第四章 生死の境 2
* 2 *
最初、人々は突然現れた二十を超える人影に、反応することができなかった。
ふたつの路線が交わる比較的大きな駅前の広場。
休日の午後、往来する人でごった返すそこに現れた不気味な人影の数は、二十二。
二十体の戦闘員が武器を振りかざしたのを見て、人々は悲鳴と怒号を上げながら彼らの側から逃げ出し始めた。
幾人かの人は、逃げ出さずに携帯端末のカメラを彼らに向けた。
しかし近づいてきた戦闘員の一体によって威嚇され、荷物を放り出して逃げ出し始めた。
駅前の交番から飛び出してきた警官は、混乱する駅前広場を見て、銃を抜くことなく逃げまどう人の誘導を始めていた。
そんな人々の様子を確認したルプスは、岩石でできているような赤い肌をし、異様なほどの膨らみを持つ肩をした怪人とともに、駅前から伸びる商店街へと脚を向けた。
二十体の戦闘員はそれに続き、人々を威嚇しながら、道路にはみ出して置かれた商店の商品を蹴飛ばしながら歩く。
休日の駅前広場は、混乱に陥っていた。
「さすがだね」
通信には乗せずに、ルプスが進行している作戦の様子をいている僕は、思わずそう口に出していた。
アジトの広間に表示しているのは、作戦の様子やルプスの変身スーツ、怪人アルビレオや戦闘員の状況。全員で共有するために実視界に投影しているその様子には、商店街を悠々と歩いていくルプスたちの様子が映し出されていた。
「どういう頭してたら、あんなことできるんだ?」
「一種の才能かもね。訓練のときからわかっていたことだけど、実際の作戦となると、それがよくわかるよ」
アクイラとピクシスもまた、僕と同じくルプスの様子に驚いていた。
ルプスのやっていることは、別にたいしたことじゃない。
二十体の戦闘員と、一体の怪人を連れて、商店街を歩いているだけのことだった。
でもそれがすごい。
破壊衝動を組み込まれた戦闘員は一瞬たりとも勝手に破壊行動をせず、人々を威嚇し、ルプスの指示通りに往来の邪魔になっている看板を破壊したり商品カゴを店の中に投げ込んでいるだけだ。
二十体の戦闘員と一体の怪人を、ルプスは完璧に管制していた。
「樹里さん。命令数はどれくらいになります?」
「平均で一体につき二秒に一回。最短では一秒に五回。一秒二回が限界の首領の二倍以上になりますね」
ピクシスの質問に、なんで僕を引き合いに出すのかはわからないけど、僕の隣に控えている樹里が答えていた。
僕はいまのところ、けっこう訓練しているけど二十体の戦闘員を完全に管制するのも難しい。六体の戦闘員を同時に戦闘管制するのは完璧とは言えないし、自分も戦闘に参加するとなったら、四体だって怪しい状態だった。
知略戦を得意とするピクシスもその辺りは僕とあまり変わりなく、アクイラはけっこう戦闘のときの管制も得意だけど、十体くらいが限界のようだった。
「これが女の子の気配りって奴なのかな?」
「いやぁ、もうあれはそういうレベルじゃないと思うけどなぁ」
元々ルプス――マリエちゃんは、場の空気を過ぎるほど読める女の子だった。
少し過剰なほど気配りもできるマリエちゃんの性格は、決して同性の子たちにとって良く見えるばかりじゃなかったみたいで、その弱気な性格は中学の頃にはトラブルの原因になってしまっていた。
いま作戦を充分以上に遂行しているのは、その彼女の性格が反映しているからか、彼女が持つ才能とも言うべきものなのか。
『あそこを壊せばいいの?』
作戦の目標地点に到着したルプスから通信が入る。
『そう。逃げ遅れた人がいないことを確認の上、壁が崩れる程度に破壊してくれればいい』
答えたのはピクシス。
ルプスが見ている先にあるのは、商店街から少し入ったところにある雑居ビルの一室。五階にあるそこは、事務所スペースらしく、外から見てもとくにこれと言って作戦目標になりそうな場所には思えなかった。
今回の作戦を立案したのは彼で、でもそう思えば僕は作戦の目的を聞いていない。
「あそこには何があるの?」
「暴力団事務所。少し前からこの辺りに現れるようになって、ぼくたちの街でクスリを売りさばくようになった、指定暴力団の秘密のアジトだよ」
ルプスの指示で射撃型戦闘員が事務所に狙いを定めているのを見ながら、僕は重ねて訊く。
「確認済み?」
「もちろん。構築した監視網で仲介役が日に数回、警察がマークしている暴力団員が二週に一回のペースで出入りしてるよ」
ピクシスの提案によって構築された監視網は、昆虫サイズで生成した戦闘員で構成される隣接市街までに張り巡らせてあった。
作戦のときはもちろん、警察や僕たちの活動範囲内にある自衛隊基地の様子もつぶさに監視できるようになってるそれは、ついに僕たちを制圧するために攻撃用の装甲車まで出動するようになったいまでは、安全のためになくてはならないものとなっていた。
「この辺りで悪の秘密結社として活動するなら、暴力団みたいな小悪党の存在は許しておけないからね」
「なるほどね」
映し出された表示の中で、ルプスの指示通りに射撃を行った戦闘員。狙い通りに壁が崩れ落ちて、事務所の中が丸見えになる。
強すぎず弱すぎず、狙ったところに完全に命中させたそれは、完璧な管制だった。
「さて、そろそろ出てくるかな? 他の動きは?」
「自衛隊車両が二分前に基地から発進しています。渋滞がありますので、現地到着までは十五分ほどです」
「大丈夫だね。これからが本番だよ」
「来たぜ」
話してるときにちょうど、転移反応が感知された。
『転移反応感知。シャイナーです』
落ち着いた口調の樹里が、ルプスに通信を入れていた。
「来たわね」
県道と交わる商店街の出口に、シャイナーが転移してきた。
うつむき膝を突いた格好で現れた彼女は、顔を上げるのと同時にシャイナーソードを抜き、地を蹴った。
転移反応感知と同時に戦闘員を戦闘配置につかせていたルプスは、道を空けてシャイナーが上段から放った攻撃を、逆手に持ったナイフの両方を使って頭の上で受け止めていた。
シャイナーが剣を引くよりも前に、左右から戦闘員の突きが放たれる。
一歩引いて片方の戦闘員に斬りかかろうとするシャイナーを、さらに二体の戦闘員が斬りかかっていった。
「ちっ」
舌打ちしながらシャイナーは大きく跳んで距離を取る。
「逃がさないんだから」
着地地点に狙いをつけて、射撃型戦闘員で足下を攻撃する。脚の硬質プロテクターをかすめた攻撃によろけたシャイナーに、さらに射撃で追い打ちをかけた。
二十体の戦闘員は手足というより、手足の指のような感じがしていた。同時に動かすのはさすがに簡単とは言えなかったが、直接戦闘に関われるのは同時に十体がいいところ。その程度の数の管制ならば、ルプスは充分にこなすことができていた。
この期に及んでカメラを構えている野次馬を弱い怪光線で牽制しつつ、同時に六体で取り囲んでシャイナーを追いつめていく。
シャイナーの攻撃は強力でも、ソードの攻撃は二体の戦闘員で以てすれば、エネルギーをかなり使うことにはなるけれど受け止めることができる。同時三カ所までの攻撃なら完璧というレベルで対応してくるようになってるシャイナーは、けれど四方向以上からの攻撃には対応しきれず、少しずつではあったがダメージを与えることができていた。
――でもそろそろ。
そうルプスが思っていたとき、シャイナーが攻撃を無視して戦闘員に身体をぶつけて隙間をつくった。
同時に彼女が投げつけてきたシャイナーソードとシャイナーエッジを、ルプスは戦闘員に弾かせる。
「シャイナーエネルギーブレード!」
声とともにシャイナーの手元に生成されたのは、シャイナーソードよりも若干短く、幅の広い片刃の直刀。透明にも見える銀色の刃が、緑色の光を纏った。
「はっ!」
気合いの声とともに振るわれたブレードにより、一度に四体の戦闘員が塵と化した。
『気をつけてください。あれはシャイナーバスターと同じ決戦武器のひとつです』
『うん。わかった』
樹里の通信に返事をするルプスは、シャイナーのその行動を概ね予測していた。
シャイナーの弱点はその気に短さ。
時間に余裕があっても、思い通りにいかない時間が続くと、ダメージを無視して攻撃に走る傾向がある。シャイナーエネルギーブレードは初めて見る武器だったが、おそらく何らかの方法で突撃してくるだろうことは予測できていた。
近くにいた戦闘員をさらに二体切り倒したシャイナーは、一気にルプスに向けて跳んできた。
予測済みだったその行動を、ルプスは二体の戦闘員で阻んだ。
エネルギーブレードのひと振りで二体とも塵と化すが、剣を振るために一瞬突撃が止まる。そこに射撃を仕掛けて、シャイナーをその場所に追いやった。
シャイナーを追いやった場所に控えさせていたのは、今日連れてきた怪人アルビレオ。大きく膨らんだアルビレオの肩は、片方の上半分が持ち上がってその中を見せていた。
「放て!」
イチゴの表面を内側に貼り付けたようふくらみの内側をシャイナーに向け、ルプスは発射の指示を飛ばした。
無数の種のような散弾が、斜め上からシャイナーに殺到した。
数百もの弾丸がほとんど同時に命中してバンッ、という音を立てる。化粧ブロックの地面が粉々に砕けると同時に、回避し損ねて胸から下に百数十の弾丸を受けたシャイナーが地面に叩きつけられた。
「ぐっ」
苦しげなうめき声を上げたシャイナーだったが、すぐさま転がってその場を逃げ、近くの戦闘員を切り倒しながら立ち上がろうとする。
「トドメよ」
次の動きを許さず、ルプスはアルビレオにもう片方の肩からの散弾を放つよう指示した。
逃げることもできず、ブレードを盾にしながらも全身に弾丸を受けたシャイナーは、倒れなかった。
エネルギーブレードを杖のようにして立ち上がろうとする彼女に、戦闘員を自分の前に配置してルプスは警戒する。
シャイナーの膝は震えていた。
戦闘員ならば数体まとめて塵と化すほどのダメージを一度に受けたのだから当然だったが、それでも彼女は杖にしていたエネルギーブレードを構えようとし、ルプスを睨み付ける。
しかし、それは叶わなかった。
崩れるように膝を突いたシャイナーは、左手の拳を地面に叩きつけた後、消えた。
シャイナーは、戦場から転移して消えた。
――あれ?
いま起こったことを認識しているのに、ルプスはどうなったのか理解できなかった。
『自衛隊到着まで約二分です』
樹里からの通信に自動的に戦闘員と怪人に集まるよう指示を飛ばしながらも、ルプスは自分がやったことの実感が湧いてきていなかった。
戦闘の痕跡でいろいろと壊れている商店街。かなり遠巻きにシャイナーとの戦闘の様子を見ていた野次馬。
ボォッとしながらそれを眺めても、ほんの少し前まで続いていた緊張していた時間が、嘘のように思えていた。
『お疲れ様、ルプス。作戦終了。君の勝利だよ、おめでとう』
そうコルヴスから言われて、胸の中にきゅっ、と小さな熱さが生まれた。
胸に拳を当ててその熱さが暖かさになって広がっていくのを感じつつ、ルプスはヘルメットの中であふれてくる嬉しさを奥歯で噛みしめていた。
『うん。うん、ありがとう。すぐに帰還する』
やっと出てきた言葉に、もう笑みがこぼれるのを止めることはできなかった。
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