第7話 グランの宝物
港につくとすぐに、グランは勢いよくコルクのターバンから飛び出すと、そのままコルクの体をつたって地面へと降りたった。
『本当にいいのか?こんなご馳走までいただいちまって。』
チャチャから昨日もらったエサを、コルクから借りたハンカチに丁寧にくるんで、まるで風呂敷か何かのようにして背負っているグランは、とても嬉しそうにコルク達に向かってそう言った。
ちなみにチャチャは万が一にでも人の目に触れてしまわないように、今はコルクが下げているカバンの中で身を潜めている。
「あなたはこれからどうするんです?」
海から吹き上がる強い潮風に、コルクは片手でターバンを押さえながら、少し大きめの声でグランにそう尋ねた。
『おかげさまであんたの読み通り猫がいなくなったこの港は、いまや我々ネズミにとってはこれ以上にない楽園となっているからな。今では以前の何倍もの数のネズミが、ここで生活をしているんだ。それこそ街中のネズミ達がここに集まってきてるんじゃないか?』
そう言って得意気に鼻をヒクつかせながら話をするグラン。
コルクは正直あまりそんな光景など想像もしたくはなかったのだが、街中のネズミがこの港に集まっているとなると、ヘタをすればこの街の住民の数よりも多いのかもしれない。
そんな事を考えながら、自分の思いとは裏腹に思わず大量のネズミがひしめき合っているような光景を頭の中に浮かべてしまったコルクは、まるでその映像を無理矢理打ち消すかのように激しく首を横に振った。
『ここのネズミは数が多い上に、猫に出逢ってしまうリスクが少ないぶん普通のネズミ達にくらべて行動範囲も広いんだ。ほら、この港は建物と建物が重なり合ってる場所が多いだろ?だから人の目にもつきにくくってな。俺達ネズミにとってはとにかく移動がしやすいんだ。』
そう言ってグランはこちらを振り向いた。
今日は天気がいいのにも関わらず、海からの風はかなり強い。
グランのヒゲも潮風に吹かれて激しくみだれながら常に揺れ動いている。時折強い風が吹き上がる度に、その体が吹き飛ばされてしまわないように上手く地面にしがみついてみせる姿は、さすがだなとコルクは内心感心をしていた。
『だから俺は、ここにいるネズミ達に色々聞いてまわってみようと思ってな。それこそこの街の人間達に聞いてまわるよりも沢山の情報がいっぺんに集まるんじゃないか?俺も結構この港に住み始めてから長いほうなんだが、実は向こう岸とかにはあまり行った事がなくてな。これを機にそっちの方へも足を伸ばしてみたいと思ってるんだ。』
そう言ってグランはまるで俺に任せろと言わんばかりに自慢気な表情を浮かべた。
潮風に揺られ続けているグランのヒゲが、より一層彼の事を勇ましく見せる。
彼の言うとおり、今この港に街中のネズミが集まっているというのであれば、これ以上に効率のよい事など他にはないだろう。
街でむやみやたらと動き回ってしまうより、一ヶ所で聞き込みを済ませてしまう方が明らかに時間短縮にもなるし、もちろん能率自体も良い。
コルクは港での情報収集はグランに任せて、自分とチャチャは別の方面からこの件に関しての調査を行っていこうと考えていた。
今日の海は波も高く、不規則に立つ白波がいつもより多く目立つ。
埠頭に向かって強く打ちつけてくる波も手伝ってか、白いしぶきがあがる度にこの港に停舶する船を大きく揺らしていた。
そのせいか今日は港で作業をする人間が一人もいなかったのが何よりもの救いで、コルクは波の音と風の音だけが繰り返されるこの港の事を、ゆっくりと見渡していた。
「ところであそこの建物は一体何なんですか?…初めてここに来た時からずっと気にはなっていたんですが…」
そう言って海を見渡していたコルクは、ふと自分の目についた船着き場に併設されている倉庫のような建物を指差した。
『…あの建物は確か…』
チャチャがそう答えようとしたその瞬間…
『あー!思い出した!』
突然グランが大きな声をあげた。
「い…いきなり何です!?」
あまりにも体に不釣り合いすぎるその大きなグランの声に、思わず驚いてしまったコルクは彼につられて大きな声をあげた。
だが当のグランはそんなコルクの様子になど全く構う事もなく、そのまま言葉を続けた。
『お前!今すぐ俺を昨日会った倉庫にまで連れて行ってくれ!』
そう言ってその場で激しく足踏みをはじめるグラン。その表情はかなり慌てている。
「それはいいですが…一体どうなされたんですか?」
そう言ってその場で腰を深くかがめ、グランが自分の肩へとのぼりやすいよう、そっと体を近づけるコルク。元々先に肩に乗っていたポトフはコルクのそんな行動を察してか、黙って静かに反対側の肩へと移動していた。
『思い出したんだよ!俺があの男と出逢った時の事を!今すぐあの小屋まで来い!その時の証拠を見せてやる!』
そう言ってグランは差し出されたコルクの腕にしがみつくと、再び勢いよくコルクの頭の上へと駆けのぼって行ったのだった。
◇◇◇
『ついて来い、こっちだ。』
小屋につくとコルクの頭の上にいたグランは、再びコルクの体をつたって地面へと降り立つと、そのまま古い柱を使って天井裏へと駆け上がって行った。
コルクは壁にかけてある梯子を使って天井裏へと上がると、カバンの中からチャチャを抱きかかえてそっと床へと彼女を降ろした。
チャチャはその場で欠伸混じりの背伸びを一つ済ませると、今度はしっぽをピンっと立てながら静かな足取りでグランの後をついて行った。
朽ちた小屋の壁に開いている数ヶ所の小さな隙間からも、確かに外の光はわずかながらにこちらへと向かって差し込んできてはいるものの、それでもこの天井裏は奥に行くにつれてかなりの暗さが続いていた。
コルクはスモールサイズの発光石を手際よく発光させると、肩に乗っているポトフの嘴にくわえさせて、そしてそのままグランとチャチャの後を追った。
グランはネズミ特有の素早い動きで天井裏の床を一気に駆け抜けると、そのまま勢いを緩めることなく、壁に開いた小さな裂け目のような穴の中へと飛び込んで行った。
その裂け目のような穴は、もちろんネズミ一匹が何とか入れる程度の小さなスペースしか開いていない。
まるで弾丸かのようにまっすぐと穴の中へ消えていったグランの姿を見送ったまま、穴の中へと入ることのできなかったコルクとチャチャは、ただひたすらにその壁の前で立ち尽くしていた。
すると、穴に飛び込んだはずのグランがすぐさまこちらへと戻って来て、穴の中からひょいっと顔だけを覗かせながらコルク達に向かってこう言った。
『なにをモタモタやっているんだ!穴に入れなければ、そこの鉄の扉から中を覗いてみればいいだろう!?』
そう言ってグランが示した先には、小さな鉄の扉があった。
チャチャとコルクは黙って顔を見合わせると、チャチャが小さく頷いて、それを合図にコルクはゆっくりとその小さな鉄扉の取っ手を握りしめた。
その扉もこの小屋と同様に、とても古い物なのだろう。
扉自体もかなり錆びついてしまっている上に、取っ手を握る度にこぼれ落ちるその朱色の鉄粉が、何とも鉄臭い香りを醸し出して、コルクの鼻を不快に刺激した。
扉を開くにはかなりの力を要したが、それでも何とか力ずくで扉を開ける事に成功した。
扉が開いた瞬間、コルクとチャチャとポトフがそっと壁の中を覗いてみると、中には沢山の小さな鉄屑が積み重ねられていた。
ポトフがくわえている発光石の光に反射して、鉄屑達はキラキラと幻想的な光を放っている。
思わず溜め息が零れてしまいそうな程に美しいその光景に、すっかりと見とれてしまったコルク達の姿を確認したグランは、妙にあらたまった態度でこう言い出した。
『我が家へようこそ。これからあなた方に私の自慢のコレクションをご紹介いたしましょう。』
そう言ってグランはまたもや得意気に自分の鼻をヒクヒクと動かしたのだった。
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