その2

●これまでのあらすじ

 獅子ししりゅう迷宮の一室にて――。ナオハルが魔族娘達の目を避けてバッグから取り出したのは、一着のビキニアーマーだった。いったいナオハルに何が……?


◆ ◆ ◆


 さかのぼること十数分前――。

「お帰りなさい、ナオハルさん。何か掘り出し物はありましたか?」

 ちょうど楽屋で昼食を終えたばかりのフェリスが、市場から帰ってきた僕に、懐っこい視線を向けてきた。

 ネコミミっぽい形の金髪をした、小柄な女の子だ。見た目は人間と大して変わらないが、これでも種族はドラゴンである。この小さなダンジョン・獅子竜迷宮で、迷宮長マスターをしている。

「あ、ああ! いろいろ買ってきたよ!」

「うにゃ? 何ですか、その不自然なハイテンションは」

「何でもないよ! ほ、ほら、これが今日の戦利品さ!」

 僕はそう言って、アイテムバッグとは別に持っていた革袋を、テーブルの上に置いた。


「にゃっ、見せてください!」

「ぎゃう! タニヤも見る!」

 近くでパンをかじっていたグールの少女・タニヤも、興味津々の顔を向けてくる。

 彼女もまた、獅子竜迷宮の従業員だ。享年十四歳。腐敗の証っぽい褐色肌がかえって健康的に見えなくもない、無邪気なアンデッドである。ちなみにゾンビの弟妹が三人いて、こちらは完全に腐っている。

「ぎゃう? 植木鉢?」

 タニヤが袋から鉢を取り出し、首を傾げた。食べ物でも出てくると思ったんだろうか。

「ああ、薬草栽培用のプランターが安かったから、追加分として買ってきたんだ」

「ナオハルさん、こっちのタネは何ですか?」

「毒消し草のタネだよ。うちにあるお宝って、今まで、体力回復用の普通の薬草ばかりだったろ? だから他にも育ててみようと思ってさ。あとは、麻痺治し用の薬草と、MP回復用の薬草。それからそっちの苗は、服用すると少しの間攻撃力が上がる薬草で――」

「見事に薬草ばかりですね……。せっかく魔王城直轄の市場でセールがあるからって、張り切って朝一で行ったのに。もっと他にいいものはなかったんですか? よさげな武器とか、よさげな防具とか、私のおやつとか、何かあったでしょ」

 フェリスが呆れたように言う。何だその「私のおやつ」って。

 それでも、僕は笑顔で首を横に振った。

「確かにそういう買い物もできなくはなかったけどさ、まずはうちのコンセプトをはっきりさせた方がいいと思ったんだ」

「うにゃ? コンセプト……ですか?」

「ああ。うちのダンジョンで手に入るお宝って、基本的に薬草だけだろ? その代わり攻略の難度が低い。それが売りだ。でも、それだけだとまだ特色が薄いからね。こうしていろいろな薬草を置いた方が、より多くの冒険者のニーズに応えられると思ったんだ」

「なるほど。うちを薬草特化ダンジョンにしようって作戦ですか」

「ああ。少しでも多くの冒険者に来てもらうためにね」


 ……こんな僕らの会話は、もし事情を知らない冒険者が耳にすれば、とても奇妙なものに聞こえたに違いない。

 人類の敵対者である魔族が、ダンジョンで冒険者のために薬草を提供する――。確かにおかしな話だ。しかし僕ら魔族にとってみれば、これは不思議でも何でもない。

 なぜなら、この世界各地に存在する「ダンジョン」とは、魔族が経営する、冒険者向けの娯楽施設なのだから。

 冒険者にスリルとお宝を提供する。それが、僕ら魔族がダンジョンでおこなっている仕事だ。もちろん訪れる冒険者からは、「とある形」で入場料をいただいている。

 ……まあ、その辺の詳しい話は、また別の機会にするとして。


 ともあれ、僕ら魔族がダンジョンの経営を維持するためには、いかにして冒険者に来てもらうかが大事なのだ。

 冒険者が好むダンジョンと言えば、レアなお宝や強力なモンスターのいる、挑みがいのある場所と決まっている。しかしあいにく、この獅子竜迷宮は弱小ダンジョン。そんな大層なものを揃える予算はない。

 だから僕らは、獅子竜迷宮を「簡単」にすることで、冒険者を集めようとした。攻略難度を極限まで下げ、提供するお宝は薬草のみ。要するに、あくまで初心者向けにすることで、冒険者のニーズに応えようとした。

 もともとフェリスを始め、うちに集まったモンスターが、みんな弱っちかったから――という事情もある。しかし僕らが獅子竜迷宮という居場所を守るために賭けたこの薄利多売商法は、幸いにもヒットし、訪れる冒険者の数を増やすことに成功したのだった。

 それが、今から二ヶ月ほど前のことだ。

 ただ、このまま簡素なダンジョンを続けていては、いずれ冒険者達に飽きられてしまう。だからテコ入れの意味も込めて、こうしていろいろな薬草を買い込んできた――というわけだ。

 まあ、説明はこれぐらいにして。


「兄ちゃん、これ何?」

 タニヤが続いて引っ張り出したのは、肥料の入った袋だ。よせばいいのに鼻を近づけ、クンクン臭いを嗅いでいる。

「タニヤ、それ嗅がない方がいいぞ? 腐った土が詰まってるから」

「兄ちゃん、これいい匂い! タニヤが埋まってた墓地と同じ匂いがする!」

「そうか、よかったな、タニヤ……」

 ……ダメだ、アンデッドの嗜好が理解できない。

 僕が戸惑っていると、そこへもう一人、従業員の少女が顔を出した。


「フェリス、そろそろ休憩時間終わりだよ? 私もお昼食べたいから交代して――あ、人間くん、お帰りっ♪」

 アルバイトで来てくれている、セイレーンのセレナだ。極ミニのセパレートドレス姿が魅力的すぎる彼女は、しかしすぐに眉をひそめ、僕を不審げな目で見やった。

「人間くん、その腰のアイテムバッグ、どうして隠すように押さえてるの?」

「気のせいだよセレナっ! あ、そうだ。一度部屋に戻って着替えてこなくっちゃ!」

 セレナの鋭さに内心慌てつつ、僕はバッグを抱え、急いでその場を後にした。

「フェリス、その革袋、薬草置き場に運んどいてくれ!」

「にゃっ、上司をこき使わないでください! あと、やっぱりすっごい不自然ですよナオハルさんっ!」

 うん、自分でもそう思うよ。


(続く)


◆ ◆ ◆


※本作は、2014年11月に発行された読者プレゼント用小冊子『スニーカー文庫の異世界コメディがおもしろいフェア 異世界だらけのストーリー集』に掲載された自作品を、スニーカー文庫編集部の許可を得て掲載したものです。

 なおカクヨムに掲載するにあたり、読みやすさを考慮して、分割・改行・あらすじ等を追加しています。

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