第5話 グラン

「チャチャさんとポトフはここで待っていて下さい!僕はちょっと話の聞けそうな人を探してきます!」


コルクは船着き場でチャチャとポトフにそう告げると、港に並んでいる小屋の方へと走り出した。


その小屋の中でも一番古い小屋を見つけたコルクは、その小屋に鍵がかかっていない事を確認すると、小屋の扉をゆっくりと開いた。


小屋の扉はすでに朽ちかけていて、コルクが扉を開ける動作に合わせて、まるで悲鳴をあげるかのように軋んだ音を立てた。


その小屋は漁師が使用していたものだろうか。網や縄など漁業に使用するような道具達が所々に放置されている。


その道具達の上に厚く積もった埃と小屋の中に充満しているカビ臭い香りが、この小屋がもう随分と前から使われていない場所なのだという事を静かに物語っていた。


コルクは壁にたてかけてある梯子を見つけると、そのままそれを登って天井裏へと顔を出した。


天井裏はさらに暗い。


もう少し待てば、この暗闇にも瞳は徐々に慣れてはくるのだろうが、それでもこの暗さの中で調査を行うというのはかなり不便なものである。


そう考えたコルクは、自分のカバンの中から掌サイズの短い棒を取り出すと、それを左手に構えた。


その棒の先には小さな石がつけられており、逆に棒尻の方にはもう一つの小さな石が紐で結ばれる形でぶら下がっていた。


コルクは、棒尻から紐でぶら下がっている方の石を右手で構えると、左手に握っている棒先の石に向かって強く打ちつけた。


すると石と石とがぶつかり合った衝撃によって、棒先の石からはぼんやりとした薄緑色の光が放たれ、その空間にほんのりと小さな灯りが広がった。


コルクはその光る石棒をまるで松明たいまつのように掲げると、残りの手足を駆使して天井裏へとよじ登った。


石棒の光はお世辞にも「明るい」とは言いがたいが、それでも数歩先の状況が把握できるくらいには光ってくれている。


この棒先にある石こそ『発光石』と呼ばれるものであり、冒険家の間ではかなり重宝されている代物だ。


元々はガルーダ地方の火山に棲む聖霊が宿った石だけが発光するのだとか、同じくルンビナ地方にある森の中の洞窟に棲む妖精たちが魂を宿したから発光するのだとか、色々な仮説が語り継がれているが、結局のところは何故この石が発光するのかは未だに解明されていないのが現状である。


どちらにせよ暗闇を調査する者達にとっては便利な物である事には変わりはないので、現在ではこの発光石を専門に精製している職人が存在するくらい、この世界では多く流通していた。


「…3日くらい前だったらラージサイズの発光石を持っていたんだけどな…」


思わずそう呟くコルク。


実はこの街に辿り着く直前に出会った洞窟探検家達に、ラージサイズの発光石を5セット売ったばかりだったのだ。


「…またポトフに買い出しを頼まないといけないな…」


コルクは自分の手にしているスモールサイズの発光石について少しだけ嘆くと、服についた埃を軽く払いながらあたりを見渡した。


すると、揺れる発光石の光に反応して、逃げるように小さく素早い足音が生まれたのを聞き逃さなかったコルクは、ゆっくりとその足音の持ち主の元へと徐々に間合いを詰めていった。


その小さな足音は、徐々に近づいてくるコルクから必死に逃れようとしたつもりが、逆にまんまとコルクの策略にはまってしまったようで、逃げ場の少ない天井裏の隅へと追いやられたまま、その場で立ち往生をしているらしい。


その証拠にその小さな足音はすでに、忍び足から慌てふためくような騒がしい足音へと変化を遂げており、行き場もなく右往左往する足音の動きから、その者の必死さがまるで手に取るかのように伝わってきた。


一方コルクは、そんな足音の主の動揺になど構う様子すらなく、相変わらず静かにその者との間合いを詰めていきながら、ゆっくりと発光石で照らす範囲を広げて行った。


その足音の主の体を、発光石が足元から順番に照らして、徐々にその者の正体を明らかにしていく…


ついに発光石によって顔まで照らされてしまったその瞬間、その者はキィ…!!と何かこすれるような鳴き声をあげて、すぐさまその場から逃げ出そうとしたが、コルクはすかさずその者のしっぽを手で捕らえて離さなかった。


「…手荒な真似をしてすみません。どうかこれであなたに協力していただきたい事がありまして…。」


そう言ってコルクは必死に逃れようと暴れ続けるその者のしっぽを掴んだまま、カバンの中から小さなチーズをひとかけら取り出して、その者の前へと静かに差し出した。


「…キィ…?」


そう言ってしっぽを捕まれたままキョトンとした表情でこちらを振り向いたのは、一匹の小さなネズミの姿だった。



◇◇◇



「遅かったわね。お帰りなさい、待ってたのよ。」


そう言って扉を開けたミモザは優しい笑顔でコルク達を迎え入れた。


辺りはすでに薄暗くなっている。


「…こら!チャチャ!こんな時間までどこ行ってたのよ!…こんなにほっつき歩いてたらついて行くほうも大変でしょー!!…えっと…ほら…その…」


ミモザはコルクの足元にいるチャチャの姿を見つけるやいなや、チャチャに向かってそう勢い良く怒鳴りつけたが、すぐにコルクの方を見て口ごもってしまった。


「…コルクです。そしてこちらの鳥の名前がポトフ。」


そう言ってコルクは改めてミモザに自己紹介を済ませたのだった。


「お礼といっては何だけど、今夕御飯のシチューを作ってるから、ちょっとそこで待ってて。」


そう言ってミモザは、コルク達を奥の部屋へと通した。


チャチャもコルクについてトットットとその部屋の中へと入っていく。


「はい、チャチャ。あんたにはこれね。」


そう言ってミモザは、手際よくチャチャの目の前に餌の入ったエサ箱を置くと、再びキッチンの方へと向かっていったのだった。


コルクはミモザが部屋の中からいなくなった事を確認すると、自分の頭に巻いていたターバンをするすると解きはじめた。


するとターバンの下から現れたコルクの頭上に乗っていたのは、先程の小さな一匹のネズミであった。


『…ぷっは~!!やぁっと外に出られた!もうこの中は息苦しいのなんのって!』


そう言ってそのネズミは息つく間もなく早口でそう話すと、コルクの体をつたって床へと降りたった。


『…まったく一体ここはどこなんだ~?泣く子も黙るこの俺様を、こんな訳の分からない所に連れてくる…なんて…』


そう言って元気よく床の上を走り出したネズミだったが、すぐにモフっとした柔らかい毛に阻まれてその足を止めてしまった。


自分の前に立ちはだかる大きな影に、思わずゆっくりと頭をあげてその姿を確認したネズミは、みるみるうちにその表情を恐怖の顔へと変貌させていった。


…そう、ネズミの目の前にいたその大きな影の正体こそ、ネズミの天敵である猫のチャチャであったのだ。


『…おいっ!何で猫がいるんだよ!?猫絡みの案件だと分かっていたら、こんな所にまで来ない…!!』


ネズミが驚愕の表情のままコルクに向かってそう苦情を言いはじめた瞬間、チャチャはネズミの目の前へと勢いよく自分の前足を振り下ろした。


『…ひぃっ!!』


幸いチャチャの前足には当たらなかったものの、ネズミはチャチャの突然のその行動にさらに怯えながら体を大きく仰け反らせた。


『…勘違いするなよ?こっちも貴様みたいな姑息で汚ならしい奴と手を組むつもりなんてさらさらないんだからな。』


そう言ってチャチャは冷たい声と表情でネズミの事を見下ろしながらそう言った。


チャチャの鋭く光るその瞳に睨みつけられたネズミは、まるで蛇に睨まれた蛙かのように目を見開きながらカタカタと全身を震わせている。


「まぁまぁチャチャさん、そんな風に言わないで下さい。…仕方がないでしょう?いまやあなた達猫は港には近づけない状況なんですから。それにもし本当に港に犯人が出入りしているのだとすれば、僕やチャチャさんが頻繁に港に顔を出す事でかえって目立ってしまいます。今頼りになるのは、港を密かにそして自由に行き来できる彼らだけなんですから、ここはひとまず…」


そう言って二匹の間に割って入ったコルクを盾に、気を大きくしたのか調子に乗りはじめたネズミは、チャチャに向かって挑発めいた言葉を発しはじめた。


『そーだ!分かったか!?この猫野郎ッ!!港の調査は今や俺達しか出来ねぇ!こんな大がかりな仕事、チーズのカケラだけじゃあ割に合わねぇな!悔しかったらお前も誠意を見せるために、俺に何かよこしやが…れ…!?』


そう言った瞬間、ネズミの頭上でチャチャは冷たい表情のまま再び右前足を高く掲げた。


『…ひっ!!』


再び悲鳴をあげてその場にうずくまるネズミの前に、チャチャは無言で自分のエサ箱を差し出したのであった。

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