第4話 戦う理由











 ――数分前。

 エリムはアルフレッドに手を引かれて走っていた。

 されるがままに。まるで、感情のない人形のようについていく。


「……エリム、さん?」


 しかし、唐突に立ち止まると青年のことをジッと見つめた。

 息を切らすアルフレッド。そんな彼の心中を見透かすかのように。

 そして今まで沈黙を保っていた口を開くのだ。おもむろに、小首を傾げて。


「どうして逃げるのですか?」――と。


 それは、問いかけだった。

 責めるわけではなく、ただ純粋な疑問として。

 質問されたアルフレッドは、その黒の目を大きく見開いて息を呑んだ。そして視線を中空に彷徨わせて、唇を噛み、絞り出すようにこう言う。


「ボクには、戦う力がないから」


 それは己の無力さを呪うかのような、そんな言葉だった。

 だが、それに対し彼女は――。


「力があるから、戦うのですか?」――と。


 さらに、問いを重ねる。

 その一言にアルフレッドはハッとした。

 それは何かに気付いたかのような、そんな表情だ。


「違う。ボクは……」


 拳を握りしめて、声を震わせる。

 だけども込められていたのは、恐れや恥ではない。

 なにか大切なことを思い出したかのような、そんな声だった。アルフレッドは面を上げて、エリムの綺麗な顔をジッと見つめ返す。そして、こう言うのだ。


「大切なものを、守るために……」


 力強く、真剣に。

 エリムはそう答えた彼の手を取った。

 そして相も変らぬ、淡々とした口調でこう言葉を引き継いだ。


「大丈夫です。アルフレッド様――」


 小さく息を吸って。




「――貴方には、力があります」



◆◇◆



 これは冒険者になったばかりの時の記憶だ。

 一人で街を歩くしかなかったボクに、声をかけてくれた冒険者がいた。


『よう、そこの坊主。なに、しょぼくれた顔してるんだ?』

『え、貴方は……?』


 それが、カインさん。

 彼はあまりにも惨めなボクを見かねて、話しかけてくれた。

 始まりはそんな同情から。しかし、話してみると意外にも共通点が多く、すぐに意気投合したのだ。例えば、こんな部分とか……。


『へぇ、アル。お前も孤児院の出身だったのか』

『そうなんです。カインさんも?』

『おうよ、仲間だな!』


 ニッと笑ったカインさんは眩しかった。

 それから、しばしの間は彼と行動を共にしていたのだ。一人で薬草採集に出ても問題なくなるまで。根気強く、優しく彼はボクを導いてくれた。


 そんなある日のこと。

 彼と、ちょっとした昔話をすることがあった。


『アル。お前、どうして冒険者になろうと思ったんだ?』


 それは、何の気なしに投げられた問いかけ。

 ボクはとくに恥ずかしがることもなく、素直に答えた。


『憧れ、ですかね――昔、ボクを守ってくれた冒険者みたいになりたい、って』

『へぇ、憧れか……。なるほど、な』

『とても、そんな身分じゃないですけどね。ははは……』


 ボクがそう言って自嘲気味に笑うと、カインさんが首を左右に振る。

 そして、こう言うのだった。


『ばーか、なにも恥ずかしいことじゃねぇだろ? ――あ、そうだ!』

『え、どうされたんですか?』


 なにかを思い付いたかのような彼に、ボクは首を傾げる。

 すると、続いたのは思いもよらない提案だった。


『アル、俺は他の誰ともパーティーを組まない! いま決めた!』


 カインさんは、真っすぐにボクを見る。

 あまりに純粋な眼差しで――。



『いつかアルが、俺の背中を預けられる冒険者になるまで待つ! 互いが互いを助け合えるような冒険者になるまで、フリーを貫く! ――約束だ!!』



 そう、手を差し伸べるのだ。

 ボクは瞬間だけ唖然として、しかしすぐにその手を取って答えた。



『はい! いつか、きっと……!』――と。



 それは、ボクが冒険者になってから始めて交わした約束。

 何よりも大切な、兄貴分であるカインさんとの……。



◆◇◆



 カインは目を見張る。

 目前に立っていた青年の姿に、息を呑むことしかできなかった。

 何故ならそこにいるのは何よりも大切な弟分。生きてほしいと、心から願ったアルフレッドに他ならなかったのだから……。


「馬鹿か、アル! 逃げろって言っただろ!?」


 掠れた声を張り上げて、カインは叫んだ。

 今すぐここから離れろと。そうでないと意味がない。

 何よりも守りたいとそう思った、そんなアルフレッドのために。だがしかし青年はお古の剣を構えて、ゆっくりと呼吸を整えていた。

 迫りくるヒュドラを見据えて、ただただ静かに……。


「ボクは力がないから戦わないんじゃ、ありません」

「……な、に?」


 そして、不意に口にしたのはそんな言葉だった。

 カインは呆然と、昔より大きくなったアルフレッドの背中を見つめる。


 そして、決意を込めた言葉を彼は口にした。



「守りたいと思ったから、戦うんです。カインさんとの約束――果たします」



 それは、あの日の絆を確かめるように。

 有無を言わさぬ力を込めて。


「アル、お前……」


 カインは何も言えなくなった。

 何よりも、嬉しくて仕方がなかったのだ。

 そして思わず涙を呑み込んだ瞬間。その変化は起こった――。



「――――――!?」



 溢れ出すは、膨大な魔力。

 醸し出すは、鋭利な覇気。


 カインの前に立っていた青年は、アルフレッドではなくなっていた。明らかに別人の風格を漂わせた青年は、構えた剣を見つめる。すると、炎が立ち上った。

 単なる剣は、炎を纏う魔剣となる。


「うそ、だろ……?」



 カインが思わず、息を漏らす。

 しかし現実だ。紛れもない事実だった。

 そしてそこから始まるのは、語り継がれるべき戦いだった。



 それこそが、後に伝説となる。

 『能力測定不能の魔法剣士』の誕生の瞬間だったのだから。


 

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