夏の日の違和感

 帰り際。

 今回は幸い、あれだけの声とか歌が聞こえたとか、それにも関わらず、博士その他教員など見つからず、よかったとすっかり感じていた。

 「まあ、今回は歩行方不明があったが、先生たちなどに見つからなかったから、良しとしましょう!安全に皆帰宅するようにっ!」

 校門から外に、学校の敷地から出て、英吉の締めの一幕。相変わらずのお調子者。

 その一声に、各々の帰路へとつき始める。

 「?あれ?」 

 それぞれの帰路につくはずなのに、違和感が一つ。なぜか歩が僕と雪奈の方を歩いてくる。

 歩の家は、全くの別の方向。

 「どうしたの?歩の家は、こっちじゃないんじゃ?」

 「!!あ、あれぇ?あたし……じゃないかった、ボクどうしちゃったのかな?にゃはは。」

 僕は指摘してみると、なぜかしどろもどろな感じで、返事する。

 ……なぜかこれも、違和感を感じる。

 「あっ!もしかして、まだ怖い?私が、連れて行ってあげるよぉ~!」

 「!あ、うんっ!」

 雪奈は、もしかしたらまだ怖いのかもしれないと、安心させるような笑顔を向けつつ歩に言う。歩は、妙に元気な表情で頷いた。

 「……。」

 僕は疑問に思いつつも、雪奈に従い、歩を一緒に家まで送っていくことにした。

 

 「なあ……。」

 「?」

 「何か、違和感がなかった?」

 歩を送った帰り、僕はぽつりと聞いてみる。

 「?ん~ん。何も?どうしたの?優くん、熱があるの?」 

 「いや、いい。」

 疑問に思っていないらしいその返事。挙句には僕の心配までされる。

 何だか、雪奈に聞いた僕が間違いだった気がする。


 登校日の翌日の休み。それでも、僕は学校に赴く。

 部活、自習用で、学校は解放されている。

 それにあやかって、いつもの面々と会おう。

 まだある夏休み、その有り余る余暇を消費するには、それがよい。また、大体英吉だったら、いつも暇潰しの当てを持っていそうでもあるし。なお、雪奈は部活でもう出掛けている。

 登校に使う道は、今日は一人、話す相手もいない孤独。いつも駆けていたことがあり、こうのんびりなのが、また、一人なのが、違和感にも思えて。

 ……違和感、そう言えば。

 歩に感じたもの。なぜだろう、あの帰り際、いつもの彼女っぽくなかった。言葉遣いが何か、違うような気がして。

 ただ、その理由と正体を突き止めるには、材料が少な過ぎる。

 「!」

 そんな折、誰かが駆けて、僕の背中に迫る音を耳にする。振り返ると、……僕が抱く違和感の原因がいた。まさに、噂をすれば何とやら、だね。

 「ゆ~く~ん!待ってぇ!」

 「……。」

 あの時は気付かなかったが、歩らしくない、積極性。歩らしくない、その容姿。何だか、成長してない?背とか。

 ……その、胸とか。とにかく違和感だらけ。急に女子の色香が発しだしている。 

 「はぐっ!!にゃうう、いひひ……。」

 「!」

 駆けた勢いのまま、僕に抱き着いてくる。明らかに違和感だらけ。感触も、鳴き声も、何もかも。こんな、こんな!そもそも、歩はこんなに積極的じゃない。

 怖がりの歩は、いつも引っ込み思案。ここまで積極的に攻めてはこない。

 違和感だらけのそんな彼女、僕はとうとう思考が混乱してきた。

 「……アノ、ドナタデスカ……?」 

 そんな歩への声掛けさえ、僕は壊れたラジオのような音声に。

 「?あたし、……じゃなかった、ボクだよ、皐月 歩!」

 どうして自分が分からないの?猫のように首を傾げ、そう告げた。

 「……。」

 僕は収拾がつかなくなりそうで、頭を抱え、それ以上言葉を述べず、歩(?)を引きずるような形で学校へと向かった。

 歩(?)は嫌がる様子も見せず、ずっと抱き着いたままで。


 「……。」

 「……。」

 英吉がいたのは、空き教室で、僕は歩(?)を引き連れたまま入室したなら、先に来ていた英吉の絶句した表情に、レンの非常に威圧感ある表情に迎えられる。 

 「……おはよう。」

 掛ける言葉はそれしか思いつかない。

 「おはよー!レンくん、英吉くん!」

 歩(?)が掛けたのも、僕と同じ言葉だが、非常に活き活きした表情で、いつもの彼女らしからない。

 「……お、おう。おはよう……。」

 「……。」

 反応の遅れた英吉の返事、無言で頷くレン。

 しかし、それだけで、皆言葉のやり取りがない。

 「うにゃ?」

 歩(?)だけは猫のように首を傾げて不思議そうに。

 さらに、僕が何もしなくなったからか、さっと離れて、空き教室中を探し回るように歩きまわる。……無邪気な子供のような姿で、不思議そうに何か眺めたり、教室から外の光景に、珍しそうだと目を輝かせたり。

 そのウロウロしだした様子を目で追いながら、英吉はそっと、僕とレンだけが見えるほど小さく手で合図する。

 「……集合……。」

 同じぐらいの小さな声で、指示を出し、歩(?)除く全員が、顔が寄るほど小さく集まった。

 「……絶対、ずぇったい、歩じゃないだろう!」

 あからさまな様子は、英吉にも気づいていたようで、集まった僕らに掛けた第一声はそれ。

 僕は頷いた。レンもまた。

 「……雪奈が変装している、とかないよな?」

 「いやいや!雪奈はあんな幼い声じゃない!姿も……。」

 歩(?)の正体は、実は雪奈じゃないのか、と英吉が。

 僕は真っ先に否定。だって、雪奈は部活着で出発していた、制服を持って行ってない。あと、……バストはもう少し大きい。声は間延びした感じはするし、歩(?)のような、猫みたいに可愛らしい声よりは低い。

 一緒に暮らしている僕が言うんだ、間違いない。

 「……そうだよな。おたくら〝夫婦〟ですもんな。」

 英吉の突き刺さるコメント。

 「せめて、幼馴染って言ってよ!」

 僕は反論した。

 「冗談だよ。」

 「……。」

 この状況において、冗談で終わらせるとは……、見上げた根性だよ。

 「……考えられること、何だと思う?」

 さておいて、と続ける英吉。

 「……高校デビューとか?」

 僕が言う。

 「バカ野郎っ!んなわけあるかっ。いくらなんでも、無理があるだろう。あの……すげぇ女の色香出すまでのレベルじゃない。……もう少しソフトだ。ええと、ほら、例えば少しおしゃれにしてみたり、髪を染めたり脱色したり。……あと……何だ?まあ、それぐらいであって、あんな超違和感じゃないっ!ジョークはよせっ!」

 「……。」

 その論に、バカを言うなと返され不服な僕。……英吉がそれを言う?心の中で突っ込んでみる。

 まあ、いいや。それよりも、言った自分も確かにおかしいね。さすがにデビューするとしても違和感があり過ぎる。

 「……誰かの変装……英吉の説が濃厚かもな……。」

 助け舟はレンから。それは、英吉のセリフを補完するもの。

 僕も納得して頷く。

 「お~、我が親友たるレンよ。俺を助けてくれるとは有り難い!」 

 感涙さえ流しそうな謳い文句で、レンへの礼を述べる英吉。レンは相変わらず、静かに頷くだけだ。

 その通りかもしれないと、僕も賛同。

 「……で?誰だ?」

 「……不明……だ。調べるしか、方法はない。」

 その助け舟に乗り、英吉は深堀していく。レンの回答は、不明とのことで。

 そう聞いたなら、英吉は少し面白くなってきたとばかりに笑む。

 「面白くなってきた。肝試し以上に面白いかもな。……それぞれがそれぞれ、情報収集する形で、つまり、三手に分かれて調べる、どうだ?」

 「……藪を突いて大蛇を出さない程度なら、単独行動も可能だ。……効率を求めるなら、それがいい……。」

 「決まりだな。優も異論はない?」

 「ないよ。」

 英吉は、面白いことだと、話を進めていく。レンはアドバイスを少々与え、僕は特に異論はないと頷いた。

 このことは夏休みの、いい暇潰しかもしれない。ほら、英吉はこんなことを思いついたね。

 「問題は、誰があの歩もどきの注意を引いたり、見張ったりするか、だな。」

 「ああ~……。」

 最大の問題は、直接調べるわけにはいくまいて、いわゆる探りをこっそりと入れるためには、誰かが歩(?)を見張り、注意を引く必要がある、とのこと。

 「はい、優に決定!」

 「ええ~……。」

 「だって。俺には興味なさそうだし。」

 「う~……。」

 即決で僕。英吉は僕に指さした。反論しようにも、確かに歩(?)は僕に引っ付いてきたから、その方が適任とされると、反論できない。僕は困ったように唸った。

 「まぁまぁ、ヤバくなったら俺やレンを呼べばいい!基本単独行動だが、根っこはつながっていると思えば。」 

 何かついでに、いいことを言った風な感じのフォロー。

 「う~……。」

 僕は何も言えずに、ただ唸るだけ。

 「とにもかくにも、作戦開始だ。」

 英吉の号令で、一斉に顔を上げ、僕らは行動を開始する。

 ある夏休み、調べもの作戦開始……。僕は理不尽さに不満を抱いたまま、空き教室をウロウロする彼女の注意を引くための行動を開始する。

 

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