第4話 モスガン

『猫拐いの犯人なんて知らないわよぉ~!私も猫拐いが怖くって、最近はもうこの辺までしか外に出られないんだからぁ~!』


チャチャに連れられてムルクルの街へと戻って来てすぐ。


コルク達はいつも『猫のお頭』がいるという細い路地の中へとやって来た。


コルクの目の前には、ゴミ箱の上に乗って妙に体をくねくねとさせながら、これまた奇妙で気色の悪い言葉を羅列しているフサフサの猫がいた。


その猫は、毛こそはフサフサとしているものの、その体は普通の猫に比べてかなりの重量級で、左目の周囲に縦方向につけられた古い傷痕も相まって、見た目はとにかく凶悪そのもの。文字におこせばどことなく女性らしくも思えるその言葉づかいも、実際の音声で聞けばものすごく野太くたくましい、まるで地鳴りのような声だった。


…そんな見た目であるにも関わらず、目の前にいるその猫は、あお~んあお~んと妙に艶かしい声をあげながら、猫拐いの事を『怖い、怖い』とのたまい続けている。


そんなその猫の奇妙で不可解すぎる行動に、コルクとポトフの目は一気に点となってしまっていた。


『…彼の名前はモスガン。今はこんなナリをしているが、彼はれっきとしたこの地域を総括する猫のお頭だ。』


そう言って何だか面目なさそうな表情で顔を伏せながら、前足で彼の事を紹介するチャチャ。


『彼』という言葉に違和感が走る。


『エェ!?コノ人が!?』


チャチャのその言葉に、思わずポトフが驚きの声をあげた。


「…威厳ある猫のお頭にしては、何だか少しご様子がおかしいようですが…」


コルクはモスガンの姿をまじまじと眺めながらチャチャにそう尋ねた。


『ボスは今月の頭に家族から無理矢理去勢手術を受けさせられてな…それからだ。なんかこう…女性らしくなってしまってな…』


そう言ってチャチャはさらに申し訳なさそうに顔を伏せた。


オス猫は発情期になると外に出たがる頻度が増えてしまうという。


もしかするとミモザがチャチャの外出をやたらと心配していたのと同様に、このモスガンを飼う家族も彼が猫拐いに出会ってしまわないよう、外出の機会を減らすという目的も含めて彼に去勢手術を施したのかもしれない。


…にしても『猫のお頭』というものが、去勢手術一つでここまで変化してしまうものなのだろうか。


コルクの頭の中に、ふとそんな疑問が横切ったりもしたが、チャチャはそんなコルクの事になど全く気にも止めていない様子で言葉を続けた。


『ただでさえ猫拐いのせいでバラバラになってしまったこの街の猫達の連携が、このボスの変化によってますます統率がとれなくなってしまっているのが現状でな…』


そこまで言って言葉を濁すチャチャ。


どうやらあらゆる混乱が同時期に積み重なってしまった事により、連携や統率がとれなくなってしまったこの街の猫の組織関係は、すでに壊滅状態へとさらされてしまっているらしい。


『あ~ん、それじゃあまるで私が悪いみたいじゃな~い!私だって怖いんだからァ~ん!私が拐われちゃったらどうするのぉ~ん!?』


そう言ってわざわざゴミ箱から降りて、ひょこひょことコルクの足元にまでやってくると、スリスリと自分の体をコルクに擦りつけ始めるモスガン。


「…あなたが拐われるような事はないと思います。…結構重たそうですしね。」


『いやん!ひどいぃぃぃ!』


コルクはそう言って足元でくねくねと体をくねらせ続けているモスガンを優しく抱き抱えると、元のゴミ箱の上へと戻しながら彼の瞳をジッと見つめてこう言った。


「この周辺を取り仕切っているあなたであれば、猫拐いの犯人に繋がる手掛かりを何かご存知なのではないかと思って、やって来たんですが…」


そう尋ねるコルクの言葉に、モスガンは首を少しかしげながら答えた。


『…そうねぇ~とりあえず前は定期的に行っていた満月の集会も、この猫拐い事件がはじまってから出来なくなっちゃったし、そのおかげで前みたいな猫同士の情報交換が出来ないから、正直なところ今は私にまであまり情報がまわってこないのよ。』


そう言って自分の前足をペロペロと舐めるモスガン。


「…そうですか…。」


モスガンのその答えに、残念そうな表情を浮かべ、ガックリと肩を落とすコルク。


そんなコルクの様子をみたモスガンは、まるで何かを思い出したかのように声をあげた。


『あ!でも…はじめにいなくなったのは港をねぐらにしていた猫達だったって聞いたことがあるわね。だったら、港にいる猫達に聞けば何かが分かるんじゃないかしら?』


そう言ってフサフサのしっぽを不規則に動かすモスガンに対して、チャチャは少し厳しい表情で答えた。


『…どうかな。港の猫がたった数日間で根こそぎ拐われてしまったという話は、猫界隈ではもう有名な話だからな。私がチビの元へ毎日通っていた時も他の猫になんて一切出会わなかったし、今は港に近づく猫なんてもう一匹もいないんじゃないのか?』



猫一匹いないとならば…



チャチャのその一言にハッと何かに気がついたコルクは少し慌てた表情となって、そのままチャチャに声を掛けた。


「チャチャさん!もう一度港に行きましょう!もしかしたら港には別の目撃者がいるかもしれない!!」


そう言ってコルクは、チャチャとポトフを引き連れて、再び港へと走り出して行ったのである。

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