桃色のバラ (魔界・戦乙女アスリカ)

「おや、これは……」


 魔王の居城。その天上庭園と呼ばれる屋上に小さく設けられた囲われた庭で、魔王ユダはつかの間の休息を紅茶と花とともに楽しんでいた。

 今日の紅茶はダージリン。非常に繊細で香り高い紅茶で、ストレートに向いている。

 今の時期、この庭園に咲いているのは香りがない美しい花々が多い。だから彼は、匂いが混じるのを気にせず紅茶を嗜むことができる。

 そのことから、ユダはことさらこの冷たい風が吹く季節が好きだった。

 しかし、その庭園のなか、ふと鼻をくすぐった高貴な香りに気づいたのだ。

 ぽつりとつぶやき、ユダが視線を巡らせた先、小さく一輪だけ、緑色の茨のなかに淡い桃色の花弁を覗かせているバラがあった。

 バラは通常、雨の降る梅雨の時期に花を咲かすのであって、今の寒い時期には咲かない。

 珍しいこともあるものだ。と思うと同時に、その一輪だけ強く咲き誇っている姿に、遠い人間界から半ば強制的に来ることになった彼の最愛の人を想起させた。

 ユダは、頭の中で雑学を展開させる。

 色はピンク。花言葉は、しとやか、上品、可愛い人、美しい少女、愛の誓い。


「ふむ、振る舞いもおしとやかで上品、そして可愛らしく美しい少女だ。それに、私が愛の誓いを立てるにふさわしい……」


 しばし陶酔する。

 美しい黒髪をなびかせ、健気に立ち向かおうとする強い眼差し。やはりこのバラは、彼の想い人にぴったりであった。

 それに、一輪である。確か、バラ一輪の意味は、一目惚れ、あなたしかいない。

 ユダはこの奇跡に感謝した。他ならぬ自分に。

 保存の魔術をかけ、ユダはうきうきの気分で一輪のバラを両手に持って二階の彼女の居室に向かう。

 もちろん、紅茶のセットも忘れず宙に浮かせて。

 かくして、魔王らしからぬ乙女なスキップで想い人の居室に向かい、手渡したそのバラは、今も大事に飾られることとなったのだった。

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小ネタ集 紫蛇 ノア @noanasubi

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