第四章 生死の境 4


       * 4 *


 ルプスが転移してきたのは、それほど広くない校庭の真ん中だった。

 午後の日差しを浴びて煤けて見える校舎には、人影はない。

 入学者数の減少や校舎の老朽化を理由に三年前に廃校になった公立の小学校は、取り壊しの話も修繕して他の用途に使う話も出ていたが、結局放棄されたままになっていた。

『樹里さん。他のみんなは?』

『まだいらっしゃっていません』

 選択授業のある日だった今日、遼平たちとは違う選択科目を選んでいたマリエはひと足先にアジトに入っていた。

 もう作戦開始時間になっていたが、度々延長することがある地学の授業は、おそらく今日も延長してしまっているのだろう。

 連れてきた二十体の戦闘員と前回も一緒だった怪人アルビレオを整列させ、ルプスは校舎を改めて見上げる。

 今日の作戦はこの校舎の破壊。これまでルプスが行った破壊作戦としては、最大の建造物だった。

 爆発物を仕掛けての一斉破壊は、決して簡単なことではなかった。ピクシスの立てた作戦は完璧で、不安に感じる要素は思い当たらない。それでも時間もかかり精度も必要とされる作戦は、ルプスにとって得意な作戦内容ではなかった。

 遼平がこうして建造物の破壊をやっているのは、悪の秘密結社らしいことをやっているというだけで、とくに意味はないんだろうと思う。

 それでもルプスは、自分のできることをできる限りやろうと、胸の前で拳を握りしめていた。

『時間だからそろそろ始めるね』

『……了解しました。お気をつけて』

 いつになく歯切れの悪い樹里の返信の言葉に、他のみんなが集まっていないことを危惧しているんだろうとは思う。

 でもみんなが集まる前に作戦を終えてしまえばいいだろうと、ルプスは校舎に向かって一歩踏み出した。

『転移反応! シャイナーです!!』

「え?」

 せっぱ詰まった樹里からの通信に振り返る。背後に現れた転移反応は、確かに純白の正義、シャイナーだった。

 ――予想よりも早いっ。

 これまでの経験から考えて、シャイナーが現れるのは十五分後、早くて十分後になるとピクシスは予想していた。その頃には作戦の概ねのところは終わっていて、できれば戦闘は様子見程度で済ませて帰還する予定になっていた。

 こんなに早く現れることは、予想も予測もしていない。

 ――でもやっつけちゃえば同じこと!

 膝を着いて現れたシャイナーは、肩にシャイナーバスターを担いでいた。

「やばっ」

 危険を感じたルプスは、大きく飛び退いてシャイナーから距離を取る。自分の前に戦闘員とアルビレオを配置して、自身も短剣を構えた。

 ――なんなの、今日のシャイナーは。

 ゆらりと立ち上がるシャイナーの雰囲気が、いつもと違っていた。

 危険を感じたのはシャイナーバスターを最初から担いで現れたことではない。彼女の放つ雰囲気に、敵意というよりも殺気とも言うべき強いものを感じたからだった。

 ――作戦、失敗かな?

 向かってくるアルビレオを無視するようにルプスのことを睨み付けてくるシャイナー。

 目ではない赤い光からルプスが感じ取ったのは、殺気よりも強い感情。殺意だった。

 ――もっと、遼平の役に立ちたいのにな。

 シャイナーバスターを構えたシャイナーが、自分に向かって引鉄を絞るのが見えて、ルプスは無意識につぶやいていた。

「ゴメンね」

 その瞬間、ルプスの視界は真っ白に染まった。


         *


 好きで取ってる地学の選択授業は、映像を使った遠隔授業だけども、いつになく脱線に熱が入った地学専門の講師によって十五分近く延長になっていた。

 充実した内容ではあったけど、時計を見るともうルプスの作戦開始時間になっていた。

 僕は急いで教材を片付けて、家に急ごうと席を立つ。

 ――嫌な予感がする。

 それは何となくで、とくに根拠があったわけじゃないけど、予感だけが胸の中でざわざわとうごめいていた。

「遼平さん!」

 教室の扉を力一杯開けながら僕のことを呼んだのは、樹里。

 大学生かそれくらいの年齢に見えるエプロンドレス姿の彼女が僕の名前を呼んだことで、教室に残った人の視線が集まるけど、気にしていられなかった。

 樹里の瞳は、いまにも涙がこぼれてきそうに揺れていた。

 すぐさま机の間を縫って樹里の元に駆け寄る。

 教室を出る一瞬、竜騎と英彦の方を見ると、それぞれに頷いてきた。

「行きましょう」

「部室へ」

 走り始めた樹里を探研部の部室に誘導する。

 他の選択授業が終わって廊下に出てきた生徒の視線があるけど、気にはしていられない。僕は樹里と全速力で部室に向かった。

 ――マリエちゃん!



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