不穏よぎる夏の日

 去る休日から二日後、その日は登校日だった。

 僕らの学校は、夏休み期間中でも開けることがある。補習、補講などのために設けられることもあるが、主として学生が夏休み期間中でも、きちんと規則正しく生活するのを確認するために、それに、平和学習の期間としてもある。

 一応ホームルームも存在、たとえ夏休み期間中であっても、遅刻は厳禁、時間をきちんと守りましょう、だとか。

 ……それについて、僕らには重大な問題がある。〝雪奈寝坊問題〟だ。

 休日と休日の合間、それは雪奈にとっては苦手分野。

 ……だからその日の朝、僕らの家は大パニックだった。

 「うぇぇん!起こしてって言ったのにぃ~~!」

 本気で涙を流しながら、急いで支度をし、嘆く雪奈。

 髪を急いで整え、制服も着て。

 「起こしたよ、僕。……それとも、また〝最終手段の奥の手〟使って欲しかった?」

 僕に非はない、それを付け加えておく。この朝寝坊の時、僕はあの時のような手を使わず、やや優しく彼女を起こした。もちろん、僕自身の支度もしながら。

 「それだけはいやぁ~~!」

 「……。」

 雪奈とて、あれは嫌なんだと。ではどうしろと、内心思った。

 解決策を模索する、それが今後の課題かも。

 

 学校に続く坂道を僕ら全力疾走する。

 よりにもよって、照り付ける日差しの下、こうしなくちゃいけない僕は、この夏の暑さを呪いたくなった。

 「……って、速いっ?!」 

 「えうぅぅぅ!!」

 にもかかわらず、元気な雪奈、半べそ顔でありながらも、その駆ける速度を上げていく。

 等間隔に並んだ住宅一つ一つ抜ける度に、増していくそれに、僕は驚きを隠せないでいる。

 流石、部活で鍛えているだけはある。そう感心するものの、そのような疾走は、残念ながら今ではなくて、大会で出して欲しい。

 どんどん離され、小さくなっていく背に僕は、そう思った。


 「……っ……っ。」

 駆け抜けた先で、僕は呼吸さえ怪しい状態で、学校に辿り着いた。整える暇もなく、玄関から教室へ、その入り口付近に、雪奈の姿を見る。涙ぐんで、教室を背に立っていた。

 入らないのは、なぜだろう?……その答えは、すぐ分かった。

 僕が教室の戸に手を掛け、開けたなら……。

 「でで~ん、初風優、アウト!」

 黒板付近に、日誌を片手に立つ先生、……先日の〝博士〟が、冗談交じりの一言。途端、どっと教室が笑いに包まれる。

 「……は……い。廊下に……立ってます……。すみま……せん。」

 遅刻確定。僕は息も絶え絶えな声で、頭を下げ、廊下に立った。


 「しかし、〝夫婦〟揃って廊下に立たされるなんて、本日もまた、見応えあるものですなぁ、お二人さん。」 

 「ぐぬぬ……。」

 ホームルーム後の、空き時間に教室に戻れば、英吉からの第一声はそれ。代表的な意見のようで、すれ違うクラスメイトから雪奈共々僕まで笑われることから……。

 僕は、反論できないで、堪えるしかない。

 「……大丈夫っだよ。私、気にしないよぉ!」

 傍ら、共々言われた原因こと雪奈は、気にしていない様子どころか、……どこか嬉しそうにもしている。何か、ときめいていません?

 「!!にぅぅ?!」

 いつもの通り、英吉含む僕らの周囲に集まってきた歩は、僕とそのときめいた顔をしている雪奈の顔を見て、自らの顔を赤くし、鳴き声を上げ目をそらす。

 それはきっと、先日のお出掛けのリフレイン。

 「……。」

 最後に、無言で、かつ、いつも通りの渋い革製の鞄脇に挟んで登場するのは、目立つ銀髪の、レン。

 こうして、いつも通りの面々がこの登校日に揃う。

 いつもの、仲良し組こと、〝もがみんと愉快な仲間たち〟。

 「……さて、浜風と初風夫婦いじりもさることながら、いつものメンバーが揃ったし、今日は興味深いものを用意したぜ!」

 「……ぬぅ……。」 

 この時を待っていたと英吉は切り出してくる。ただ、最初の余計な言葉はいらなかったけど。

 僕は不満そうに唸る。

 英吉は切り出したすぐに、とっておきだと言わんばかりに、そっと自分の机からノートパソコンを取り出す。

 電源を入れ、SDカードを取り出し、差し込み、パソコンに読み込ませる。

 「さてさて、誰かさんたちが〝デート〟に勤しんでいる最中、この俺様英吉は、学校の不可思議を探索するために、隠し撮りを敢行しておりましてな。先日回収した際に、何と、見事なものが撮れました!只今より……。」

 「……。趣旨は分かったけど、最初のは余計だよ!もう、やめて……。」

 ……さすがに、何度も夫婦だのデートだの言われ、僕も限界。

 英吉の〝素敵映画鑑賞会〟上映前の口上を遮る形で、反発した。

 「分かった分かった。もう言わないから。……まあ、あの後から、こっそり学校に忍び込んで、カメラを設置して回していたわけだよ。確認したらとんでもないものが映っていたから、皆に見せてやろうと思ってな。今から再生するよ。」

 理解を示してくれたようで。英吉は、そう言って読み込まれたデータを再生させる。


 映し出された映像は、僕らの教室、それも一番後ろから黒板の方を向いて撮影されたもの。

 最初の方は、何も映ってはいない、暗がりの教室だ。

 「ちょっと早送りするよ。」 

 英吉が操作して、映像を早めた。 

 ある時点で、急に教室の扉が開く。撮影された時間を見ると、深夜、人が出入りすることがほとんどない時間た。

 「!!」

 人影が一つ、そろそろと入り、教室中を眺めまわすかのように蠢く。

 時にその人影は、席につくと、机に頬を擦り付けたり、あるいは、壁に爪を立て、猫のように爪とぎをする。そうしている内に、英吉が仕掛けたカメラに気づく。

 猫のように首を傾げ、見つめ、猫のようにパンチをする。

 『にゃう?』

 猫のような声、……さながら歩のような変な鳴き声。

 興味をなくしたのか、目新しいものもなく、何か起こることもなく、その人影は、その一声を残したきり、何もすることなくその場を去っていった。

 

 「……見た?今の。」

 英吉の、自信作を見せつけるような表情で。

 「に、にぅぅぅ……。」

 怯えを見せたのは、歩。

 「……まさか、本当に?」 

 僕は撮影者にこのことを問う。

 「ああ、本当だ。……信じてくれよ。一応、悪ふざけはしてないからな。本当の本当さ、夜な夜な徘徊する……〝何か〟だ。」

 「……分かった。」

 「……でよ。俺がこれを見せたってことは、この後のことは分かるよな?」

 「?」 

 信じてくれよ、と英吉の。なら信じよう。

 さらには、引っかかる言葉残し。

 「……それって。」

 英吉の、更なるプランは……。

 「その通り!〝肝試し〟だ。それも、今回は一味違う。徘徊する〝何か〟を捜索する、ということだ。これほど、いいスパイスはないぜ!」

 「……。」

 自信を込めて述べたのは、懲りずの、〝第二回肝試し〟だった。僕は閉口する。

 「……に、にぅぅぅぅ!」 

 映像の不審な何かに、英吉の新たな企画に、ただでさえ怖がりの歩は怯えの声を上げる。

 「早速、今日の夜決行しよう!」

 この流れのまま、早速と行動を、と英吉。何だか、このまま暴走しそうな雰囲気だ。

 「もがみ~ん。楽しそうな話をしている所悪いけど、あたしの出した〝お土産〟やった?」

 ……この流れを停止させたのは、割り込んできたのは、自習の監督にきた担任の博士。意地悪そうな声で、英吉の背中に突き刺してくる。それを聞いた英吉は、青冷めていく。

 夏休みの楽しいプランに立ち塞がってくる、強敵、と言わんばかり。また、英吉のその表情から多分課題はやっていないような気がする。

 「あ~……、課題ですよねぇ……。ええ~。じゅ、順調でありま~す。」

 「それじゃぁ、先生の所で、よく話しておくれよぉ~。先生寂しいからさぁ!特別に応接室で対応してやるよぉ!」

 「え……。ええと……?!あの……先生?!お、俺そういう趣味は……?!」

 言い訳もさることながら、博士は英吉の肩をがしっと掴み、引きずっていく。引きずられる英吉は、さらに青冷め、恐怖の色合いに、助けを欲す。僕らに手を伸ばすものの、手を取ろうにも距離が開いていく。

 ただただ僕らは、教室から消えていく英吉の姿を見守るしか、なかった。クラスメイトの一部は、両手を合わせ、そんな英吉の冥福を祈るかのよう。僕は、……涙を堪えるかのように天井を見つめ、祈るかのように目を閉じる。

 ……あんな見た目で、あんな奴だけど、……でも悪い奴じゃ、なかったな……。

 ……という冗談はこれまでにしてと、僕は残されたパソコンの画面にまた目をやる。

 「!!」

 止まった暗がりの映像に反射した、レンの表情にハッと振り返る。今まで見たことがない、異様なほど緊張した顔。ただ、僕が振り返ったその時に、気づいたレンは元のように、何の起伏もない顔に戻っていた。

 「……。」

 何だったんだろう、レンのあの表情。

 疑問を残し、登校日は終わりを告げた。


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