2019ハロウィン(“半”人造人間レヴィアンタ)
「トリックアトリートぉ〜♪」
宙に浮かぶ風船のように軽い声がハデスの部屋に響く。
大きな襟付きの真っ黒なコートを纏い、その下には腹筋が見えるほど開けっぴろげられた少し破けたシャツ。短めの茶髪は全て後ろで固め、おもちゃ屋で売られていそうな安っぽい牙をつけ、青白い化粧をした風変わりな格好の男は、にんまりと玄関でその口を歪ませた。
「イワン、なんの真似だ」
せっかくの休みを邪魔されたハデスは不機嫌さを隠さずに突然の訪問者を睨む。
そんなことにはお構い無しに、イワンは物語に出てくるドラキュラ伯爵の真似をしてノリノリで手を差し出す。
「トリックアトリート〜さ♪ 意味は『お菓子をくれなきゃイタズラするぞ♪』。さぁ、甘いものを渡せぇ!」
「疑問。何故?」
「女の子たちに教えて貰ったんだよ〜。ほら、僕こういうの似合うから!似合うから!」
ふふんと胸を張って衣装を見せつけるイワンはやはりアホであった。
ハデスは腰に手を当て呆れ顔で、頭を振る。レヴィアンタは興味を失ったのか、再びベランダから空を見上げる。そうしてイワンは一人、口を尖らせた。
「トリックオアトリート! イタズラされんの嫌やったら、お菓子くれへんか〜?」
開いた扉、えーっと言う抗議顔で突っ立っていたイワンを軽く押しのけ、真っ黒なローブを纏い、つば広ハットを目深に被って杖を持ったイェンが飛び込んでくる。
「お前らな……揃いも揃ってどういうことだ」
「いや、今日はそういう日やで」
「だからってな……一番関係なさそうなうちに来るのは……」
「なんや、まだ言われてなかったんか」
イェンが帽子をクイクイと動かす。イワンはまた口を尖らせた。
ハデスは二人の怪しい仕草を見て怪訝な表情を浮かべる。
「いやぁ、このイベント、アドイアはんが戦闘部隊全員巻き込んでやってるんやで」
「は?」
ハデスはそう言ってレヴィアンタのいるベランダから外を眺める。レヴィアンタも百鬼夜行と化した戦闘部隊敷地内を無感情に見つめていた。
魔女、吸血鬼、かぼちゃ、おばけ、悪魔、ゾンビ、フランケンシュタイン……などなど。
様々な格好をした者たちが通りを練り歩き、菓子を交換したり、屋台で何か買って今日という日を楽しんでいる。
「あれ、やるのか?」
ハデスがひきつった顔でイワンとイェンを振り抜くと、二人は珍しく気を合わせてにんまりと微笑んだ。
**********
長い髪をまとめて後ろで固める。普段は無造作にまとめあげてそのままにしてあるので、細かい手入れなんかほとんどしていなかった青い髪が、今では巷で言うところのサラツヤである。
そして前髪もかき揚げて後ろに持っていく。カチコチにキメられた髪が気持ち悪くて軽く降ると、前髪が一筋流れた。もうこれはこのままでいいかとそのままにしておく。
纏った暗め青を使った燕尾服。白の手袋、黒ピカのブーツ。そして、頭につけられた立派な角、尖らせた耳。
ハデスが着せられたのは豪奢な悪魔の仮装だった。
「わ〜、可愛いわぁ〜」
女子更衣室から、衣類部隊員の悲鳴が聞こえた。
ちらりと振り向けば、更衣室から出てきたレヴィアンタと目が合う。
金の髪はそのままで、青い髪を後ろでたばねて三つ編みで纏め、白い肌にはチークが軽く塗られている。
ハデスとお揃いの装飾が着いた暗めの赤を使ったフリルの多いドレス。軽く塗られた淡い色のネイルにヒールが高めのピンヒール。そして小さな角と尖った耳。可愛らしい悪魔の仮装。
二人は並んでお菓子のバスケットを受け取る。
レヴィアンタはじっとお菓子を眺めて、ちらりとハデスを見る。
「問い。トリックアトリート」
綺麗な赤い目をハデスに向けて、ぽつりと口を開く。
ふざけて飛びつこうとしたイワンがつんのめり、普通に歩いてきたイェンがそれにつまづく。
ハデスはそんなことには気づかないくらいにレヴィアンタに見蕩れ、無言でそのバスケットの中にお菓子を入れる。
長いハロウィンの夜は、まだまだこれからであった。 (終)
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