バーステイ

「ママーッ!」

 活気という言葉で表し切れぬほどの生気をみなぎらせて、”マルク”は家の中に一直線に飛び込んできた。何度母親に言われても直らない靴を放り投げる癖と、落ち着きの無さ、汗の匂い。

 泥まみれの靴下で床を踏み鳴らしていた足が、不意に止まる。

「ママ?」

 息を殺し、闇を睨む。

 真っ暗な屋内は静けさは普段、彼が見てきた家の風景とは異質なものだったのだろう。あるいは子どもに特有の、「意思」の残滓を嗅ぎ取る明敏なセンサーの賜物か。

 だがその嗅覚も、家中に充満する灼けた肉の匂いを前にはショートする。

「……ママ?」

 リビングとキッチンへと続く横開きの戸の前に、彼は立つ。それを気配で確かめる。寝室の鍵穴から、その気配を確信へと変える。

 立ち上がり、左手でソロリとドアノブに手をかけた。

 ガラッと、リビングのドアが開く。

 息を呑む音。

 瞬間私は寝室から飛び出し、硬直したマルクの背に向かって一直線に駆け込んだ。

 彼が振り向くより早く、その背を力いっぱい抱きしめる。


「ハッピーバースデイ、マルク!!」


「ママっ!!」

 強張っていた顔が、一瞬にして満面の笑みになった。「うわびっくりした……え、もうできてたの!?」

「ううん、まだ焼く前。アリーシャの時もそうだったでしょ?」

「そうだっけ? 覚えてないや」

「こんばんわ」義兄……夫のお兄さんが3歳になる娘を抱いて入ってきた。「おお、いい匂いだ。本職は違うね」

「こんばんわ。あらあらホントいい匂い」

「おーい、誰かワインとビール運ぶの手伝ってくれ」

「はーい」

「いたたた……腰ひねったわ」

 姉、父、甥、母と、ファミリーバスから親族が続々と家に上がり込んでくる。弟家族の子どもたちは家に入るより先に、早速庭のアスレチックに向かって走り出していた。

「あら、アリーシャは?」玄関の靴を見ながら、母が尋ねる。

「パパが迎えに行ってるけど、きっと待たされてるのね」時計を確認しながらそう答えた。14歳の女の子が弟の誕生日より友だちとの30分長い会話を優先するのはごく自然なことだ。

「さあさあどいたどいた」ビールケースを抱えた父が笑いながら行儀悪く靴を脱ぎ捨てる。もうじき80歳とは思えない若々しさで、繊細な母とは対象的だ。肩でリビングの照明スイッチを押して、ため息をつく。「おお……これはキレイだ」

「マナさん、だったっけ?」後ろ髪を縛った甥が苦い顔でつぶやく。確か今年で17だったはず。「顔の肉って苦手だな。なんか……見られてる気がしてゾワゾワしちゃう」

「いかんな、それは」娘を抱いた義兄が、娘の手で甥の頭を叩く。「人を食べるんだ。しっかり感謝しないと」

「感謝はしてるけど……」

「そうだ、もうそろそろ俺らだって食い頃なんだからな」父が母の肩を揺すってガハハと笑った。「爺ちゃんも若い頃はイケメンだったってところ見せてやるからな」

 製肉すればみんな美男美女になるに決まってるというのは、言わない約束だ。

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