第5話 謎を抱えたまま








 ――それは不思議な感覚だった。

 身体中から、あらゆる熱がそこに集中していくような、そんな感じ。

 胸に灯った炎は腕を伝い、指先から剣先へと流れ込んでいく。そしてその炎は比喩的な物から、現実としてそこにある物として、在り方を変えた。


「これ、は……?」


 瞬間の戸惑いがボクの中に生まれる。

 それはそうだ。今まで、こんな感覚を抱いたことはなかったのだから。

 だがしかし、現状はそんなことを言ってる場合ではなく、むしろこの幸運に感謝するべきだった。この力があれば、カインさんを守れるかもしれない。

 大切な人と交わした約束を、守れるかもしれなかった。


「――――よしっ!」


 ボクは改めて覚悟を決める。

 いまばかりは、この正体不明の力に身を任せよう、と。

 背中にカインさんの声を受けながら、ボクはヒュドラの群れに向かって駆けだした。そして、一番近くの個体目がけて炎を纏った剣を振り下ろすのだ。


 ――そこに技能などない。

 されども、威力は確実にあった。


『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


 響き渡るはヒュドラの断末魔。

 分厚い装甲は、まるで薬草を刈り取る時のように裂けた。

 噴出する血を回避しながら、魔素に還元されていくそいつを見送る。しかしすぐに、ボクは次に狙いを定めるのだ。終わりじゃない。まだ、始まりだった。


 身体が思い描いたように動いてくれる。

 いつも、こうだったら良いのにと、そう願った動きをしてくれる。

 だけれども、それは決して踊らされているような感覚ではなく。たしかに、使いこなせる形として、ボクの手の中にあるのだった。


「これ、なら――いいや! 最後まで気は抜かない!!」


 ほんの少しだけ、この調子なら勝てるのでは、と。

 そんな身の丈に合わない考えが浮かんだ。

 でも、すぐに振り払う。


「ボクは守るんだ。カインさんを、そして約束を――!!」



 足はさらに軽やかに。

 まるで弾むように、ヒュドラへと躍りかかる。

 そして、ボクは無我夢中に自身の力を振り下ろすのだった。



◆◇◆



 カインは言葉を失っていた。

 あんなにも非力だった弟分のアルフレッドが、目にも止まらない速度でヒュドラを屠っていくのだから。魔剣とも呼べるであろう剣を手に、魔物の群れを切り裂いていったのだ。これが、驚かずにいられようか。


 ――否。驚かざるを得ない。


 ヒュドラは身の危険を感じてか、奇声を上げて増援を集めた。

 するとダンジョンの奥からはまたも、多くのヒュドラが顔を出してくる。

 だがしかし、それは焼け石に水。いまのアルフレッドの快進撃の前にはあまりに無力だ。まるで青年がいつもやっている薬草採集のように、簡単なことに思えた。


「どう、なってるんだ……!?」


 そして、そこに至ってようやくカインは声を発する。

 現実味が乖離しているのだろう。その口調は、なんとも間の抜けたものだ。

 素っ頓狂に上げられたそれに、答える者はいない。そのように思われた。それでも、そこにはもう一人、パーティーの一員が立っていたのである。


「――――アルフレッド様」


 その者の声に、カインはまたも驚き面を上げた。

 するとそこにいたのは――エリム。


「お前、なにかしたのか……?」


 それは直感だった。カインは見目麗しき彼女に、疑念を向ける。

 しかしエリムは特に気にした様子もなく、アルフレッドの戦いを見守っていた。

 いいや、少し違うのかもしれない。彼女の目にはアルフレッドの戦いしか、見えていなかったのだ。すなわち元よりカインの存在など些末事だと、そう思っているのかもしれなかった。むしろ、そうだと決めつけた方が自然であるようにさえ感じられる。


「おい、答え――――がふっ!」


 カインには焦燥感があった。

 大切な弟分が、見ず知らずの女に手を出されたことに。

 彼はそれを咎めようと声を張り上げる。しかし、同時に咳き込んでしまった。


「かはっ、げほっ……!?」


 先ほどの傷が尾を引いているのか。

 おそらくは、臓器のいくつかに損傷があるのだろう。

 せり上がってきた血の塊を留めることもできずに、カインは吐き出した。


「……………………」


 すると、そんな彼の姿をようやく捉えたらしい。

 エリムは首を傾げながら、こう言った。


「心配しなくていい。黙っていなければ、死んでしまう」


 淡々と、ただ事実のみを。

 彼女のそんな姿は、この状況下においてあまりにも異質。

 冷静に、機械的に状況を判断し、ただ戦況を見守るだけの存在だ。


「てめぇ――」


 ――何者だ。

 そう、言葉にしかけてカインは押し黙った。

 返答はない。そう、訊かずとも分かってしまったのだ。このエリムという女性には、アルフレッドの姿しか映っていないと、そう判ったから。


 それなら、話は後でもいい。

 いまはただ――。


「アル……!」



 弟分の無事を祈ろう、と。

 カインは唇を噛みながら戦況を見守るのだった。


 

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