灰色ノルウェージャンフォレストキャットの娘 ~夏の夕暮れ、僕、友達、博士の愛した猫耳娘~

にゃんもるベンゼン

肝試し

 20xx年、僕は高校1年生だった。

 

 これは、僕こと『初風 優(はつかぜ ゆう)』が体験した、不思議なこと。当時、まだ大人にもなっていない自分には、いささか理解することが難しいことだったと思う。

 あの夏の、友達との思い出。

 組織と組織の諍い、先生の、研究者の思い、学校の思い、それらを理解するには僕はまだ幼かった。

 『灰色ノル』のことも、また……。

 ……。

 ……。

 彼女は『灰色ノル』。灰色のノルウェージャンフォレストキャット。名前はまだない。

 どうか、名前は。

 優しい誰か、決めてくれれば……。

 

 20xx年、夏、長崎。

 僕は母親の親戚の家で暮らしていた。何分、両親共働きで、家にいないことが多く、また、幼い頃からも、よくお世話になっていたことから、高校生の時も、こうだった。

 また、親戚の叔母さんは、このことを喜んでおり、まるで息子ができたかのような感じだった。叔母さんの子も、兄弟ができたようで、嬉しそうにしていた。

 

 付き合いが多い分、その子と夏休みの宿題を見せ合ったり、そのような思い出もある。と、幼い頃からの思い出を巡らせながら、高校の夏休みの宿題に取り組んで時間が過ぎ、夕暮れも過ぎた頃、顔を見上げて、そういえばと、約束を思い出す。

 僕の親友、『最上 英吉(もがみ ひでよし)』との約束で、今日の夜に、学校で肝試しをやるとのこと。

 そろそろかと、僕は筆記用具を机に置き、宿題する手を止めた。

 「『雪奈』、そろそろ……。」

 そう、自分にあてがわれた部屋から呟いて、途中言葉を止める。よく耳を澄ますと、微かな寝息が聞こえてきた。

 「……。」

 まさか、と嫌な予感、さらにやっぱりかの確信、の二つが溢れ、頭を押さえてしまう。

僕が呟いた名前、『雪奈』こと、『浜風 雪奈(はまかぜ ゆきな)』、僕の従兄妹に当たる人物で、超が付くほどのマイペースな人物。

 そののんびり屋の度合いは、時間厳守ができない、という言葉でまとめることができるほど、自分時間で生きている。それが招く災いたるや、……僕までも遅刻ギリギリないし、常習犯に仕立て上げるほど。

 時間があると、潰すために仮眠を採ってしまう。結果、約束の時間を大きく過ぎてしまう、僕の嫌な予感はここにある。ただでさえ、〝遅刻の常習犯〟の異名があるのに、こうして、また冷やかされては、より汚名が増えるだけだ。

 がらりと、隣の部屋の戸を開けると、案の定、ベッドに仰向けに寝そべり、寝息を立てているその娘がいた。

 流れるようなストレートヘアーの、その娘、『雪奈』。

 普段なら、その流れるような髪は、美しさをより醸し、学校での人気も高いようなものだけど、残念なことに、寝入ってしまってはそれも傷んでしまう。

 女の子らしく、色々な可愛らしい小物に囲まれた部屋の主に……。

 「雪奈……起きろ!早くしないと、皆に笑われるぞ!」

 「……。く~……く~……。」

 まずは優しく?言葉による起床を促してみる。もちろん、これで起きるほど簡単ではない。

 これで起きたら、苦労はしないよ。

 僕は彼女の鼻をつまんでみる。

 「うにゃ~~~……。」

 「……。」 

 変なうめき声を上げるだけで、起き上がろうとはしない。

 「これならどうだ。」

 僕は、最終手段、大量の目覚まし時計をセットし、素早くその場を離れた。途端に、けたたましい音が部屋の外まで聞こえてくる。音量はかなりのもののため、さすがの僕も耳に手を当て、塞いでいた。

 だが、けたたましい音だけが響き渡るだけで、動く気配を僕は感じない。

 何ということだ!!

 ならば、と僕は、最終手段の奥の手を繰り出す。

 ……その前に、やかましい時計を止めて。

 そっと、彼女の机に歩み寄り、本棚など、物色するように手を滑らせ、……〟あるもの〝を手に取る。日記だ、それも、猫のイラストがあしらわれた、これまた可愛らしいもの。

 彼女の耳元に立ち、徐に広げては、そっと囁くようにその内容を口に出す。

 「○月○日……。」

 「うにゅ……。お母さんと……優くんと……。」

 「……。」  

 反唱しだす、雪奈。続けていくうちに……。

 「!!うにゅぁぁああああああああ?!」

 突然がばっとベットから跳ね起き、顔を真っ赤にした。やっと、日記を見られた恥ずかしさに気づいたか?……多分、その中でもやや恥ずかしい内容を聞いたからだろう。言っている自分も、少し顔が赤くなった。

 「……おはよう。」

 そんな彼女に掛ける第一声は、それ。僕の声の方に向いた彼女は、半ば涙目。恥ずかしさと、見られたことにか。

 「今日は、あいつと約束が……。え?!」

 今日の予定を僕が告げようとしたが……。

 「ゆ、優くんの、バカぁあああ!!」

 ……彼女の恥ずかしさの咆哮と、平手打ちに遮られた。



 遅刻寸前の道中、僕は痛む頬をさすりながら走る。なぜだろう、僕は彼女を起こそうとしたのに、このような仕打ちを受けなくてはならないのか。

 また、雪奈は未だに半べそだ。途中途中涙ぐんで、拭っては、もうお嫁に行けないなんて、言っているし。

 家が坂の上で、眼下に夜の街の灯が見え、彩る光景に少しだけ僕の心と頬の痛みは洗われる。

 また、街明かりに、朧ながら浮かび上がる、独特なシルエットの校舎、『合』の字に見えるそれは、僕らが所属する高校だ。

 長崎県下の、スーパーサイエンスハイスクール、という位置づけ。かつては、県下で最も古く、多くの優秀な人物を輩出し、多くの大学合格者を出した進学校だった。

 今は、特定のクラスに、大学生顔負けの実験、研究をテーマとして与え、将来の人材育成に力を入れているらしい。

 僕?……残念ながら、ぱっとしない僕は、当然それほどの成績ではなく、その〟クラス〝には所属していない。雪奈も、それから、これから会う友達とも。

 ほぼ全力疾走した僕らは、息も絶え絶えに待ち合わせ場所の、裏門前に到着していた。

 「来たぞぉ!遅刻の常習犯!」

 そんな僕らの出迎えに、幾人かの人物と影、その言葉。やけに軽く、いかにもお調子者な感じのするそれは、僕の親友……あるいは悪友の、『最上 英吉』、言った言葉、僕らに嫌に突き刺さってくる。かつ、その第一声に、言い訳ができない。

 「……ごめんね、いつも。」

 ただ、謝罪の言葉を述べて。

 「うゅうぅ……ごめんね、皆。」

 雪奈もまた、同じく述べた。

 それじゃあ、と手持ちの懐中電灯が灯り、それぞれの姿が見える。

 先に到着していた何人……三人。いうならばチャラい人物、ボブカットの少女、そして、銀髪碧眼で、高校生には似つかわしくない、渋いセカンドバッグを抱える男子生徒。

 チャラい方が、『最上 英吉』。先ほどから、僕がよく言っていた人物。お調子者とも。

 ボブカットの少女は『皐月 歩(さつき あゆむ)』。怖がりで、同級とは思えないほど、幼い。また、一人称が〝ボク〟。そんな少女。肝試しに際する故に、もう既に怯え、震えている。

 最後に残った、銀髪碧眼の男子は、『レン・リングゴールド』。最近僕らの高校に転校してきた転校生。

 口数がほとんどなく、他の同級生からもミステリアスと思われている。その風は、普段の生活にも現れていて、いつもセカンドバッグのような、やたら渋い革製の鞄を抱えて、持ち歩ている。中身は教科書などらしいが、中身を見せることはなかった。

 そのバッグを、そっと大事そうに撫で、持ち直す。

 「この俺、英吉主宰、夏休み企画、学校の不思議、肝試しを開始します~~。」

 英吉が、全員の顔を見て、にやりと口元を緩め、少し背筋を冷すように、開催を宣言した。

 懐中電灯の少しの明かりで、誰もいない校舎へと僕ら入っていく。

 昼の世界とは違う、夜の学校、それはまた、独特な雰囲気を持つ。酷く静かで、僕らの足音が遠くまで反響するようで。明かりのない世界は、闇の住人が存在するかのよう。仄かともいうほどの懐中電灯の明かりでは、その闇の住人が姿を現しそうだ。

 それが肝試しを、より盛り上げる。

 「に……にぅぅうぅ……。」 

 怯えながら、独特な口癖を漏らす歩。涙ぐんで、今にも絶叫し、逃げ出しそうだ。

 一瞬鏡に懐中電灯の光が反射したならば、獣の眼光が見えたみたいになり、僕もまた背筋をぞくりと凍らせる。

 「にぅぅ!!」

 当然それを見た歩は、ただでさえ怯えているのに、より一層怯えてしまう。

 「さて……。」

 校舎を辿り、おおよそ学校の中心ほどに来た所で、英吉が口を開く。

ちらりと見えた表情は、ここでより一層盛り上げようと画策しているかのよう。

 「ここに来て、より一層楽しくする話を一つ。この学校では、〝出る〟らしい。」

 と。

 出だしもさながら、いわゆるベタな展開だ。

 「まあ、ベタ過ぎると思うがな。ある日、誰もいない学校で突然トイレの水が流れる。また、ある時には、夜の学校で誰もいないのに蛇口が開き水が突然流れる。その日授業はなかったはずなのに、翌日理科室の模型が動かしてあったり、ある女子の話だが、忘れ物を取りに来たら、誰もいないはずの学校の廊下を駆け抜ける音が聞こえたりしたんだとか。だからさ、この学校には〟出る〝らしい。」


 「だってそうだろう?建物は新しいけれど、この学校そのものは長崎じゃ古い方なんだから、この学校とかに未練を持つ霊がいてもおかしくない。あるいはさ、学校を改築した際に、何か祠とか壊してしまってさ、封印されていた何かが出てきてもおかしくはない。……どうだ?」

 「ああ~……。」

 そのベタな話に、僕はなるほどと。英吉は自慢するようにその胸を張った。

 僕はそっと歩の方を向くと、もう怯えに怯えて、いかにも失神しそうな感じだ。

 それを見た英吉は少しにんまりと笑う。

 「おい、待て。……何か聞こえないか?」

 「?」

 そうして、耳をそばだてる英吉。もちろん僕や雪奈には聞こえていない。……多分嘘だろう、これ幸いと、盛り上げるための。

 「!!水の……音?!まさか!!!」

 場を盛り上げるように、わざと目を見開き、驚くかのようにおどけて。

 「に!にぅうっぅぅぅ!!!」

 歩を驚かせた。

 静かな校舎に、嫌に反響するその叫び声、逆に僕はそれに恐怖する。脅かした張本人は、これまた面白そうに笑う。

 「もう。あんまりからかっちゃ可哀そうだよ。」

 それが嘘で、やり過ぎだよ、とやや心配そうに言う雪奈。

 「分かった、分かった。もう驚かせたりしないよ。」

 流石に英吉も、これ以上からかうとまずいだろう、怯えさせるのもこれほどにと、学校の怪談話を締めた。

 

 それから長く、夜の学校を探検するも、しかし、皮肉ながら英吉の怪談ほど怖がる何かを、感じることはなかった。ただし、元から怖がりの歩を除く。

 僕ら、特に英吉は何だか退屈そうで、いっそマジで出てくれないかな、と言わんばかりの表情をしている。足音の木霊が聞こえるものの、それは残念ながら僕らの足音で、いわゆる怪奇現象のそれではない。

 休憩がてら、それぞれ一旦足を止め、それぞれの懐中電灯で周囲を確認しつつ、英吉が一言漏らす。

 「げぇ、これじゃあ何だか味気ない夏の思い出じゃねぇか。」

 と、表情に現れていたそのままの言葉を。

 「……まあ、仕方ない。……この場合、平和でよかったと思うようにしよう。」

 ぽつりとレンが言う。

 何だか久し振りに口を開いた感があるけれど、彼はいつもこう。あんまり人と会話をすることがない。それでも、その言葉に確かに、と僕は頷く。

 昼の世界とは違う、夜の学校、それは僕にとっては新鮮で、興味をそそられる。それを体験できただけでも、よかったのだろう。

 そうして、平和に各々の家に帰る、思い出を抱いて。

 「?」

 ……とはならなかったようで、その時どこからか、足音の反響音が聞こえてくる。僕以外の人間も気づいたようで、退屈と安堵の場が緊張に染まる。

 英吉に至っては、待ってましたと言わんばかり。

 より一層の緊張を募らせるように、その足音反響音の感覚が短くなっていく。こちらに近づくにつれて、感じ取り、その足の速度を上げたかのよう。

 「来るぞ、来るぞぉぉ!そら、逃げろぉぉ!ひゃっほぉい!」

 英吉の、その言葉を皮切りに、全員が一目散に駆けだす。

 「にぅぅぁわぁあああああああああああん!!!」

 中でも歩は、ただでさえ変な口癖が、緊張と恐怖の叫びと混じったものになって、口から出ていた。

 「まさか、本当に出るとは。ちょっとした〟ジョーク〝だったのに。へへっ!」

 「をい!」 

 出口へ急ぐ中、英吉が口を開くことには、先ほど話したことは単なるジョークのつもりであり、本当とは分からないものだっと。それに僕は走りながらも突っ込みを入れる。

 来た道を猛スピードで引き返し、出口まで来た時に、しまったと思う。夜中はセキュリティの関係上、オートロックになっており、どこかに解錠用の端末があり、それを操作しないといけないのだけれども、どうやって操作するのかを驚きのあまり忘れてしまっていた。

 「どうやって出るんだっけ?」

 僕は英吉に聞いてみた。

 「簡単だよ、学生証をほら、出入り口の横にある、小さなカードリーダーに読み込ますんだよ!」

 出口を照らして、英吉が答える。見れば、僕らが出入り口として使った、ガラス戸の横の壁に、小さな機械があった。なるほどと僕は思い、早速手探りで探すと手当たりがない。

 そういえば、家に置いていた。今更になって、そんなことを思い出す。

 「大丈夫だぁ!俺のを使っても開けられる!ちょっと懐中電灯持ってて。今から鞄から出すから……。」

 僕がそのことを気に掛けていたと感じた英吉の助け舟、自分のを使えばよいと、英吉自身のポケットをまさぐりだす。持たされた懐中電灯の、微かな明かりを頼りにごそごそと手探り。

 が、この時に限って、なぜだか手当たらない。……もしかして、そのポケット、結構カオスだったりするのだろうか?適当に入れてしまったからか?

 雪奈や歩に目配せするが、残念ながら持ち合わせていない。レンもまた、首を横に振り、持っていないと言いたげだ。ただし、手段はあると少し下がり、いかにも助走をつけて何かするかのようだ。

 多分、タックルをそのドアに食らわせようとするのだろう。

 「バカ!やめろ!ぶっ壊したら退学ものだぞ。ったく。くそぅ、こんな時に限って!もっと強い明りがあれば……!せめて、この出入り口だけでも!!」

 その行動はだめだと、冷静に英吉。レンもまた冷静なようで、指示がないならやらないと目で訴える。ただ英吉は続け、やや慌て気味で、悪態まで突き、願う。

 「?!」

 と、その願いが通じたのか、不意に僕らのいる場所が明るくなる。

 「明かりが欲しいか?」

 ……誰かの声と共に。

 「そうだ、そう。いやぁ、助かったよ、よっしゃ、見つけた!」

 「それは、よかった。」

 「……で、誰?」

 この、得体のしれない……何かが近づいてくる状況を救った、その存在は誰だろう、英吉の問い。僕は首を横に振る。他のメンバーも。そういえば、さっき明るくなった時、聞き慣れた声がしたようなと思う。また、なぜか足音も聞こえない。もしかして、明かりをつけた人の?

 誰だろうか、恐る恐る、僕らはその声の方を向くと、僕らは一斉に青くなる。

 ……本当に、霊がそこにいた……なわけではない、明かりに照らされて、見知った人物がそこには立っていたのだ。

 あまり手入れしていない長い髪に、肌、そして特徴的なのは、白衣を身に着けていること。

 僕らの高校で、化学、生物の教員をしている『矢矧 理香(やはぎ りか)』。

 僕らの間では、〝博士〟で通っている人物だ。性格がきつく、その女性らしい美しさを感じさせない身だしなみから一部の教員は〝行き遅れ〟と揶揄する人もいる。

 今日のこの活動の場にて、教員とばったりと会う、それは……校則違反の証明。それら、僕らを青冷めさせる。 

 「随分元気そうだな、〝もがみんと愉快な仲間たち〟。その元気に免じて、たっぷり〟世間話〝を聞かせてやろうかっ!」

 僕らのいたずらに、悪魔みたいににやりと笑う。

 「ええと、先生、これは……。」

 「忘れ物を取りに来ました、なんて言い訳は通用しない。あたしも一人寂しくしているんだ、少しは付き合えよ。まあ、このうだるような暑さの中、こんなに元気なんだ、先生感動したよ、世間話ついでに、〝お土産〟も持たせてあげたいぐらいだぜ!」

 弁解なんて、通用はしない。悪魔みたいに笑う博士は、その言葉を遮って続けるのだ。

 

 ……今日は怪談よりも怖い話に出会った、そう日記に書きたいよ。

 

 

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