第四章 生死の境 3
* 3 *
「お疲れさまでした、皆様」
「お疲れさま」
「お疲れーっ」
「お疲れさま、樹里さん」
玄関先で樹里に見送られて、マリエたちは遼平の家を後にした。
まだ十一月も半ばだというのに冬用の分厚いコートを着て、マフラーに顔を半分埋めている英彦はマリエが電車に乗る駅でバスに乗るけれど、ジーンズにジャケットすら羽織らずシャツ一枚で自転車を押す竜騎は、どうやらマリエと一緒に駅まで来てくれるようだった。
昼間の作戦の後、アジトで後処理をやってから軽く打ち上げをしていたために、すっかり日が暮れてしまっていた。
西の空にだけ残る夕焼けを眺めながら、マリエはオーバーニーソックスを履いていても短めのスカートから伸びる脚に寒さを感じながら、最近買ったお気に入りのピンク色のピーコートの前をかき合わせてゆっくりと歩く。
「今日は本当にお疲れっ」
ステラートが跋扈しているからか、夕方になると人通りも少なく、車もほとんど通らない。
人気がない道を駅に向かいながら、竜騎が割と大きな声で何度目かのねぎらいの言葉をかけてくれる。
「うんっ。ありがとぅ。でもこの先の戦いは厳しくなると思うよー」
注意を促しながらも、マリエは声が弾んでしまうのを止められなかった。
「確かにね。シャイナーバスターにシャイナーエネルギーブレード。おそらくエネルギーの消費も大きいんだと思うけど、決戦武器には気をつけないといけないね」
「シャイナーバスターだけは辛いっ。一撃だったらどうにか耐えられるらしいけど、あれの前に立つと脚が震えそうになるほど怖ぇよ」
「エネルギーブレードも怖いよ? たぶん戦闘員三体でも受け止められないと思うし、アタシたちの武器なら大丈夫だと思うけど、余波だけでダメージ食らっちゃうんじゃないかな」
「どちらにせよ、シャイナーのネーミングセンスにだけは疑問を感じるところだね」
分厚い手袋に包まれた手で眼鏡を押し上げながら言った英彦の言葉に、竜騎も、マリエも同意して頷くしかなかった。
「あんま見てないけど、そう思えば俺たちのことって、けっこう話題になってるの?」
「それはもちろん。事件に関する記事、対策関係はもちろん、悪いことをしてるにも関わらず人気投票まであるよ。まぁ、ルプスがダントツで一位なんだけど」
不意に竜騎が振った話題に、英彦は不穏な返事をする。
「可愛いもんなぁ、ルプスの変身スーツ」
そう評する竜騎の言葉に、マリエは顔が熱くなるのを感じてうつむいてしまった。
「いまでもあの格好で人前に出るのは恥ずかしいんだから、やめてよっ」
ルプスの変身スーツは樹里とともに決めたデザインだったけれど、女の子らしさを前面に出したそれは確かに可愛いと思っていたが、恥ずかしいのも確かだった。
「そうなの? 遼平は直視できないって言ってたね」
「……そっか。ちゃんと見てくれてないんだ」
「じっくり見られたいの? 遼平に言っとこうか?」
「やだっ。恥ずかしい! けど……、ううぅ」
からかわれているのはわかっていたが、マリエは微妙な言葉にしにくい気持ちになっていた。
――あぁ、でも。
「もっと、遼平に見てもらいたいなぁ」
「そうなんだ。もっと見られたいんだね、マリエちゃんは」
「そっ、そうじゃなくって。もっと遼平の役に立てないかなぁ、って」
赤になってる交差点で立ち止まって、マリエは輝き始めた夜空の星を仰ぐ。
「今日シャイナーに勝ったじゃん。すげぇ役に立ってると思うぜ」
「うん。マリエちゃんの管制能力はステラートで一番高いしね。僕たちではできないことをやったんだと思うよ」
「でももっと、もっと役に立ちたいの!」
人がいないのをいいことに、マリエたちは青になった交差点を渡りながら、声を潜めることなく話し合う。
「だってさ、ほら、あのね……」
言おうとした言葉を言い出せず、マリエはうつむく。
「なに?」
「心配なことでも?」
「心配って言うか……。その、樹里さんって、遼平のなんなのかなぁ、って、思ったり、さ……」
樹里の姿を見たとき、マリエは当然驚いた。
ひかるに遼平が告白したと言う話をゴールデンウィークの後に聞いたときには、もう振られたという話も一緒だったからあまり強くは意識しなかった。
それなのにひかると一瞬見間違うほどの姿をして、それよりも大人びた雰囲気の樹里が遼平の意識から生まれた姿だと知ったのは、最近のことだった。
樹里のあの姿は、遼平の理想の女性像なのではないかと思ってしまうと、居ても立ってもいられなかった。
「んーでも、樹里っちってアジトの一部だろ?」
「確かに。樹里さんは人ではない部分が少なくないと感じることがあるね」
「それはアタシも感じてるんだけどさ……」
悪の秘密結社のナビゲーターとして、機械のような無機質さを樹里に感じることは、度々ある。
それでも学校にいるとき以外ほとんど一緒に過ごしているらしい樹里のことを、遼平が頼りにしている様子は確かに感じられていた。
遼平も樹里も、どんなことを考えて一緒の時間を過ごしているのか、マリエにはそれは想像できないことだった。
――もっと遼平の役に立てたら、そんなこと気にしなくて良くなるかなぁ。
そんなことを考えながら、マリエは深くため息を漏らしていた。
手を振るマリエにホームに入ってきた電車を示すと、ふわふわの髪を揺らしながら焦ったように走っていった。
電車がホームから滑り出していくのを見て、竜騎は緩く息を吐く。
振り返ると、マフラーに鼻の辺りまで顔を埋めた英彦の目に、笑ってるような感じがあった。
「……英彦はバスだっけ?」
「うん。まだぼくが乗るのが来るまでに時間があるね」
まだ微かに暖かさを感じる改札口の近くで、自転車のハンドルを持ったまま、竜騎は英彦と並んでバスを待つ。
早く帰ってもよかったのだが、何となくこのまま帰るのが惜しいように思えた。
「そう思えば竜騎は、マリエちゃんのことどうするの?」
「ぶっ」
突然脈絡もなくそんなことを言われて、竜騎は思わず噴き出してしまっていた。
「ど、どうするってどういう意味だよっ」
「いや。どんな意味でもいいんだけどね」
素知らぬ顔でそんなことを言う英彦に、竜騎は少し考える。
「正直、いまのままじゃ辛いと思ってる。必要なときは助けに出るか、場合によっては最初から一緒に出撃した方がいいんじゃないか、って」
「……確かにね」
英彦の曖昧な質問に、竜騎はとりあえずシャイナーのことで返すことにした。
ステラートの影響か、冬の訪れが早いからか、夜になりつつあるこの時間の駅のロータリーにも人は少ないが、人通りはある。固有名詞を避けて、竜騎は質問に答えていた。
「あの強さは普通じゃねぇ。初戦はともかく、同じ戦法じゃ二戦目は勝てる気がしないしな」
「確かにね。彼女の強さは直接の強さはもちろんだけど、同じ戦法が何度もは通じないところが一番怖いかな?」
「いまのところはタイムリミットがあったし、それでもどうにかなってたけどな」
機動隊か自衛隊の到着をタイムリミットとしているいままでの作戦では、シャイナーと戦うことがあっても十五分が最長だった。それがもし、タイムリミットまでの時間が充分な場所で戦闘となった場合、こちらの戦法を読み切ったシャイナーが有利に戦いを運ぶようになるのは想像に難くない。
今日の作戦では撃退まで持って行けたが、おそらく次回は同じ方法は通用しないだろう。
「作戦の場所とか進め方とか、もうちょい考えなおさねぇとなぁ」
「うん。その辺はぼくも考えてみるよ。シャイナーも僕たちと同じ高校生のような気がするし、できれば出くわさないでやり過ごせるように」
「頼むぜ、参謀」
頼りになる英彦に元気よく声をかけながらも、竜騎の表情はまだ暗く沈んでいた。
「まだ何か気になることでも?」
「ん……。まぁな。ちょっとだけな」
「遼平のこと?」
「やっぱ気づいてたか」
マリエはそこまで考えていない様子だったが、英彦は思いついている風があることに、竜騎は気づいていた。
ステラートの目的は、ステラートブリッジ計画を実現するためだとは聞いていた。
そのためにはトライアルピリオドをパスする必要があって、そのための作戦だという話であるのはわかっていたが、納得はしていなかった。
「らしくねぇんだよなぁ、あいつ。まぁ、と言ってどうやったらあいつらしいやり方かっていうのは、思いつかねぇんだけどさ」
「ぼくもそう思う。まだ行き先を見つけられなくて、迷ってる感じがあるね。作戦はとりあえずでやってる気がしてるよ。でもこればっかりは遼平に答えを出してもらうしかないね。何しろ、僕たちの首領は彼なんだから」
英彦が何故遼平と一緒に行動しているのかは、竜騎は知らない。
何かしら彼なりの理由がある様子は見えていたが、訊いてみる機会はいまのところなかった。
「お前だったらどうする? 英彦」
「簡単だよ。ぼくだったらやらない。竜騎だったらどっちを手に入れたとしても、正義の方をやってるかな?」
「たぶんな」
遼平が悪の秘密結社を始めたことには、その力が手に入ったからとは言え、納得できていた。
理由はよくわからない。けれど遼平には正義の味方よりも、悪の秘密結社の方が似合うと、何故か竜騎には思えていた。
「なんとなく、あいつはもうあそこでやりたいことを見つけてる気はするんだけどな」
「どうなんだろうね。ぼくもほんの少しだけ、そう思うときがあるよ。さて」
やってきたバスの扉が開いて、英彦は乗車口に脚をかけた。
「まぁあいつが出すべき答えだしな。俺たちじゃどうにもならねぇよ」
「うん。でもたぶん大丈夫なんだと思うよ。遼平だからね」
幼馴染みで付き合いの長い竜騎ならともかく、英彦がそこまで遼平のことを信頼している理由はわからない。
けれど不安に思っている様子のない彼に安心した竜騎は、軽く手を挙げて挨拶した後、自転車のサドルをまたいだ。
*
アジトに入室する転移反応を検知して、僕は樹里が戻ってきたのに気づいた。
「先ほど食べてらっしゃいましたので、夕食は少なめに用意してあります」
転送室から出てきた樹里が、僕の脇に立ちながら言う。
ここ最近は、幹部が入ったのもあって、アジトでやることが増えて、食事の準備は樹里に任せていた。
ナビゲーターはそこまでやってくれるものなのかとちょっと思うけど、樹里の料理は元からうまかったのもあって、いまでは僕よりも断然おいしい。僕と一緒につくっていたから家の味にも慣れて、いまでは綾子さんは家に帰ってくるときは、僕じゃなくて樹里に持たせてある端末に食事の希望を飛ばしてくるくらいだ。
「うん、ありがとう。後で一緒に食べよう」
「はい」
そう言いながらも、僕は目の前に表示した情報に注視している。
表示されているのは今日のシャイナーの戦闘映像。ルプスのものも、ピクシスのものも作戦レポートは読んでいたけど、シャイナーの映像データを抽出して、僕は改めて見返してる。
「シャイナーですか?」
アジトに直結している樹里には、僕がどんなデータを呼び出してるかわかるんだろう。彼女の問いに僕は「うん」と半分上の空で返事をしていた。
今日ルプスは、ステラートはシャイナーに完全に勝利した。
変身スーツのエネルギーをゼロにして正体を暴くところまでは持って行けなかったけど、たぶんその寸前にまでは迫れたはずだ。
でもシャイナーは最後まで諦めなかった。
撤退するほんの少し前まで、戦うために立ち上がろうとした。
――あの必死さは、どこから来るんだろう。
僕にはあそこまでの必死さはない。シャイナーに負け続けたときには、ステラートの活動を諦めようかと思ったくらいだ。
シャイナーは必死になって、僕たちを倒そうとしている。
「樹里。正義の味方がトライアルピリオドをパスした場合、何が得られるのか、知ってる?」
「いえ、わかりません。わたしの中には正義の味方に関する情報は限定的なものに過ぎません」
指でヘルメットの上から唇の辺りをさすりながら、僕は考える。
悪の秘密結社がトライアルピリオドをパスした場合、期間的な制限、活動範囲の制限を解除されることになる。他にもいくつかあるようだけど、それが一番大きなものだと思う。
正義の味方も、シャイナーもトライアルピリオドをパスすることによって得られるものがあるんだと思う。おそらくシャイナーはそれを得るためにステラート討伐を目指してるんだと思うけど、得られるものの内容は見当もつかなかった。
――問題は、その何かを得て、何をしたいか、か。
正義の味方にも何かしらの制限があって、それの解除を目指してると言うことくらいまではわかる。
僕がステラートブリッジ計画を実現する世界を目指してるように、シャイナーにも何か目指しているものがあるように思えるのに、言葉少ないシャイナーの言動からでは推測することができなかった。
「ねぇ樹里」
ふと思って、僕の呼びかけに小首を傾げている樹里に訊いてみる。
「トライアルピリオドのパスの条件に、正義の味方を倒すこと、っていうのは、入ってる」
「いいえ、入っていません」
「そう」
疑問を感じた。
パスの条件はわからないというのに、樹里はパスに入らない条件については、即答した。
もしかしたらわからないんじゃなくて、樹里自身意識はしていなくても、情報にロックが掛けられているのかも知れない。
――もしかしたら。
さらに首を傾げている不思議そうな表情の樹里を見ながら、僕の意識はそこに向けられていなかった。
――もしかしたら、シャイナーのトライアルピリオドのパス条件にも、悪の秘密結社を倒すって条件は入ってないんじゃないか?
正義の味方が悪の秘密結社を倒す。それは当然のことで、常識で考えれば当たり前のことだ。
でももし、キットを作成した主催者の意図が僕たちを戦わせることにないのだとしたら、戦うこと自体が不毛なことなのかも知れないと思ってしまう。
――僕はシャイナー、君のことが知りたい。
おそらく今日負けたことで、シャイナーはこれまで以上に強くなるはずだ。
彼女は真面目で、全力で、そして必死だ。
彼女を必死にさせるほどの理由が、必ずあるはずだった。
敵なのはもちろんわかってる。
それでも僕は、彼女と話す機会がほしいと思わずにはいられなかった。
*
「これはどういうことだ、ひかる」
久しぶりに見た父親がリビングダイニングのテーブルの上に置いたのは、先日受けた模試の結果が印刷された紙だった。
全国規模の模試の結果は、一〇三位。
高校に入って初めて、二桁台の順位を逃していた。
――確かこれは、ピクシスと戦った翌日の……。
ふわふわと定まらない頭で、ひかるは模試のことを思い出す。
負けたときのダメージと悔しさで、模試の当日は集中することができなかった。
そんなことよりも、模試を受けた本人よりも先に、自分宛に送られてきた封筒を無断で開けている父親に腹が立つ。父親の隣に座る母親のおどおどとした様子にも、ひかるは腹が立って仕方がなかった。
「あの人はこんな結果になることなんて、一度もなかったのにねぇ」
何気なく言ったのだろうが、そんな母親の言葉に、今日の敗北が残っている身体が、沸き立つような気がした。
母親の言うあの人とは、父親の弟、ひかるの叔父のこと。
勉強も運動も優秀で、大学卒業と同時に海外に渡った叔父はいま、貿易会社の社長として世界にそこそこ名が知られた人物になっていた。
対してひかるの父親と言えば、地主の家柄に生まれて、親から継いだ不動産の収入でほとんど働かずに生きているような人だった。
叔父が日本を飛び出したのは決して海外に興味があったからだけではない。祖父が亡くなった際に、ひかるの父親が遺産の分配を渋ったことも、少なくない理由であることは、一度叔父に会って話したときにそれとなく聞いたことがあった。
「ここのところ遅くなることが多いと聞いているが、遊んでいたりはしないだろうな? これ上成績が落ちるようならば、小遣いを減らすことも考えなければならないぞ」
「もっと頑張れるでしょう? ひかるさん。あなたは勉強も運動もすごくよくできるんですから、いまよりももっと上を目指せるはずよ」
勝手なことを言う両親に吐き気が出そうになる。
元より小遣いなど、端末の購入履歴すらチェックされ、勉強に関するもの以外に使っていたらしつこく用途を問われるほどのものだった。
洋服一枚自由に買うことだってできない。
着ている服のほとんどは、成金趣味で指のすべてに指輪をつけてるような母親が買ってきたもののうち、まだマシなものを選ぶしかない。
先月三台目の車を買い換えたばかりの父親が子供の小遣いを減らすなど、その考え方を頭を開いて見てみたくなるほどだった。
ぶちまけたくなる言葉をすべて飲み込んで、ひかるは深くうつむいて歯を食いしばる。
「次はもっと頑張りますので」
「一年だからといって気を抜いていては、後々に響くことになるんだぞ」
「ね。おいしい物お店で頼んであげるから、好きな物を言ってちょうだい」
「いえ、今日は体調が優れないので、部屋で休ませてもらいます」
これ以上その場にいられなくて、ひかるはリビングダイニングを出て階段を上った。
母親のつくった料理を食べたのは、最後はいつだったろうか。
食事は家から店屋物を注文する分には親の口座から請求されるから問題はなかったが、食事をおいしいと思ったことは、もう何年もなかった。
部屋に入って即座に鍵を掛ける。
灯りをつけないまま仰向けにベッドに横たわって、ひかるはただ歯を食いしばっていた。
「大丈夫か? ひかる」
それに応えずに、ひかるは枕に顔を深く埋めた。
「もっと、強くならなきゃ」
うめくようにひかるは言う。
「シャイナーの力を本当の意味で手に入れるために。そしてワタシは――」
続く言葉を、ひかるは言わずに飲み込む。
ネズミーにはまだそのことを話していなかったから。話してしまったら、反対されてしまうかも知れなかったから。
トライアルピリオドのパスの条件はよくわからない。
けれどもし、正義の味方らしさから外れたことを考えているとナビゲーターに知られたら、パスできないかも知れないとひかるは思っていた。
――もう、うんざりよ。
期待していると言いながら、世間体と見栄ばかり気にして、自分では何もしないクセに、叔父への対抗意識ばかり強い父親。
その隣で父親とひかるの顔色をうかがってばかりいる母親。
家も、学校も、街もすべてを壊してしまいたかった。
それができたなら、どんな気持ちになるだろうか。
――そのためには、もっと強くならなくちゃ。
変身スーツ越しとは言え、全身に受けた弾丸のダメージは少なからず残っているのはわかっていた。
それでもひかるは、別人のような重さを感じる身体を起こして、ネズミーを見る。
「少しでいいから訓練がしたいの。ネズミー、秘密基地に転送して」
変身スーツを身につけているときならば、転送も帰還もスーツ越しに基地に指示をすればいい。けれど変身していないときに基地に入るためには、直接キットの木に触れるか、ナビゲーターに転送してもらわないといけなかった。
「莫迦。こんなときに何言ってんだよ」
身体を駆け上ってきたネズミーが頭の上から額に手を伸ばす。
「あぁあぁ、もうこんなに熱あるじゃねぇか。変身スーツ越しつっても、相当ダメージ食らったんだ。今日はまともに身体動かせねぇよ。明日も学校休むわけにゃいかないんだろ? お前の親がうるせぇんだから」
微かにしか感じないはずのネズミーの重みに、ひかるは身体を起こしていられずにベッドに横たわった。
「ほら、オレじゃできねぇんだから、ちゃんと自分で布団もかぶれって」
頭のすぐ側で、おそらく心配しているのだろう器用に顔をゆがめているネズミーの姿が、妙におかしかった。
「ひと晩寝て起きりゃあお前だったら回復してるさ。明日また訓練につきあってやるから、今日は寝とけ」
「うん、約束だよ」
「あぁ」
小さいクセに存在感のあるネズミーの言葉に何故か安心して、ひかるは身体の力を抜いて目をつむった。
まるで奈落の底に落ちていくように、眠りはすぐに訪れた。
けれど頬に寄せられる小さな身体がすごく暖かいことを、ひかるは初めて知った。
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