違和感と戯れて

 まずは、……挨拶から。

 「や、やぁ、歩。」

 僕は、教室中をウロウロしていた歩(?)に僕は、引きつった笑顔で、手を上げて。

 「!」

 気づいた歩(?)は、ぱっと僕の方に顔を向け、ぱっと顔を明るくする。その隙に、僕の後ろにいたレンと英吉はコソコソと教室を後にしていた。

 「ええと……。」

 挨拶をしたはいいものの、続きはどうしよう。

 「にゃぁに?遊ぶの?何するの?」

 猫のように可愛らしく首を傾げ、歩(?)は構わず質問してくる。

 「うぅ……。」

 僕は、その押しの強さに引いてしまう。

 「じゃぁ、あたし……じゃなくてボク、〝かくれんぼ〟したいっ!」

 「えぇ?!」 

 僕が臆していると、押しを強めてくる歩(?)。ただ、その意見があまりにも幼く、逆に戸惑ってしまう。なぜ、この年になって、子供の遊びをしなくちゃいけないんだっ?!

 「じゃあ、あたし……じゃなくて、ボクが鬼!いっくよぉ!100数えたら、探しちゃうぞぉ!にゃうう!」

 「って、いきなりっ?!」

 「い~ち、に~、さ~ん……。」 

 「くっ。聞いていない。」

 僕の戸惑いも反論もいざ知らず、彼女はカウントを開始する。やむなく僕は、駆け出すしかなかった。

 

 ―……ひゃ~くっ!

 遠くから聞こえてきた、歩(?)の声。僕は手近にあった、大きな段ボール箱に入り、気付かない場所に身を置いていた。というか、空き教室からかなり距離があるのに聞こえてくるって、相当な音量だ。

 もういいかい、という声も聞こえない。そして僕の声量では、届かない。何だか、違う遊びになっているような気がする。それでも、彼女が言い出したんだ、そうするしかない。レンや英吉は、多分好き勝手調査だ。……その方がよかったかも。

 つい、恨み節が心から溢れる。

 「優くんみっけっ!」 

 「はぁ?!」

 僕が隠れて待つ間、思考を巡らせていたそれさえ中断する勢いで、いきなり僕を隠していた段ボール箱が開けられる。ニコニコ顔の彼女が顔を覗かせ、僕は突然のことに声を上げてしまう。

 どうして?!何で?!

 「じゃあ、次は優くんが鬼ねっ!ほらほらぁ~!」

 「……ぐぬぬ……。」 

 僕の抱いた疑問への答えを教えてはくれない。彼女は言うなり、素早くその場からいなくなってしまう。僕は全く理解できないまま、続けるしかないと歯痒い思いをする。

 そっと壁の方を向き、仕方なくカウントを。 

 「……もういいかい!」

 もういいよっ、何てのは聞こえない。それでも一応僕は言ってみた。さらに、言ってみて何をしているのだろうと問答もしてしまう。

 いっそこのまま、逃げてしまおうか。

 が、やっぱり仕方なく探しに行く。

 

 嫌にこの学校見学になってしまう。

 昼時のこの学校は賑やかだ。遠くからは、ブラスバンドの練習音が響き、グラウンド方面からは、野球部、サッカー、陸上部の掛け声が聞こえてくる。

 ほとんどやる気が失せた僕は、ただ校舎中を見て回るだけに。と、ある空き教室で、何だか聞き覚えのあるサウンドを耳にする。

 ブラスバンド?いいや、バンド。軽快なサウンドでありながら、力強く、体にさえ響き渡る、さらには、盛り上げる詩。それは、僕が雪奈と一緒に出掛けた際、耳にしたもの。

 〝ヴィジランテ〟の……。

 「?」

 僕は、そっと教室を覗くと、やっぱりと、あの時見た二人だった。制服は僕らの高校のものであり、……まさか、同級とはと思ってしまう。 つい、足を止めて最後まで聞いてしまいそうになるが、……歩(?)と遊んでいるのを思い出し、仕方なく後にする。

 

 「……。」

 どこを探しても見つからないと、僕は足をあまり踏み入れたことのない校舎に入れてしまう。

 そこは、この高校がスーパーサイエンスハイスクールと言わしめる、研究棟とも言える場所だった。場所としては、最も正門に近い校舎。他の校舎では人の声が聞こえるものの、その校舎は、酷く静まり返っている。

 普段も相当な教育が受けられるセクションだからか、静まり返っているけれど、夏休みで人がいないことも、なお静寂を際立たせる。

 まるでそう、この間の闇夜の校舎みたい。

 踏み入れた僕の足音は、不気味なほど反響し、消えていく。それだけで他の物音は一切しない。

 ……ならば、誰かの足音さえ聞こえるだろうと思うものの、しかし、耳を澄ましても聞こえない。

 「……諦めよう。」

 いそうにないその様子に、僕は諦め踵を返した。


 「……。」

 僕は学校の中庭のベンチに腰掛け、空を見上げていた。あの歩(?)を探すことも、とうとう諦め、ただぼんやりとしてしまっていた。

 「……ヴぁぁぁ~……。」

 「?!」

 などしていたら、突然に聞こえた、呻き声とも何とも捉えられる声。驚いて僕は顔を、その方向に向けたなら、……ゾンビよろしくボロボロの英吉がいた。

 「……何があったのっ?!」

 そんな様子の人間に掛ける第一声なんて、これ以外の何があるだろうか……。

 「……聞いてくれて……ありがとう~~……。」

 感涙し、英吉は変にゆっくりな動作で寄ってくる。

 「……いやさ……。変装しているなら、女子更衣室に証拠あるかな、って思ってさ。」

 「あっ(察し)……。」

 語りだした言葉で、……僕はすぐに察してしまう。

 勝手に入れば、女子たちに返り討ちにされた、ただそれだけのこと。

 というか、そんな発想よくできたね……。

 呆れ果てて、頭を抱える。

 「……ボコボコにされちった……。俺ぁもう、お婿にいけねぇ……。」

 「……。」

 もうその泣き言に、何も言えない。

 どさっと隣に座り込んで、英吉は項垂れ、……動かなくなる。口も。とても満足そうに綻んで、動かなくなる。

 ボロボロになっても、ゾンビと思われるほど痛めつけられても、それでも男の本懐を遂げたとばかりの満足。

 そんな英吉の様相に、どうか、彼の魂が救われますように、と僕は思って両手を合わせ、そっとベンチから立ち、その場を後にした。


 さて、時間を潰した。この後どうしよう。……探すのも、もう諦めたし。

 そうだ、さっき空き教室にいた〝ヴィジランテ〟の単独ライブでも見に行こう。

 足をその方に向け、歩き出す。

 すると、背後から駆け足が。

 「うわぁぁん!優くんの、バカぁあ!!」

 「げほぉ?!」

 地面を思いっきり蹴る音が聞こえたと思ったら、涙声に罵声と僕の背中への衝撃。

 歩(?)だ。

 僕は地面に倒れこみ、さらに馬乗りをされ、ポカポカ背中を殴られる。

 ……走る激痛。

 どうやら、先ほど飛び膝蹴りを僕に食らわせたらしい。

 「い、痛い痛い!!!ちょ、やめてっ……!」

 「うわぁぁん!!バカバカバカバカ!!待っていたのにぃ!ずっと、ずぅっと!!」

 その展開に僕は追いつけず、状況を確認したいと思うものの、当の彼女がどいてくれない。

 「分かった分かった。ごめんよ、僕がほったらかしにしたから……。」

 頭が追い付いた。思うに、とうか、多分僕が〟かくれんぼ〝をすっぽかしたからだろう。僕はとにかく、痛いし重いしで、どいて欲しくて、理解と謝罪を述べる。

 「うわぁぁん!」

 ……納得してくれないようで。僕の言葉は涙声に掻き消されてしまう。


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