようで、首をまた傾げる。
「じゃあ、ボク、優くんの恋人になるっ!それだったらいいよね、いいよね?」
「ぶっ?!」
際たるものは、簡単に恋人になることを口にしていることだ。僕は思わず吹き出してしまう。
余計、顔も赤くなった。
「はいっ、あ~ん!」
「いや、あの……ねぇ……。」
「嫌なの?」
「嫌じゃないけど……。」
「じゃ、あ~ん!」
「……聞いてない……。」
もう気にしていない彼女は、強引に僕の口に放り込もうとさえする勢いだ。僕はもう、観念して口にした。
「おいしい?」
「……うん。」
さも自分が作った物のように聞いてくるのは少しおかしいものの、元々美味しいと言われたものだ、まずくはない。
にっこりと笑い、彼女は次のお菓子を取り出してくる。それは、細い棒状のお菓子。
それを彼女は自分の口で咥え、片方を僕の方に向ける。
「ん!」
「~~~~~~!!!」
〝ほら、食べてっ!〟そう言っているように。その光景に、僕は火が出るほど顔が赤くなるのを感じた。
両者が両方から一つのお菓子を食べ、最終的にはキスをするかしないかの、ギリギリの遊び。
ただでさえ、恥ずかしく、もう気絶しそうなほどなのに。
「んんっ!」
それでいて、強く求めてくる。僕は、仕方なく、また、沸騰する自分自身を抑えながら、片方に口を寄せていく。
高鳴る心音が、戸惑いと同時に躊躇わせていく。
散々逡巡しながら、やっとその片方を口に咥えた。食べ始めか、動いたその瞬間。
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