筋トレ(“半”人造人間レヴィアンタ)

「フッ…………――、フッ……………――――、フッ…………………―――――――、」


 ある日の昼下がり。

 リズミカルに太い木の枝に捕まってレヴィアンタの主が上下している。


「報告。十回通過」


 レヴィアンタが淡々とその行為を、その紅玉の瞳で見つめ、正確に数を数えていく。

 これは言わゆる筋トレというやつだ。


 なぜいきなり彼が筋トレを始めたのか。

 それは先日の鍛治職人カジイの工房に剣の手入れに行ったときに言われた言葉にあった。


『「お前の体は筋肉が付きにくい体質で! それでも剣を握りたいから細めにしてくれと! 斬撃時の力の入れ方はうまいから! 細剣ではその良さを生かしきれないから片手直剣にしてくれと! とんでもなく無茶なことを言うと思ったもんだと思ったぞ!」』


 これは警ら隊を卒業したあとにアドイアに連れられたハデスのことをからかっただけなのだが、ハデスはその言葉を色々あって思い出し、筋肉をつけようと努力しているのだった。


 しかし………――――。


「おう? おう! ハデスやないか!」


 訛りのきついどこかの国のイントネーション。

 イワンに次いで会いたくなかった男の顔が建物の影から覗いた。


 ここは戦闘部隊と医療部隊の敷地の狭間。中間領域と言われる露店立ち並ぶ大通りから外れた空き地で、しかもいくつもの路地をあちこち曲がって来ないとたどり着けない難所だ。


 長い前髪で目線が合わない医療部隊長イェンは、木にぶらさがっているハデスをちらと見て、何かを察したように、あひる口の端をにゅっとあげた。


「なにぃ〜? 筋トレ?」

「見れば分かるだろ……」


 半分諦め混じりでハデスは手を離して地面に飛び降りる。


「やってたらええのに。わいはただのサボりやからさ〜」


 イェンはそう言って木の裏側に周り、その身を大木に預けて寝転んだ。


「忙しそうだな」

「お陰様で。この間来た子どもの健康診断……。わいが居なくても回る回る〜大丈夫大丈夫〜」


 イェンは疲れたと言わんばかりに盛大な欠伸をし、ゴロゴロとし始める。


「ここはお前のサボり場か?」

「まぁそんなとこや〜」

「悪かったな」

「暇つぶしになっていいわ〜」


 イェンが別にハデスのことをなんとも思っていないのを確認し、ハデスは再び木に取り付いた。


「フッ………――――」


「ほおれ、頑張れ頑張れ〜」


「フッ………――――」


「筋肉付きにくいお前やからなぁ、もっとせな〜」



 …………やけに声が近くで聴こえる。


 ちらりと周りを見回すと、やけに早いスピードで同じことをしているイェンと目が合った。


「やっほ」

「………………。俺より、早い」

「そりゃな、お前よりも筋肉あるさかい」

「なんで医療部隊のお前に負けないといけないんだ……!!!」


 ハデスもイェンと同じスピードで上下する。


「報告。三十回通過」


「お前、ほんとに、医者かよ!」

「まぁまぁ、色々、故郷で、あった、からな」

「こんの、ゴリラ、お前、俺と、ほとんど、同期、じゃねえか」

「体質、かな? イワンのも見てみたいね〜」


「報告。五十回通過」


 体質と聞いてハデスはさらにスピードアップする。イェンがその顔に思わず苦笑を滲ませる。


 結局、その勝負はハデスの腕と握力が使えなくなるまで続き、筋肉痛で三日ほどレヴィアンタに介護を受けて暮らすようになったのは、イェンの数多い話のネタになった。

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