第1話 酒場での邂逅









「それにしてもアル、お前が五年間も冒険者を続けるとは思わなかったぜ!」

「ははは、カインさんのお手伝いあってのことですよ。最初のうちは一人で薬草採集に出かけるのも、恐ろしくて仕方なかったんですから」

「ばーか、気にすんなっての!」


 先輩冒険者のカイン・アレナドさんは、エールを一気に煽って笑った。

 この人はボクが冒険者になった時からお世話になってる方だ。短い金髪に蒼い瞳。少しだけ意地悪そうな顔立ちをしているが、その実は面倒見がいい。

 『能力測定不能』だと、周囲に馬鹿にされていたボクにたった一人、手を差し伸べてくれたのだ。そして、薬草採集の基礎から、しっかりと教えてくれた。


「いやいや、これは本心からですよ」

「そうか~? へへっ、ありがとな」


 すなわち、間違いなくボクの恩人である。

 だから素直な気持ちを口にすると、彼は照れくさそうに答えた。

 ボクは十八歳から解禁されるエールを喉に流し込み、その苦さに思わず眉をひそめる。そして次に、普段なら絶対に食べることのできないドラゴンのステーキを口に運んだ。芳ばしい香りがいっぱいに広がり、またエールの苦味ともよく合っていた。


「どうだ、美味いか!」

「はい。ホントに、今日まで冒険者を続けて良かったです!!」

「馬鹿野郎! 今日で終わりみたいな良い方すんなっての、寂しいじゃねぇか」


 本気で寂しそうな表情を浮かべるカインさん。

 そんな彼を見て、ついつい苦笑いを浮かべてしまうボクだった。


「そういや、アルよ。お前が冒険者を志したのって、何だったっけか?」

「またその話ですか? それは――」


 そして唐突に、カインさんが昔話を始めようとした時。


「――ん? なんだか、騒がしいですね」


 酒場の入口で誰かが言い争っているのが分かった。

 興味本位で覗き込むと、そこにいたのは……。


「あれ、って……さっきの?」

「ん、なんだ。知り合いなのか? アル」

「いや、知り合いってほどでは。ただ、今日から隣に越してきたんですよ」


 そう、見覚えのある人物――隣に引っ越してきた女性だった。

 粗雑な酒場の印象に似つかわしくない、あまりにも美しいその立ち居姿。少し離れたここからでも、彼女の存在はハッキリと分かった。

 聞き耳を立ててみると、どうやら数人の冒険者と揉めているようで……。


「俺様が相手じゃ、不満だってのか?」

「ええ、そうです。私が探しているのは貴方程度の者ではない」

「な……てめぇ、少しばかり顔が良いからって調子に乗りやがって!?」


 そのうちの一人――細身の【盗賊】であろう冒険者だ――が、しゃがれた声を張り上げた。そして、おもむろに懐からナイフを取り出す。

 これは、不味いな……。


「もしかして、あの女……」

「え、もしかして知ってるんですか。カインさん?」


 そう思っていると、不意にカインさんが思い出したようにそう口にした。

 ボクが訊くと、彼は「やっぱりそうだ」と頷いて言う。


「お前のお仲間だよ、アル。きっとあの女も――『能力測定不能』だ」

「え……?」


 それは、予想だにしなかったものだった。

 こちらが呆けていると、彼は耳打ちするように告げてくる。


「昨日、少し話題になってたんだよ。二人目が現れたってな――なんでも、もの凄い美人な女冒険者だったとかなんだとか。まさか、こんなところで……って?」


 話はそこまでだった。

 それを聞いて、ボクの身体は勝手に動いていた。

 自分と同じ境遇の人を救わないわけにはいかないと、そう思ったから。五年前にカインさんがボクにそうしてくれたように。たとえ、彼のように上手く出来なくても。


 ――ボクは、彼女のことを助けに入らなければならなかった。


「あまり調子に乗ってると、慰み物に――あん?」

「んだよ、てめぇ……」

「あー、えっとですね? 相手は女性ですし、ここは穏便に……」


 とは言っても、話し合いに持ち込むしかなかったわけだけど。

 ボクは苦笑いをしながら、女性と冒険者の間に入った。すると――。


「――ちょっと待て。こいつ、もしかして『能力測定不能』の『雑草狩り』じゃねぇか? 何年か前に前代未聞の数値を叩き出して話題になってたやつ」


 三人いた最後の一人が、ボクを指差してそう言うのだ。

 それを聞いて周囲がざわめき立つ。そして、呼応するように女性のことも話題に上がってきた。同じく『能力測定不能』のやつだ、と。

 そうなると、向かい合っていた細身の冒険者が汚い笑みを浮かべた。


「へ、なるほどな。つまりは傷口の舐め合いか? 情けねぇな」


 ナイフを舐めながら、値踏みをするように。

 ボクはそれを見て気圧されながらも、女性を守るように手を広げた。すると、その時だ。背後からその人がこう言ったのが聞こえたのは……。



「ようやく、見つけました」――と。



 その瞬間だった。

 なにか、熱いものがボクの中に流れ込んできたのは。

 それを解き放つように、ボクは自然に手を前に突き出していた。


「仲良く寝んねしてな! 役立たず冒険者共!!」

「え――!?」


 そして、細身の冒険者が踊りかかってきた刹那。

 胸に灯った炎は姿を現した。



 思わず目を瞑ってしまったボク。

 そんなボクが、次に目を開いた時に目の前に広がっていたのは。



「え……? これっ、て」



 丸焦げになった、三人の冒険者。

 そして、信じられないものを見たと言わんばかりの周囲の眼差しだった。



◆◇◆



 ――しかし事情はどうあれ、酒場で問題を起こした以上は出禁である。

 ボクと女性、そしてカインさんは街の真ん中にある噴水広場にやってきていた。

 ベンチに腰かけた女性は黙したまま語らずに、ボクとカインさんはどうしたら良いのか分からずに顔を見合わせるのだ。


「それにしても、アル。お前――いつの間に魔法を?」

「いや、分かりません。なんか、突然に……」


 答えは闇の中。

 ボクとカインさんはやはり、腕を組んで頭を悩ませることになった。

 しかし原因であろうのはなにか、見当はついている。それは今、一人黙してベンチに腰かけているこの美女であり、その名を――。


「――あの、エリム・クィンティアナさん、だっけ?」


 そう言った。

 けれどもそれ以上の情報はない。

 自己紹介をしてからは、ずっとだんまりなのだ。


「………………」

「あのー……?」


 これ、このように。

 なのでボクたちは呆れてため息をつこうと――。


「アルフレッド様、一つよろしいでしょうか?」

「え……?」


 ――した。

 すると、彼女はおもむろにそう言うのだ。

 そしてこちらの答えも聞かずに、立ち上がり、ボクの手を取って。



「私と、パーティーを組んでは下さらないでしょうか?」――と。



 綺麗な顔で、表情一つ変えずに。

 紅の瞳には唖然とするボクの姿が映っていた。



 この時のボクは思ってもみなかった。

 この出会いが、この時の決断が、運命を大きく動かすだなんて。

 『能力測定不能の魔法剣士』――自身がそう呼ばれることになることを、この時のボクは知る由もなかったのである。


 

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