第五章 判明! シャイナーの正体 2
* 2 *
「てめぇ」
転移室を出ると、そこにアクイラとピクシスが待っていた。
「どうしてこうなったのかわかってんのか?」
転移室脇の壁に背中を預けて、腕を組んだアクイラは僕のことを睨み付けてくる。僕の行く手を遮るように立ってるピクシスも、怒っている様子はなかったけど、道を空けてくれる様子はなかった。
「ゴメン。僕の責任だ」
「てめぇ!!」
伸びた手が僕の首をつかむ。
薄手の硬質プロテクターで覆われてる首はアクイラの握力をもってしても絞まることはなかったけど、微かにきしむ音が聞こえていた。
「僕がもっと、作戦開始は僕たちが集まってからって言っておけば良かったんだ。そうすればルプスは、こんなことにはならなかった」
僕の言葉に、アクイラは肩を震わせ、手にさらに強い力を込める。変身スーツにダメージを受けているという表示が出る。
「てめえぇがそんなだからあいつがあぁなったって自覚はねぇのか!」
「――本当にゴメン」
「ぼくのミスでもあるよ。樹里さんに戦闘員の順次投入をお願いしておけばよかったし、開始時間を決めずに全員がアジトに集まってからにすれば良かったんだ。でもね? コルヴス。そういうことじゃない。そういうことじゃないんだよ」
いつにも増して静かで、冷たささえ感じるピクシスの言葉の意味を、僕は理解することができなかった。
「殺し合いをしてたつもりがねぇのは俺たちだって同じだよ。あいつが頑張っちまうってのもわかってて、しっかり言ってやれなかったのは俺だって同じなんだ。でも違ぇ。違うんだっ!」
興奮してまくし立てる言葉を止めて、アクイラは僕の首から手を離す。うつむいて少し疲れたように息を吐き、彼はもう一度僕のことを見た。
「お前が首領なんだ。お前が悪の秘密結社の首領、悪の権化なんだ。俺たちが悪の秘密結社キットを手に入れてもこんなこと始めねぇ。でもお前が始めたんだ! お前がステラートの首領なんだ!! そのことをもっと考えてくれ」
「ぼくたちはとりあえず帰るよ。明日、部室で」
うなだれているアクイラの肩に手を置き転移室へと促したピクシスは、僕に一瞥をくれる。
「ぼくもアクイラと同意見だよ。いまの君は君らしくない。……いや、これはこれで君らしいのかも知れないけど、ぼくが期待した君とは違ってるんだ」
そう言い残して、ふたりはアジトを退出していった。
――僕がステラートの首領。
アクイラの残した言葉を思い返す。
僕はその言葉の意味をわかりそうで、わかることができなかった。
「首領」
微かに辛そうな表情をした樹里が側にやってくる。
「彼女は?」
「こちらです」
廊下に出て連れて来られたのは、待機する戦闘員の増加を見越して増やしておいた第二待機室だった。
扉を開けると、教室ほどの広さの第二待機室の真ん中に、通常は縦にして吊されている戦闘員や怪人を生成するための生成槽が、横にして置いてあった。
はやる気持ちを抑えて、僕はあまり振動を与えないようにして生成槽の側に寄る。
クスリのカプセルを大きくしたような生成槽は、上半分が透明な素材になってるけど、いまはそのほとんどが磨りガラスのように見通せない色に変化していた。
わずかに赤い色の液体がみたされたその中に、ルプス――マリエちゃんが横たわっていた。
呼び出したバイタルモニターで、僕は彼女が生きていることを確認する。肩の辺りまでしか見えないけれど、彼女の胸元が微かに上下していることを見て、僕は崩れ落ちそうになるほど安心した。
少し苦しそうにゆがめられた顔。
いつもまとまらないことに文句を言っている、でも彼女のかわいらしいクセのある髪が、生成槽の中でゆらゆらと揺れていた。
「どうにか一命は取り留めました。ですが現在は安定しているとは言い難い状況です。傷の縫合は済んでいますが、内臓に受けたダメージが大きいため、しばらくは予断を許さない状況です」
「治るの?」
「手を尽くしていますが、容態が安定するまではなんとも言えません。今晩が山場かと。その後は戦闘員用の生成槽ですから治療に時間は掛かりますが、三週間から四週間で傷跡ひとつなく回復できます」
「今晩、か……」
長い夜になりそうだった。
「首領。これを」
言われてそちらの方を見ると、生成槽の側に置かれたテーブルの上に、ルプスの変身スーツがあった。
それからその脇に、ハサミがひとつ。
生成槽で眠るマリエちゃんは変身スーツを着ていない。スーツを解除するには装着者本人が解除指示を出すか、首領である僕が装着者に触れて解除指示を出すしかない。
脱がされた変身スーツは、シャイナーに受けた以上にボロ布のようになっていた。
マリエちゃんの血で赤い模様ができてしまっている変身スーツに触れ、僕はそれに解除指示を出す。
それから残ったハサミを手に取った。
「これは、なに?」
見た目はただの金属製のハサミだ。先端が丸くなって皮膚を傷つけないようになってるそれは、保健室なんかでも見ることがある医療用の普通のハサミに見えた。
「それは緊急時に使用する変身スーツの剥離器具です」
「剥離器具?」
「はい。今回のように変身スーツ装着者に意識がなく、解除の手段がない場合に使用する道具です。ハサミの形状をしていますが、形状は生成時に選ぶことができます」
「じゃあ、シャイナーはこれを?」
ハサミに落としていた視線を上げ、表情のない樹里の顔を見る。
「はい。ですがそれは本来道具であって、武器ではありません。アジトの中での使用を想定しており、エネルギーの消費も決戦武器以上に大きいですし、ハサミやナイフ程度の大きさにしか生成することができません」
――こんなものを、シャイナーは持ち出したのか。
僕は握りつぶすようにして、剥離器具をエネルギーに還元した。
――どうして、こんなことになっちゃったんだろう。
断続的な呼吸を続けるマリエちゃんと、彼女の不安定なバイタルモニターを見ながら、僕は考える。
――どうして僕は、ステラートなんて始めちゃったんだろう。
最初は樹里に乗せられて始めて、ステラートブリッジ計画のことを考えて続けていた悪の秘密結社。
もう残り一ヶ月を切ったのに、僕はまだ「君の悪を示せ」という、あの序文の言葉に応じた自分の悪を、見いだすことができていない。
――その結果が、これだ。
マリエちゃんと、話がしたかった。
マリエちゃんに謝りたかった。
でもなんて言葉で謝っていいのか、僕はその言葉を思いつくことができなかった。
アクイラの言った「お前がステラートの首領なんだ」という言葉を思い出す。
――いったい僕は、どうすれば良かったんだろう。
見つからない答えに、僕はただ立ちつくすことしかできなかった。
「ねぇ樹里。こういうことは、想定されてたことなの?」
何も言わずに僕の側に控えている樹里に訊いてみる。
「はい。悪の秘密結社と正義の味方が戦う場合、最悪死者が出る可能性については取扱説明書にも記載されています。またキットの力は大きいものですので、一般人を虐殺することも可能です」
確かに僕は、いくらでも人を殺すことができる力を持っていた。それをしたいと思わなかっただけで、できることなんて充分にわかっていたはずだ。
その力同士をぶつけ合うシャイナーとの戦いだって、大怪我をする可能性だって、死者が出る可能性だって深く考えなくても可能性があることはいくらでも気づけたはずだ。
――僕は甘かったんだ。
シャイナーに指摘された通り、僕はこの力を甘く考えていただけだった。
それをいまさらながらに痛感するしかない。
――でも、でも!
「なんで言ってくれなかったんだ!」
僕がアクイラにされたように、僕は樹里の首筋をつかむ。
「樹里は全部わかってたはずだ! それなのに、なんで言ってくれなかったんだ!!」
八つ当たりなのはわかってる。
主催者はもしかしたら、こういうことを望んでいたのかも知れない。
いつも読むように言われてたのに、取扱説明書を読んでなかった僕が悪いのもわかってる。
それでも僕は、つかんだ樹里の首に力を込めてしまう。
「わたし、は、キットの、ナビゲーターで、――わたしの役目は、首領の――」
「違う! 違う、そんなことを聞きたいんじゃないっ。樹里はこんなことになってもいいと思ってたの?! これは樹里が望んでいたことなの?!」
おぼれたように息をする樹里の顔は、苦痛に歪んでいた。
――樹里はナビゲーター。ナビゲーターなんだ。
わかっていた。
そう自分で言ってたじゃないか。
でも樹里は僕に言ってくれたんだ。信じてるって、僕と一緒にいてくれるって。
そのすべてがナビゲーターとして、キットの機能として口から出ていた言葉だったんだとしたら、僕はいったい、樹里の何を見ていたんだろうか。
――あぁそうか。僕は、樹里をこんなに信頼してたんだ。
そんな答えに至って、僕はいまにも折れてしまいそうな樹里の首から手を離す。
愚かだったのは僕なんだ。
キットの付属品に過ぎない樹里を信じてしまった僕が愚かだったんだ。
咳き込み床に倒れ伏す樹里。
助け起こしたくなる気落ちをぐっと抑えて、僕は彼女のことを見下ろす。
それでも樹里の信じたいと思ってる自分がいることを、僕は知っている。
けれど彼女を信じるための手がかりが、いまはもう見つからなかった。
「部屋に戻ってる。マリエちゃんに何か変化があったら、少しのことでもいい、呼んでくれ」
咳き込んで答えることもできない樹里をその場に残して、僕は第二待機室を後にした。
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