デート日和

 それから、僕らは博士に説教をされた挙句、〝お土産〟を持って帰らされる。

 ……気のいい贈り物だなんて思わない方がいい。

 だって、夏休みの課題が増えたんだもの。生物のレポートが追加されてしまった、今僕らの手元にはその課題を抱かされている。

 ただ、それだけで許されただけでも良かったと思おう。

 僕らの元気さに、ある意味感動して、……だそうだから。

 「うげぇ……。最悪だぁ……。」

 帰りに、皆と別れる前に、英吉は辛そうにそう呟く。

 「まぁまぁ。何もなかったから、よかったぁ。」

 雪奈は慰めに、のほほんとした声で言う。

 ……僕は状況として、何事もなかったようには思えない。

 課題が増やされたんだよ?!

 そのマイペースっぷりに、僕は掛ける言葉もない。

 「よかないわい!」

 「にぅぅ……。どうしてこんなに……。」 

 悔しそうに言う英吉と、辛そうな言葉の歩。

 ただ、もうこうなってしまっては、何を言おうと変わるものじゃない、仕方がないと、英吉は咳ばらいを一つ、場を変える。

 「え~、え~。今日はこのような結果になってしまいましたが、今日の肝試しはこれにて終了……。全員、安全に帰宅するように……っと。」

 そうして、この肝試しの締めを告げる。

 それぞれが、それぞれの帰路につく。別れた全員が、項垂れながら帰るのを僕は遠目で見送った。僕もまた、項垂れながら帰り道を行く。 

 ただ、雪奈はそうでもない様子。

 「今日は楽しかったね。」

 ニコニコしながら言う。

 僕は自分がおかしいんじゃないかと一瞬思ってしまうが、元々彼女はこのような性格だ、彼女が変なのだと、自分に言い聞かせる。

 「そう……かな?」

 僕は苦虫を潰したような顔で、首を傾げながら言う。

 同じく僕と雪奈二人、家路につく。


 それから3日、僕は出された課題をただひたすらこなしていた。

 最後、レポートを書き終えて、思いっきり体を伸ばす。

 「ぬぅぁぁああああああ……。」

 思わず変な声も上がる、そんな午後、達成感に酔う。

 そのタイミングと同じに、僕の部屋の戸ががらりと開く。

 「!」

 誰だろうかと振り返ると、ニコニコと笑顔を浮かべる、雪奈。その表情から、彼女も博士から出された課題を終わらせた様子。ただ、『終わったよぉ~』というセリフを言うために開けたわけじゃないだろう。

 「……どうしたの?何かある?」

 聞いてみた。

 「優くん、今からお出掛けしない?私と。い・き・ぬ・き、息抜き、だよ?」

 「……ふぇ?」 

 要件があったようで。内容に僕はまた変な声を上げ、思考停止する。また、セリフの最後に、言葉を残してウィンクする様は、なおのこと。

 ……暇さえあれば、寝ているようなその娘が、課題を終わらせて、予定が空いたその娘が、このように誘ってくる、その予想外。

 言葉頭巡り、思考を再起動したなら、それってデートでは、と僕の思考が解を導き出す。……若干、顔が赤くなった。

 「……嫌……だった?」

 笑顔から一転、不安そうに、首を傾げられる。

 「いや、ただ……いきなり、言われたからつい……。戸惑って……。」

 僕には今日、他に予定はない、断る理由もない、ただ戸惑っていただけだと。そう言うと、またあの明るい顔に戻り、上機嫌そうに部屋を出ていった。

 

 服を整え、外出の準備をしたなら、雪奈を待つ。

 「お待たせぇ~……。」

 それほどの間隔なく、足音と間延びした声。あのマイペースには似つかわしくないほど、余裕を持っての登場。

 「!」

 さらには、やけに服装をきれいに整えているなと、思わせるそれは、本気で僕をデートに誘っているかのよう。息を呑む。

 また、この徹底ぶりと、時間厳守に、今日は夏なのに大雪が降るんじゃないかと、失礼ながら思ってしまう。

 「行こっ?」 

 「あ、……うん。」

 微笑む雪奈の手引き、僕は気恥ずかしさを抱える声で、返事し、その手を取った。

 夏午後の街、太陽がじりじりと路面を焼き、また僕らを焼く、そんな時。僕らが向かったのは、涼しさ求めに喫茶店。

 ややレトロな佇まいのそこは、僕らと同じ考えの、涼しさ求めの人たちが多く座っていた。

 「何頼もうかなっ、何頼もうかなっ!」

 「……。」 

 席に案内されて、座ったなら、雪奈はメニューを手に取り、無邪気な子供のように笑み、それをぱらぱらとめくっていく。

 僕はその様子をじっと、見て、乾いた喉を出された水で潤していた。

 「ねぇねぇ……!優くんは?」

 「?んと……。」

 僕があまりにもメニューを見ていないので、どうしたのか、促してくる。僕は、どうしよう、何も思いつかないでいた。

 「……まあ、同じのでいいや。」 

 特段欲しいものが思いつかないために、僕は雪奈と同じものを注文する。

 店員さんに手を上げ、雪奈は注文を確定させた。


 「……ぁ……うぉ……えぇ……?!」

 しばらくしてきた品に、僕は言葉を出せないで、口をパクパクさせてしまう。雪奈が注文したものは、あまりにも女の子らしい代物。

 それも、きれいにデコレーションされたチョコやアイス、キャラメルなどの様相。

 ハートまであしらわれたそれは、見事ともとれるけれど、僕は臆してしまう。甘い甘い、とろけそうな恋を思わせるそのお菓子に、どうコメントしよう。

 「優くん、早く食べないと溶けちゃうよ?ん~、おいしいぃ~!」

 僕のそれは尻目に、雪奈は次々と口へ運んでいく。

 僕の方は、なかなか箸が、いやこの場合は匙が進まない。

 なんか、こう、……ちょっと男子が口にするのは、躊躇われるほどの可愛らしさに臆して。

 僕のその様子に、雪奈は首を傾げ、また、まさか、嫌だったのと言いたげな表情になってしまう。気づいた僕は、首を横に振った。

 「違うよ。何か、すごく女の子らしいものだなって思って。ちょっと食べづらくて……。」

 それが原因で、匙が進まない、そう言った。

 「なぁんだ!大丈夫だよ、男の子も、食べていいんだよぉ!可愛いものが大丈夫な男子だっているんだから。例えば、レンくんとか。」

 「うぇ?!」  

 察した雪奈は、大丈夫だと安心させるように優しい笑顔を向け、さらに、引っ掛かるような言葉も続けた。僕は耳にしたその言葉に、思わずぎょっとする。 

 レンくん……、つまり、レンだ。あの銀髪碧眼の。

 レンと、ええと、デートに?

 「……それって、レンとデート……?」 

 僕は、引っかかるその言葉をより深堀してみたく、聞いた。

 「?そうかなぁ。私は、歓迎会のつもりだったんだけどぉ……。」

 「……歓迎会……ね……。」

 レンが転校してきたその後のことらしい。 

 「でも、レンくんちゃんと食べていたよ。……ほとんど何も喋らなかったけどねぇ……。」

 「あぁ……うん、なるほど……。」

 その、〝歓迎会〟の内容に、僕は容易に想像がついてしまう。黙々と、目の前の品物を口にしていたに違いない。何だかそれ、すごく違和感がある。いや、シュールといったところかな。

 女の子が目の前にいて、会話をほとんどせず、ただ黙々と口にお菓子を運んでいく様は、何だろう、シュールで、違和感で、……ちょっと面白い。

 彼のミステリアスエピソードに、また1ページが挿入されたよ、僕の中の、ね。

 「だから、大丈夫、だよっ!」 

 「……あ、うん……。」 

 その締めくくりに、根拠がない激励。僕は、困りながらも、雪奈と同じお菓子を頬張っていく。

 それぞれ食べ終えたなら、一緒に会計を済ませようと席を立つ。と、僕は見慣れた後ろ姿を目撃する。

 何だか、年頃には見えない幼さを感じさせ、髪がボブカットの後ろ姿、歩だ。

 「あれ、歩?」

 「!」

 僕はその後ろ姿に声を掛ける。自分への呼び声と気づいたその後ろ姿は、反応し、振り返るとやはり歩だった。少しだけ寂しそうな顔は、僕と雪奈を見たその瞬間に紅葉し、口をあわあわと動かす。

 「あ……優くん、雪奈ちゃん……。一緒って、まさか。……に、にぅぅわぁああああああああああん!!」

 ……僕ら二人を見て、何かが頂点に達したのか、いつもの変な鳴き声?を上げて、急いで会計を済ませ、蒸気機関車のような湯気を出すような勢いで喫茶店を出ていった。

 「?あゆちゃん?」

 今更気づいた雪奈は、首を傾げ、さらに色々な疑問符を頭に浮かべる。

 僕は何となく察しがついたが、端から見れば僕らはデートをしているように見えている。それを目撃し、赤面したに違いない。これをそう思わないのは、雪奈ぐらいだ。

 「どうしたのかなぁ?何だか変だったし。」

 「あ……そうだね……。」

 そこは鈍感の雪奈、何も疑問に思わなかった。僕は同意しつつも、雪奈がそれ言う?そう僕は心の中で呟く。

 

 喫茶店を出ると、日が陰り、夕方の様相になっていた。幾分暑さが和らぎ、少し心地良ささえ感じた。

 通りを二人で歩いていると、軽快な音楽と共に、歌声が響いてくる。若い女の子の声で、通りいっぱいに響くそれを、僕が遠目に探すと、多くの人だかりを中心として響いているようだった。

 ちょっとだけ、前を通り過ぎてみよう、僕は雪奈にそう言って擦れ違い際に見てみた。

 〝ヴィジランテ〟と、手書きされた看板に、僕らとそう年が変わらなさそうな女子が二人、人だかりより少し高い位置でバンド演奏、歌っていた。

 一人は長く整った髪を、大きなリボンでまとめ、気品を漂わせる風。

 もう一人はポニーテールに、クールな感じの女の子。周辺にいるのは、ファンなのだろう、雄叫びにも似た声を上げ、彼女たちに声援を送っていた。

 「何だかすごいねぇ~。」 

 間延びした声で、雪奈が感想を述べる。僕は頷いた。

 僕らと近い年でこれだけのことができることに、羨ましささえ感じる。感心し、僕は遠目から彼女たちを見つめた。 

 課題終了のご褒美の、お出掛け、濁りなく終わる。 

 家に帰ったなら雪奈は、ウキウキと日記に今日のことを書いていた。

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