第二回肝試し

 「……。」

 夕刻もとうに過ぎた時間に、英吉からメールが届き、予定通り〝第二回肝試し〟を開催するというものだった。

 ……懲りていない、という突っ込みも野暮な気がする。

 予定の時刻までまだあり、余裕を持って僕は準備する。そういえばと一抹の不安がよぎり、隣の部屋の方に耳を澄ますと、しかし杞憂に終わる、雪奈は起きているようで、ごそごそと僕と同じように準備をしているようだった。

 ほっと胸を撫で下ろすとと共に、いつもこうだったらよかったのにと不満も心で述べた。

 「優くん、準備できたぁ?」

 間延びした雪奈の声が部屋に届く。

 「もう、できているよ!」

 僕は隣に聞こえるように返事をした。

 隣の戸が開く音と、僕の部屋をノックし、開ける音。

 入ってきた雪奈は、〝ちゃんとできたよぉ~!〟と言わんばかりの表情だ。

 「行こっ!」

 手を差し伸べて、僕を誘う。

 僕は頷いてその手を取った。


 また、前回と同じような時間に、校門前に集合する。既に他のメンバーは揃っており、珍しいこととばかり、雪奈と僕が遅刻してないことは、驚きをもって迎えられた。

 まったくどうやら僕ら二人、遅刻の常習犯として通っているだけはあるね。

 何か腹が立つ。

 「?!」

 いつもの面々の内、今回一際大きな違和感を持つ人間が一人、英吉だ。

 昼間と比べての豹変に僕は驚くが、何がったのか、生気のない顔をしている。肝試しには打ってつけの表情と言われたらそこまでだが、そのためにこの顔をしているのではない。

 本当に生気がない……。半開きの口からは、何だか魂が抜け出て行ってそうで、正直怖い。

 というか、よくその状態で僕らにメールを送れたね。

 口から音が漏れるものの、聞けば何だか化学式のようなものを呟いている。だからか、聞いていた僕は宙に化学式が浮かびそうだった。

 ああ、なるほど。

 僕の、化学式空中投影をもって納得する。昼間博士に連行された、その後みっちりしごかれたのだろう、勉強を。解放されたのがいつだったかは分からないけれど、生気が完全に抜け落ちるほどの時間だったのかもしれない。 

 「……只今より……肝試しを……。」

 僕と雪奈が揃ったと、今更ながら気づいた英吉が、不気味な声で宣誓を行おうとしている。

 余計不気味だ。

 「戻ってこい、英吉!お前はまだ、あの世に行くべきじゃない!」

 肝試しには持って来いだが、英吉のその様は、このまま学校に入ると、本当に学校の怪談よろしく、その存在になりかねない。

 僕は英吉を元に戻すために、精一杯の声を掛けた。

 「はっ?!俺は、どうして……?!」

 〝死にかけ〟の英吉が、息を吹き返す。よかった、このまま学校の怪異にならなくて。僕は胸を撫で下ろす。

 英吉は気を取り直して、僕らを見渡す。全員揃ったことを確信し、咳ばらいを一つ。

 「え~、え~。先ほどは放送上不適切なことがございまして、誠に申し訳ございません。気を取り直して、只今より、〝第二回肝試し〟を開催します!はい、拍手拍手!」

 「わー、わー。ぱちぱち……。」

 調子を取り戻し、宣誓を。僕はいつも通りだと、適当な拍手と喝采を送った。

 「ありがとう!ありがとう!」

 当人は嬉しそうで、それぞれに頭を下げなら感謝を述べた。

 「さて、本題。今日の目的はただの肝試しではありません!お昼にお見せした映像に映った、例の〝怪異〟を探索する、というものです。今回は、チーム分けを行います。」 

 本題に取り掛かり、この時と何か自慢の一品を取り出す。くじ引き用のくじだ。

 「同じ色が同じチームになります。あ、色は2対3で分かれているから。さあ、皆でご一緒に!」

 言われて、僕らは一斉にくじを引く。

 「あ。雪奈と歩と同じ色。」

 僕の場合は。 

 「あうちっ!何で男やねん!!!!」

 英吉は、……残念ながら男、つまりレンとペアになる。

 不公平なことに、くじは男二人ペアを英吉に選ばせてしまった。

 「なぜだっ?!俺のプランは、女の子と二人、仲良く肝試しと行きたかったのに!」

 自分が作ったくじに腹を立て、計画も台無しとぼやく。

 「……俺は別に誰でも構わない……。」

 レンは気にも留めていない。だが、英吉は……。

 「いや!俺は気にする!俺は女子がいいのっ!大体、何で何で何で優は両手に花なんだよ!一人くらいよこせっ!」

 「ええ?!」

 不満の矛先を挙句僕に向けての一言、僕は戸惑ってしまう。

 「やだっ。英吉くん、ボクに意地悪するもん。」

 「あうちっ!」

 怯えに、若干僕にしがみつき状態の歩は、不公平に腹を立てる英吉に、お見舞いの一言を告げる。

 精神をやられている英吉は、この追い打ちに更なるダメージを受けた。

 英吉は、崩れ、膝をつき、項垂れる。

 「うう……。不公平だ……。」

 言い残すような一言。

 「……大丈夫だ。俺がいる……。」

 その英吉を助けるのは、同じチームになったレン。無表情ながらも、気に掛ける、それは大変優しさを感じるものだった。

 「うぅ……。慰めてくれるのは、女の子の方がよかったぁ……。」

 渋々その助けに乗り、体を起き上がらせる英吉だが、あんまり気持ちはよろしくないようで、嬉しそうではない。 

 そんなやり取りの後、僕らは暗闇の校舎へと入っていく。

 「……。」

 「♪~。」

 「に……にぅぅ……。」

 僕、雪奈、歩三人が、英吉らと反対回りに探索をする。……英吉はその姿が見えなくなるまで終始不平不満を述べていたけれど。

 校舎の雰囲気は、前回とそう変わらない。

 ただ、昼頃見せられた映像のせいか、〝怪異〟が存在するということが、異様に僕を意識させてしまう。闇中の学校は、異形の怪物を内包しているようで。

 呑気に鼻歌交じりの雪奈は別として、怖がり歩は今にも逃げ出しそうだ。少し風が、頬を撫でただけでも驚くかもしれない。

 「歩、大丈夫だよ。何かあれば、レンたちが駆けつけるって。」

 そんな歩に、一言掛ける。それで安心してくれるのなら。

 「そうだよぉ~。優くんが何とかしてくれるよぉ~。」

 「えっ?!」

 安心の重ね掛けを、上機嫌な雪奈はしてくれるものの、流石に無理があるよ。僕は変な声を上げてしまう。相手が実体を持つならまだしも、霊体が相手だったら僕は何もできない……。

 「私もいるしっ。絶対、大丈夫っ!」

 根拠のない激励。無駄に自信いっぱいで。

 「……。」

 逆に僕は不安で、何とも言えず。

 「そうだっ!歌を歌おう!そうしたら、お化けなんかいなくなるよぉ!」

 雪奈のマイペースは留まることを知らない。上機嫌に歌でも歌いだす。

 子供の頃歌った、懐かしい歌を口ずさみ、僕ら一緒に足を進める。

 と、僕のケータイからバイブレーション。開くと英吉からの電話。

 《あー、あー!全く。歌を歌って上機嫌なことで。……聞こえてるぞ。バカなことはやめておけよ、この前のこともあるんだ。博士に見つかったらどうする!!》

 「……だね。分かった。……伝えておく。」

 非難から始まり、忠告が。男二人のため、その様子はきっと面白くなさそうなようで。僕は受け取った忠告に、頷きを返す。

 「……歌、ボリューム下げるか、歌うな、だって。」

 「え~……。せっかくあゆちゃんを元気づけようと思ったのに。」

 「……。博士に気づかれたら、また〝お土産〟持たされるよ。前科があるから、今度は倍増の倍増。説教だけで済むかなぁ。」

 「う~……。」

 伝達はしたが、不満があるようで。とりあえず、納得しそうな理由を僕は提示する。さすがにその理由に、不満そうでありながらも、歌うのをやめざるをえない。

 言った理由を想像して、僕もまたぞっとする。博士からの夏休みの課題だけじゃなく、説教プラス反省文コース、あるいは、ピタッと停学プラン。……その後、僕らがどういう扱いを受けるやら。このことは、下手な怪談話よりぞっとしてきた。 

 緩和された歩の震えは、またぶり返してしまう。どうやって彼女の震えを止めるべきか。

 「?!ひぁ?!優くん?!」 

 「……こうしたら、怖くない?」

 僕は歩の手を握った。怪異への怯え以上に、そのことは歩を驚かせる。懐中電灯の微かな明かりで照らされた歩の顔が、赤くなるのを僕は見た。

 その様子を見た雪奈は、愛おしいものを見るかのような目をして。

 「よかったねぇ!これで、怖くないよぉ!」

 と言った。

 「あわ……あわわわわ……!!」

 言われた当の本人は、今にも気絶しそうな勢いだった。


 手を歩とつないで歩いて、いくらか時間が過ぎた頃。歩の震えは、手から感じる震えは、安心したのか少し和らいでいた。ただ、顔は赤いまま。

 僕と視線を合わせることもしない。 

 雪奈は、仲良く僕と手をつないでいる歩を見て、母親のような優しい視線を向ける。また、自ら先導してもいた。

 そんな折、僕のケータイにまた着信が。 

 《おい!また歌ってるのかっ?!何か、歌が聞こえるんだけどっ?!》

 「?何だって?」 

 僕は、内容に訝し気な顔をする。

 歌が聞こえたそうだが、先の英吉の忠告以降、僕らは歌ってはいない。

 「いや、歌っていないよ。それに、どんな声?どんな歌?……音量は?」

 《よく聞こえないが、女の子だ!内容は知らん!ただ、遠いけど、ここまで聞こえる程だから結構な音量だとは思う。お前らじゃないんだったら……まさかっ?!》

 「……?」

 そのことを伝えたなら、何か引っ掛かる返答。僕は一旦着信を切り、耳を澄ましてみる。

 「歌、聞こえる?」

 雪奈に尋ねてみる。

 「?」

 「に……にぅぅ……?」

 雪奈は疑問符を浮かべ、耳を澄ましてみる。

 歩は僕から手を放し、大袈裟に手を耳に当て、より耳を澄ましてみせる。

 ―~♪~~♪。

 「「?!」」

 ……耳を澄ませば聞こえてくる、懐かしい童謡。その声は明らかに女性で、当然、英吉がわざと僕らを驚かせるためにしているのではない。

 よく聞けば、可愛らしい女の子の声にも捉えられる。一同目を丸くした。

 「まさか、本当に?!」 

 最初に声を出したのは僕。

 「……に……にぅぅ?!」 

 それは、歩を怯えさせる。

 「……お化け?」

 雪奈は、僕と歩に顔を見せ、呟いた。その瞬間、僕らは一斉に青冷める。

 「に……にぅぅわぁあああああああああああああああああん!!!」

 その場が恐怖に支配されたその時に、歩の怯えは最大値に達し、噴出する。絶叫が木霊するように響き、そして、彼女は闇の中へ駆け出してしまう。

 「!!ああっ、歩!」

 僕が止めようとした時には遅く、もうその姿は見えない。

 「!!あゆちゃん!」

 雪奈の反応も遅れ、同じく見失ってしまう。

 しまったと、思い、どうしようかの逡巡。とにかく自分を落ち着かせ、英吉に連絡する。

 「歩とはぐれた!」

 《何っ?!……と、とにかく一度、集合しよう。これは、ヤバいっ!》

 僕の連絡、向こうもどうやら僕らと同じように、何か異変を感じてはいたらしい。とにかく、状況の整理のため、僕らは一度、英吉たちと落ち合う形で移動する。

 「あゆちゃ~ん!怖くないよ、私がいるよぉ~!」 

 道中、雪奈は闇の中に声を掛けていた。


 英吉たちと集合した場所は、校舎内の出入り口。前回同様、僕らがスタート地点とした場所だった。もしかしたら、真っ先に戻っているかと思っていたが、見当たらない。

 「マジかっ!」

 「その通り。」

 英吉に僕が告げた第一声のそれ。英吉は、少々困った様子。

 「ごめん。僕がしっかり手を握っていれば。」 

 あの恐怖に満ちた場で、僕は今、そうしなかったことを後悔する。歩の手の感触残る、自分の手を閉じたり開いたりしながら。

 その手をそっと取ったのは雪奈。

 「大丈夫っ!あゆちゃんは無事だよぉ!」 

 慈愛に満ちた表情を示し、そんな僕を慰めるように言う。

 「いいなぁ~!!モテる男っていいなぁ~!」

 ……真剣さはどこにあるのか、この状況でもいつもの調子の英吉は、僕と雪奈のやり取りを羨ましがる。

 「……しかし、相手は〝怪異〟……。歩一人だと危険。やり取りが済んだら……、行動を開始する……。」

 「おうふっ!いいねぇ~!痺れるねぇ~!カッコイイ男~!この状況で、冷静なんて。」

 「……。」

 僕らの行動尻目にはせず、レンは冷静に言葉を紡いでいる。英吉は、その冷静さにカッコよさを感じて、ついつい声援を送った。送られた側は、しかし無関心である。

 それに、レンの言葉に合わせて、僕はもういいよ、大丈夫、と雪奈の行動を制す。雪奈はこっくりと頷き、手を離す。

 レンの言葉通り、今は歩を探さないと。

 「……で、どうやる?行きそうな場所、シラミ潰しだと時間が掛かるよ。」

 その現実のために、僕は方向性を見定めようと声を掛ける。

 「……。」

 冷静なレンは、僕の言葉を聞き、だが、言葉を返さずただ耳を澄ますように目を瞑る。

 「!」

 眼をかっと見開き、レンは入り口とは別の、離れの校舎に眼差しを向ける。

 その方向を、僕らも見る。

 ―わー……い……!たーのしー!

 ―な、に……?!にぅぅあっ……?!

 レンの眼差しが向けられた方向からから響いてくる、微かな声。それほどの音量から、距離がかなりあるみたい。

 その声を聞いたなら、レンは突然身をかがめ、……昼間垣間見せた、異様に緊張した表情を示し、突然、疾走する。

 「!!」

 「レン!!」

 「レンくん!」

 その単独疾走に、僕らは遅れて反応するも、その時には、レンの姿は闇に紛れていこうとしている。僕らは見失うまいと、同じく駆け出した。 

 

 しかし、なかなか追いつけないでいる。部活で鍛えているはずの雪奈も、その疾走には敵わない。反響する足音が唯一の手掛かりのようで、その音を追いかけるも、その音の間隔たるや、異様なほど短く、速い。

 とても、僕らと同じ高校生徒とは思えないほど。

 「は、速いっ!」

 雪奈にも言ったことのあるセリフを、僕はまた呟いてしまう。

 「レンって何部だったっけ?」

 英吉の言葉に、そう言えばと僕は首を傾げる。何部に所属しているのか、確かに知らない。

 「分かんないぃ。学校終わったら、すぐ帰っているみたいだからぁ。」

 明確な回答はない、雪奈の言葉にも。……帰宅部だとしても、この速さは異常で、陸上部なら大会新記録も狙えるかもしれない。

 その疾走も、反響音もある地点を境に聞こえなくなる。

 止まった?

 そう思ったなら、不意に微かな明かりの中現れた、制止する手の合図を見る。

 「!!うわっと!」

 「……。」

 急制動の衝撃に、英吉が声を上げた際、暗闇からぬっと現れたレンは、口元に指をあて、今度は静かにと、合図を送る。

 その表情は異様に緊張し、いつものレンの無表情ではない。

 この先に、何か、そう、〝怪異〟がいるのだろう。また、珍しいことに、いつも手にしている鞄のファスナーを少し開け、片方の手をそこに突っ込んでもいる。何だか、〝銃〟を構えている様相にも感じられる。

 「……俺が先導する……。」

 懐中電灯を下に持ち、構えたなら、レンは言って暗闇に自ら先頭に立っていく。その足取りは静かで、音が聞こえない。

 「……。」 

 それでいて素早く動き、一面に明かりを照らしながら探索する。その視線と僕らは追って、何もいないことを確認。

 最終的に僕らは、どこか、空き教室の前まで来ていた。

 耳を澄ましている。確認したなら、レンは戸に手を掛け、そっと開き、中に突入する。

 「!」

 「……。」

 明かりで照らされ、視線の先に、ぽつりと佇んでいたのは、……ボブカットの少女。

 歩だ。

 「!あゆちゃん!よかったぁ!さっき、あゆちゃんの声が聞こえたから。」

 雪奈が確信した時、安堵し、一声。さらには、抱き着いてくる。歩は、ピクリと肩をすくめた。

 「あ……え……と?あれ、どう言うんだっけ?に、にゃぅぅ?」

 少し困り顔の歩、……何だか違和感があるような返答と、声。僕は首を傾げる。

 「おいおいおい!勘弁してくれよぉ!心配したぜぇ!まあ、肝試しらしいっちゃらしい展開だけどよぉ……。」

 同じく安堵の言葉を述べたのは、英吉だ。ただ、まあ企画通りだな、という風も感じる。

 「……。」

 「?」

 安堵包むこの中で一人、レンだけは険しい表情のままだ。

 なぜだろう?

 疑問はともかく、歩が無事でよかったと、この場は安堵に満たされる。

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