第五章 判明! シャイナーの正体 1
第五章 判明! シャイナーの正体
* 1 *
残った六体の戦闘員のうち二体が、目の前で塵と化した。
収まらない心臓の鼓動が、荒い息をさらに苦しくさせている。
逃げ出す余裕は、最初の一撃目の段階で失われた。
シャイナーバスターを担いで現れたシャイナーは、必殺の武器を最初から放ち、二度目の出撃でエネルギーが減っていたアルビレオと、数体の戦闘員を葬り去った。
それに留まらず、二撃目のシャイナーバスターが、残った戦闘員の半分以上を、アジトに転移をする余裕とともに吹き飛ばしていた。
――今日のシャイナーは、やっぱりヘン。
口数が少ないのはいつものことだったが、今日のシャイナーはまだひと言すら発していない。
闘志と言うよりも殺意と言うべき雰囲気も相変わらずで、二発放った後に無造作にバスターを捨てた後に抜いたシャイナーソードの攻撃も、いつもよりも繊細さに欠けた無造作な動きのように見えていた。
――それでもやっぱり、シャイナーは強い。
この前ルプスに負けたことによる感情なのか、それとも別の理由のものであるのか。
わずかに身体を斜めに構え、片手で持つシャイナーソードをだらりと下ろしているシャイナー。自然に伸ばされた背筋も、隙を感じさせないゆったりとした動きもいつもと違っているわけではない。
それなのに彼女から感じるピリピリとした、張りつめた雰囲気は、これまで彼女が見せたことのない激しい感情のようにルプスには思えていた。
――怖い……。でもアタシも、負けていられないっ。
怯んで後退りしそうになる気持ちを奮い立たせたルプスは、戦闘員を次の攻撃に備えてじりじりと移動させつつ、シャイナーの動きを観察する。
片刃のソードを返す動きは、攻撃に移る合図。
その瞬間だけは、シャイナーにほんのわずかだけど隙ができるのを、ルプスは知っていた。
――行け!
シャイナーを取り囲む戦闘員を、同時にスタートさせる。
三方向の同時攻撃に対応してくるシャイナーは、四方向だと対応が怪しくなり、五方向になると最低ひとつは注意を向けきれなくなる。
ルプスは目の前の戦闘員の影に隠れて、自分も遅れることなくシャイナーに向かって跳んでいた。
自分の弱点は攻撃力の低さと、体力のなさ。
戦闘員の管制についてはほめられてはいるものの、できれば自分の手でシャイナーを倒したい。
運動は不得意ということはなかったが、シャイナーに勝つためにアクイラや戦闘員を相手に模擬戦は良くやっていたし、体力作りのためにランニングもずいぶん前からやっていた。
充分なレベルに達しているとは思えなかったが、できればシャイナーに初戦の時以上のダメージを与えたいと、ルプスは思っていた。
流麗の一言に尽きる足運びでわずかに動き、美しい剣の一閃を殺到する戦闘員に向けて放ったシャイナー。
同時攻撃のタイミングをずらされた戦闘員の三体が、たった一閃よって塵と化した。
――嘘っ。見えてるの?!
前回戦ったときよりさらに強くなっているのを意識したとき、返す刀がルプスの正面にいる戦闘員を塵と変えていた。
――まだ、行けるっ!
崩れ落ちていく戦闘員の影から飛び出したルプスが、超接近戦を挑むべくシャイナーに接近する。
それを予期していたのだろう、シャイナーはまるでルプスをボールか何かのように蹴り飛ばしていた。
避けきれずに飛ばされたルプスは受け身を取って立ち上がる。
もうアジトに転移するにも隙をつくる方法がない。
遼平たちがアジトに来たという連絡はまだ入っていないから、応援を頼むこともできない。
しかしバスターを二発も放ったシャイナーも、エネルギーはかなり減っているはずだった。
――まだ、まだアタシは負けてないっ。
折れそうになる気持ちを奮い立たせて、アジトに誰かが到着するまでは持ちこたえようと、ルプスは姿勢を低くして短剣を構え直す。
そのとき、シャイナーがソードを地面に突き立て、手放した。
――何を?
疑問に思っていると、彼女は新たに手の中に武器を生成させた。
ルプスの持つ短剣よりもさらに小振りなナイフは、超接近戦対策用かと思った。
――なんか違う気がする。
武器というよりカッターナイフのような道具に思えるそれに、ルプスは背筋に悪寒が走るのを感じていた。
いつもならば、とくに新しい武器を手にしたときには、そのときばかりは正義の味方らしく武器の名前を叫ぶシャイナーが、今回は叫ばなかった。
静かに、殺意としか言いようのない空気を発するシャイナーが、ルプスよりもさらに低い姿勢で突撃してきた。
*
「状況は?」
転送室から出るのももどかしく、玉座に向かう僕はルプスの作戦状況を樹里に問うた。
変身スーツを身につけるのと同時に、僕は現在の状況を新たにつくった視界に表示させる。そこでは、ルプスとシャイナーの一騎打ちの様子が表示されていた。
「予定通りに転移したルプスは、予定時間ちょうどに作戦開始を宣言。現地到着から二分後、シャイナーが現れ、戦闘に入りました」
樹里の言葉を聞きながら、玉座に座った僕は今回の作戦のログを呼び出していた。
「シャイナーは転移直後にシャイナーバスターを二発使用。アルビレオと十二体の戦闘員を倒しています」
僕の脇に立って深刻そうな声音の樹里の言葉をなぞって、作戦ログを追っていった。
――何かがおかしい。
今回のシャイナーの動きに、僕は違和感を感じていた。
無口で、好戦的なのはいつものことだ。
でも今日のシャイナーは、いつもと違って余裕が見られない。決して僕たちのことを軽んじることのないシャイナーだけど、周囲に気を配る余裕はいつだって持っている。
それが今日は、まったくないように見えていた。
「決着を焦ってる?」
シャイナーバスターを戦闘開始直後に使う可能性については、ピクシスからも指摘があったことで、驚くほどのことじゃない。前回ルプスに敗北したときから学んだろうシャイナーは、戦闘員の数が多ければそれをまず減らしに来るというのは予想できたことだった。
それでも一発で変身スーツの一割から二割を使用すると予想されるシャイナーバスターを二発も最初から使うことは、予想以上の行動だった。
何となく、目に入ったゴミが痛くて、急いでどうにかしようとしているような、そんな感じの印象があった。
「これ、なんだ? 樹里!」
ルプスの変身スーツに関する表示と、彼女のバイタルモニターに、いままで見たことのない情報が出ていた。
監視網の映像を使って、僕はルプスの様子を拡大して見てみる。
「急いでお呼びした理由がそれです。変身スーツに、損傷が出ています」
樹里の言葉通り、ルプスの変身スーツの軟質部分に、裂け目ができていた。
一カ所や二カ所じゃない。データの通りならば、十数カ所。監視網の光学映像を確認してみると、かすり傷程度のものから、血が流れてすぐには止まりそうもないものまで、大小の切り傷があるのが見えた。
変身スーツを破壊することも、裂くこともできないと、樹里は言っていた。
でもそれは「ほとんど」であって、絶対とは言っていない。今回のことがその例外に該当するのかどうかについては、詮索は後回しにする。
――たぶん、決着までには間に合わない。
確信に近くそう思いながら、たぶん僕と同じで部室から転移してきたんだろう、転移室から姿を見せたアクイラとピクシスに声をかける。
「アクイラ、出撃だ。装備はライフル。ピクシスはここに残ってルプスを収容した後の対策を樹里と立ててくれ。樹里、出撃可能な戦闘員は?」
言いながら僕は樹里がすぐに見てわかるようまとめてくれたレポートをふたりに送信する。
「出撃可能な戦闘員は四体です。近接型が二体、射撃型が二体。すべて出撃歴があり、残存エネルギーはわずかです」
「わかった。全部連れていく。アクイラ、行くよ」
待機室にいる戦闘員に転移室に集まるよう指示を出して、僕自身もそこに向かう。
「なんっ――」
着いてきたアクイラが大声を出す前に彼の両肩に手を置いて、そのまま容赦なく頭突きを食らわせた。
「出撃目的はルプスの保護だ。間違えるな。剣で切り込んでいってルプスを盾にされたら状況が悪化する。そうなる前にシャイナーを引きはがすんだ。そのためには精密射撃が必要だ。わかるね?」
レポートを読み終わったらしく激昂しそうになっていたアクイラは、僕の言葉に言いかけた言葉を飲み込んでくれた。到着した射撃型戦闘員にも精密射撃用ライフルを装備するよう指示を出す。
「時間がない。行くよ」
「あぁ」
幾分冷静さを取り戻したらしいアクイラとともに、僕はアジトに転移の指示を出した。
*
――殺す。
ただ、それだけを考えることにした。
――殺す、殺す、殺す、殺す。
その思いだけで心を塗りつぶした。
対峙するルプスはもう二十カ所以上を切られ、血もかなり流れているというのに、まだ戦うつもりらしい。両手に短剣を持ったまま、姿勢を低くして攻撃の態勢を崩さない。
もし戦う意志を失っていても、状況は変わらない。
せめて戦闘開始直後だったら、いや、戦闘員が二体でも残っていれば、致命的な攻撃を受ける前にアジトに転移することもできたかも知れない。
けれど一対一となったいまではそれももうできない。
転移をしようと指示を出した一瞬の隙で、手にしたナイフを深く突き刺すことができる。
ヘルメットの中でシャイナー――ひかるは、唇に笑みが浮かんで行くのを感じていた。
「ここは誰にも壊させない。他の誰にも、壊させはしない」
口の中で小さく呟きながら、ひかるはルプスとの距離を一歩詰める。
秘密基地のネズミーが何度も通信をよこしていることにはもちろん気づいていたが、無視していた。音声通信はカットしているから、頭に響く甲高い声が聞こえることもない。
時間的には応援が駆けつけてきてもおかしくなかった。変身スーツのエネルギー残量も残り少なくなっている。
けれども肩で息をするルプスは、出血と傷の痛みで限界を超えているのは明らか。あと一撃で片が付く。
――殺す!
雑なステップで自分から接近してきたルプスに、ひかるは自分の唇がつり上がっていくのを抑えることができなかった。
懐に飛び込もうとするルプスの突撃ポイントを、半歩後退してずらす。
彼女よりもさらに低い姿勢で、ひかるは逆に懐に飛び込もうとした。
突撃をずらされたルプスが最後のステップでブレーキをかけて後ろに跳ぼうとするが、逃しはしない。ルプスのステップよりも強く地を蹴り、ひかるは身体をぶつけるようにして彼女と交差した。
――あぁ……。
腰溜めに構えたナイフは、思っていたよりも抵抗なくルプスの身体に滑り込んでいた。
驚いたように一度大きく痙攣するルプスの身体。
「くっ、くっ――」
喉の奥から漏れてきた声が、笑いなのかどうなのか、ひかるは意識していなかった。
腕の力で突き刺したナイフを、さらに強く押し込み、捻る。
手に、何とも言えない肉の感触が、伝わってきた。
転移が完了した瞬間、ルプスのバイタルモニターが悲鳴のような警告を発した。
見ると、シャイナーとルプスが抱き合うような距離で立っていた。
「くっ」
飛び出していこうとするアクイラを手で制して、「精密射撃準備。出力はシビレる程度」と指示を出す。
惚けてでもいるのか、ルプスと重なったままシャイナーは動かない。
アクイラに射撃ポイントを指示して、僕も近接型の戦闘員を連れてふたりに接近した。
「撃て」
頭と肩と太ももを正確に撃たれ、びっくりしたようにシャイナーは後退する。僕はすぐさまルプスとの間に割り込んだ。
「アクイラ。ルプスを連れてすぐに転移」
「お前は?」
「行け」
走り寄ってきたアクイラに抱き上げられたルプスには、呼吸はあるけど意識はない。お腹の辺りから、すごい勢いで血が流れ出し始めていた。
「さて」
アクイラがアジトに転移したのを確認して、僕はシャイナーと向き合った。
飛び退くときに浴びたんだろう、白が綺麗な変身スーツを似つかわしくない返り血で赤く染めたシャイナーは、地面に刺してあったシャイナーソードを引き抜いた。
「何故、こんなことをした?」
ソードを構えるでもなく、シャイナーは横目で僕のことを見つめてくる。
「何故? そんなの決まってるでしょう? 正義の味方と悪の秘密結社の戦いなのよ。敵を倒す最も有効な手段は、殺すこと。違う?」
「殺し合いをしてるつもりはなかったんだけどね」
僕の言葉に吹き出してでもいるのか、口元の辺りに左手の拳を当てているシャイナーが、僕のことを正面から睨みつけてきた。
「生ぬるいわ、コルヴス。貴方は甘いのよ。世界征服すら実現できる力を持ちながら、これまでいった何をしていたの? いままでの活動が、貴方の悪の証明だとでも?」
その言葉に、僕は反論の余地もない。
自分の悪を見つけ出せていない僕には、彼女の言葉に反論の言葉はなく、ただ押し黙る。
「ワタシが、悪の秘密結社キットを手に入れていればよかったのにね。そうすれば、貴方よりももっと効率的に街を破壊し、人々を殺し、この街を征服していたわ。……そう、貴方よりもワタシの方が、悪に向いていると思わない?」
「それは違う」
反射的に僕はそう応えていた。
ヘルメット越しでは、シャイナーがどんな顔をしているのかわからない。でも何か楽しんでいるかのように、いや、何かに取り憑かれでもしているように、彼女はゆったりとした動きで、小さく首を傾げながら僕のことを見つめてきていた。
「何が違うというの? 悪は破壊し、蹂躙するもの。世界を征服するもの。ルプスを殺したワタシは、貴方よりもよほど悪だわ」
「違う、シャイナー。君のしたことは、悪なんかじゃない」
シャイナーの言葉に違和感を感じていた。
彼女がルプスにしたことは、決して悪じゃない。何故か確信に近い思いが、僕の中にあった。
「もう一度訊く。君は何故、あんなことをした?」
「正義の味方が――」
「違う。それは君がさっきまで考えてたことじゃない」
シャイナーの心が読めるわけじゃない。それなのに僕は、シャイナーの言葉に真実が含まれていないと確信していた。
どこからともなく、怒りが沸き起こった。
真実を含まないシャイナーの言葉に、僕の身体は怒りで燃え上がるほどに熱くなっていた。
「ワタシはただ悪の――」
「違う、違う!」
僕の否定の言葉にひるんだように、シャイナーが一歩後退りした。
僕は僕の悪を見つけ出せていない。それでも僕は、彼女の行動に悪が一片も含まれていないと、そう確信する。
「君は悪にはなれない。君は正義だ。正義の味方だ」
「そこまで言うなら、貴方の悪を示してみればいい」
「あぁ。君とは必ず、決着をつけるよ」
そう言い捨てて、僕はもうシャイナーのことも見ずにアジトへと転移した。
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