第8話 グランの追憶

『…俺は何故だか分からねぇが、いつの頃からかこういう鉄屑を集めるのが本当に好きになってな…』


そう言ってグランは沢山積み重ねられた鉄屑の中から、小さな銀細工をコルクに手渡してきた。


その銀細工は果物の種くらいの大きさしかなかったが、小さいながらにもものすごく精巧にできていて、少し角度を変えただけでもわずかな光を集めながら細かく反射してしまう程、グランの持つ他の鉄屑達とは格段も違う代物だった。


コルクはグランからその小さな銀細工を受け取りながら、ふとグランの前足を見つめた。


グランの前足もこの銀細工同様とても小さいはずなのに、その指の一本一本が細かく動かせるようにできていて、器用にその銀細工を掴んでいる姿はまるで人間の手のようだった。


…こうしてみると、ネズミの手も人間の手もそんなに変わらないんだな…


そんな事を思いながら、グランからその銀細工を受け取ったコルクは、思わず驚愕の声をあげた。


「…これは…!!」


その声に反応するかのように、チャチャとポトフも横からその銀細工を覗き込む。


その瞬間、コルクの脳裏には今朝出会った時のクリフの姿が思い浮かんでいた。


それはどうやらコルクだけではなく、チャチャとポトフも同じだったようで、ふいにチャチャの表情が険しくなった。


『…コレッテ…』


『…あぁ、間違いなくクリフの物だな。』


思わず漏らしたポトフの言葉に、そう言ってチャチャは目を細めた。


『俺はここに大好きな鉄屑を沢山集めて、自分だけの鉄の城を作る事が夢なんだ。』


そう言ってグランは、この銀細工を手に入れた経緯について、ポツリポツリと語りはじめた。


『これは鉄ではないんだろ?初めて拾った時からそう思っていた。』


そう言ってコルクの持つ銀細工を優しく見つめるグラン。銀細工の揺れに合わせて、グランの瞳もゆらゆらと輝いている。


「そうですね。厳密に言えばこれは銀です。原産地までは分かりませんが、この細工の仕方から見て、多分ここからさらに南に行ったラグール地方の装飾職人が作った物だと思います。ラグール地方では、銀細工に女神のモチーフを模したデザインを施して、船旅のお守りにする習慣がありますから。この街の人達の服装を見る限り、同じ貿易街でもこのあたり一帯にはそういった習慣はなさそうですし、この地方の職人ではこの作業を施す事自体がまず無理です。とてもここまで精巧に、かつ光度の高い代物に仕上げる技術が出せるのは、先祖代々からその方法を厳しく確実に受け継いできた方々でしか成し得ない技でしょうからね…。」


そう言ってコルクはその銀細工を隅々にまで一通りルーペで確認すると、それを今度は発光石の光に当てながら丁寧に眺めはじめた。


『…ということはやはり…』


チャチャがコルクの手元を覗きながら呟く。発光石の光に当てられたせいか、同時にチャチャの瞳孔が縦に細長く伸びた。


「まぁクリフさんの物でまず間違いはないでしょうね。ここから数万キロも離れた地域の工芸品を二つもぶら下げている人なんて、そうそういないでしょうから。」


『…デ?グランはコレをドコで見つけタノカ?』


ポトフが片言混じりに尋ねる。


『その日はいつものように鉄屑を探しに出掛けていたんだが、なかなかいいのが見つからなくてな。結構遠出までしてみたんだが、珍しく何も収穫がなかった俺が仕方がなく手ぶらでこの港に帰ってきた頃には、辺りはすっかり夜になっていたんだ。…で、とぼとぼと歩いてこの小屋へと向かっていたら、あの例の建物の近くに差し掛かった時に、猫の鳴き声が聞こえてな。しかもそれが一匹や二匹の声じゃねぇモンだからそっと建物の影から覗いてみたら、10匹くらいいるじゃねぇか。だから俺は、げぇ~…今日の満月の集会はここだったのかよ!って思ってそ~っと別の元来た道を戻ろうと思ってたら、急にソイツが立ち上がってよ。その時にあぁ、この猫達はこの人間に群がっていたんだなって事が分かったのさ。』


「それがクリフ…」


コルクのその問いかけに静かに頷くグラン。


『クリフは一体そこで何をしていたんだ?』


チャチャが再び目を細めて尋ねる。


『…餌だよ。』


「…は?」


思わずコルクとチャチャの声がハモった。


『…だから餌だよ。アイツは一人で猫に餌をやっていたんだ。…とりあえず満月の集会で他の地域から来た猫さえ混じっていなければ、港の猫なんて正直みんなチョロいからな。基本的に港で猫に餌をやる奴なんて普段から山ほどいるんだ。だから港の猫は大抵満腹で他の地域の猫に比べても圧倒的に動作が鈍い。どうせ見つかっても余裕で逃げ切れるだろうと考えた俺は、ついでに自分もその餌のおこぼれをもらってやろうとずっと物陰からその機会を伺っていたのさ。』


そう言ってグランは前足で自分の顔を軽く洗うと、少し鼻をヒクつかせてからすぐに言葉を続けた。


『…そしたらソイツの首と腕に見たこともない金属がぶら下がっているのを見つけてな。満月に反射してキラキラとそれが輝くのを見て、あぁこの世の中にはまだこんなに綺麗な鉄があるんだと思って、俺は餌をもらうのもすっかり忘れてずっとそれに見とれていたのさ。』


そう言ってどこか懐かしそうにコルクの持つ銀細工を眺めるグラン。


『その時の餌は魚の切り身でな。大雑把に切られた魚の身が、バケツ一杯に入ってた。…で、それをその男は少しずつ取り出しては猫に向かって投げていたんだが、ある時餌を出すのにもたついてな。その瞬間にしびれを切らした一匹の猫が催促をするかのように、その男の左手を前足でかぐったんだ。その時ちょうど男が左手につけていたブレスレットの一部が俺の足元まで飛んできてな。俺はすぐにそれを拾ってこの小屋にまで急いで帰ってきたのさ。』


「それはいつ頃の話なんですか?」


『確か…三ケ月くらい前の満月の日だったかな。』


コルクの問いかけに、グランは一瞬考え込んだようではあったが、すぐに答えを出した。


『それは確かなのかい!?』


グランのその言葉に、チャチャが思わず身を乗り出す。


『あぁ。これを見つけた日の事だからしっかりと覚えているさ。』


そう言って、自慢気に鼻をヒクつかせるグランの言葉にチャチャはさらに険しい表情となって答えた。


『三ケ月前の満月の日といえば…ちょうど港の猫がいなくなり始めた時期だ。』


「それは本当なんですか!?」


チャチャのその言葉に、今度はコルクが声をあげた。


『…あぁ、その時の満月の集会の日は、いつも以上に港の猫の出席率がものすごく悪かったってモスガンがぼやいていたからね。…大方目先の餌につられて出席しなかった連中が根こそぎソイツに拐われてしまったんだろ。』


そう言うと、チャチャもグランと同様に前足で自分の顔を丁寧に洗いはじめた。


「とりあえずチャチャさんとグランさんの話を合わせてみても、クリフが今回の猫拐い事件に関与しているという事でまず間違いはないでしょうね。…あとおそらく彼が猫アレルギーだという事も…」


『…多分嘘だろうね。本当に猫アレルギーの奴は、あんな私の毛でまみれた女の家になんてあがり込むような真似はしないだろうさ。』


「おそらく自分を捜査の目から反らす作戦なのでしょう。…何にせよお手柄ですよ!グランさん。」


そう言ってコルクは自分のポケットから赤い紐を取り出すと、それに銀細工と青い石のアクセサリーをつけてグランに手渡した。


『…これは?』


「勇者の印です。これなら首から下げれますからね。」


『コイツはカッコいいな!俺にピッタリだぜ!ありがとよ!』


そう言ってグランは首から背負っていた餌の入ったハンカチを床におろすと、とてもいとおしそうに銀細工と青い宝石を眺めはじめた。


「首につけてあげますよ。これであなたと他のネズミとの区別もつきますしね。ちなみにその青い石は、僕からのほんのお礼です。」


そう言ってコルクは優しく微笑みながら、グランの首元に勇者の印をつけてあげたのだった。

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