第四章 生死の境 1



第四章 生死の境


       * 1 *


 ピクシスがパチンと指を鳴らすと、彼の背後にある二十階を超える高層マンションが、音を立てて崩れ落ち始めた。

 一階から順番に壊れていく様子は、テレビの中で見たことがあるショーとして行われる建造物爆破と同じ見事なものだったが、鉄筋コンクリート構造の日本の建物ではあのように壊すのは本来至難の業だ。

 ――いったいどこからあんな技術手に入れてくるのかしら?

 そんな技術をどこで見て身につけてきたのかはわからなかったが、ステラートの出動を感知して出撃した頃には仕掛け終えているピクシスの作戦遂行能力は感嘆する他ない。

 敷地内に公園までつくられ計画的に建造された高層マンションは、設計の欠陥が見つかり、結局ひとりも入居者が住むことなく、いまピクシスによって破壊されてしまっていた。

 夜の闇に乗じた作戦は破壊が始まるまでおそらく誰にも察知されていなかっただろうけれど、さすがにもう誰かが通報してしまっているだろう。

 ――でも、まだ時間はある。

 通報からすぐに出動しても、警察署から遠いこの場所ならば到着までは十分はかかる。フェンスに囲まれ関係者以外立ち入り禁止になっているこの場所ならば、野次馬もすぐには入ってこないだろうと、シャイナーは判断した。

「もう今日はこれで撤退かしら?」

 抜き身のシャイナーソードを肩に担ぎ、シャイナーは挑発的な口調でピクシスに声をかける。

 ピクシスまでの距離は約十二メートル。

 転移の瞬間に一撃くらいならば食らわせられると思うが、幹部スーツはその程度でエネルギーを消耗させきることはできない。戦闘員は近くにはいない様子だったが、ピクシスの気持ちを乗せていかなければ、倒すことも適わない。

「さてね。この前は僕だけ時間切れで君と戦うことができなかったからね。少しなら時間はあるようだし、せっかくだから相手をしてもらおうかな」

 戦闘タイプのようには見えないのに、ピクシスには緊張した様子は感じられない。変身スーツの力に酔っているのかも知れなかった。

 ――その慢心が、貴方の敗北を生むのよっ。

「じゃあ、行くわよっ」

 有り余る力を脚に込めて、シャイナーはピクシスに跳んだ。

 十二メートルの距離を一気に縮めて、構えたソードで胴を凪ぐ。

 初手は防がれた。

 ピクシスが持つ武器は、彼の身長ほどもある杖。

 とくに飾りもなく、おそらく防御用のものと思われる杖で、ソードを受け流していた。

 ――まだまだっ。

 すれ違って離れた距離を、反転して再び詰める。

 ほとんど背後からのすくい上げるような斬撃を、ピクシスはかろうじて防いでいた。

 それでもシャイナーは動きを止めない。

 三度離れた距離を一歩で近づき、首筋を狙って滑らすようにソードを繰り出す。

 ――もう少し!

 杖で受け止めきれなかったからか、ピクシスは三度目の攻撃を腕のプロテクターでかろうじて受け止めていた。

 機動戦。

 ルプスの使っていた戦法から考えて、ルプスのように身体に密着した機敏な動きではないものの、一撃離脱の要領で次々と攻撃を繰り出していく。

 アクイラのような速度も力もなく、ルプスのような機敏さもないピクシスは、思っていた通りシャイナーの仕掛けた機動戦によって防戦の一方となっていた。

 四撃目、五撃目、六撃目。

 シャイナーの動きに着いて来られないピクシスは、どうにか杖でソードを弾き、腕のプロテクターでしのぎ、ヘルメットにかすめて攻撃を回避していた。

 ――このまま押し切って、最初の退場者にしてあげるわっ。

 激しい運動を伴う機動戦はエネルギーの消費が激しい。けれども攻撃をさせずに完封できてしまえば、運動によるエネルギーの消費など無視しても構わなかった。

 ――何かおかしい。

 十撃目を杖で弾かれたとき、シャイナーは違和感を感じ始めていた。

『何かおかしいぞ、シャイナー!』

『うるさい、ネズミー! 戦闘中は通信してこないでって言ってるでしょう!!』

 ネズミーの甲高い声に歯ぎしりしつつも、ピクシスの動きでは回避仕切れないと予想していた連続した二度の攻撃を、彼はぎりぎりで防いでいた。

 ――あの程度の動きしかできないのに、当たらないなんておかしい。

 違和感を感じながらも、その正体はわからない。

 ソードをクリーンヒットさせなければ大きくエネルギーを消費させることができないのはわかっていたが、シャイナーは動きを止めずに攻撃を続行した。

「さて、そろそろ反撃に移らせてもらうよ」

 クリーンヒットしていないにしても、変身スーツをかすめた攻撃によってかなりエネルギーを消費しているはずなのに、余裕のある口調でピクシスが言う。

 ――反撃の機会なんて与えないっ。

 大きめに離れた距離から、離脱の動きが一テンポ遅れると承知の上で、シャイナーは上段にソードを構えてピクシスの真正面に跳ぶ。

 頭上で構えた杖にソードを受け止められるものの、そのまま力任せに振り抜こうとした、その時。

「ぐっ、あーーーっ」

 胴を凪ぎながらピクシスの脇を抜けるつもりだったシャイナーは、身体に走った衝撃に思わず後ろに飛び退いていた。

「電撃?」

 杖とソードが触れた場所から放たれたのは、激しい電撃だった。戦闘員の武器にも電撃を放つ機能はあるが、ピクシスのそれは戦闘員のものとは比べものにならないほど強力で、一瞬気が遠くなるほどだった。

「その通り。ぼくの武器にはこの機能しかつけていなくてね。さすがに君に対抗できるよう、少し強力にはしてあるけれど」

 最初から使わなかったのは余裕があるとでも言いたいのか。

 ヘルメットの下で奥歯を噛みしめながら、シャイナーはシビレと痛みが治まっていくのを待っていた。

 ――それなら、杖に当てなければいいだけっ。

 電撃によるダメージは、さほど大きなものではない。シビレと痛みは厳しいものであったが、エネルギーの消費そのものはアクイラの攻撃に比べるべくもなかった。

「続けよう。残り時間も少なくなってきた」

 ピクシスが放った挑発の言葉と同時に、シャイナーは地を蹴った。

 杖で受け止められそうになる瞬間、ソードの軌道を変化させて直接変身スーツを狙う。

 それなのに――。

「がぁーーっ!」

 まるで吸い付けられるように、杖にソードが接触していた。

 全身に走る不快な感覚に苛まれつつも、シャイナーは動きを止めない。さらにもう一撃、鈍った脚を無理矢理にでも動かしてピクシスに攻撃を仕掛ける。

「ああああーーっ」

 ――何が起きてるの?!

 三度目の電撃を食らって、シャイナーの脚は止まってしまう。

『ちったぁ話を聞けって。お前の変身スーツが何かおかしいんだって。こっちに送られてくる情報じゃはっきりしたことがわかんねぇ。そっちで精密チェックしてみてくれ』

 頭に響くネズミーの声に反論もできないまま、シャイナーは言われた通りに変身スーツの精密チェック機能を起動させた。

 ピクシスを見据えたまま警戒を解かずに、チェックの結果にも気を配る。

『なにこれ?』

『ちょっと待て。こっちで確認する』

 チェックの結果、変身スーツに何かが付着しているのがわかった。付着した米粒ほどの異物は、全身数十カ所にも及んでいた。

「シャイナー。今度はこちらからいくよ」

 連続して食らった電撃がまだ身体の動きを鈍らせていた。それでもアクイラやルプスに比べれば緩慢にしか思えないピクシスの攻撃は、さほど苦労なく見えていた。

 下段から振り上げられていく杖は、胸元を狙っていた。

 軽く後ろにステップを踏みながら、身体を反らして回避する。

 そのとき、起動したままのチェックプログラムが反応した。

 身体に付着した異物。そのいくつかが、目の前で弾けて消えた。

 その結果、回避できるはずだった杖が、胸部の硬質プロテクターに当たっていた。

「ううううああぁぁぁぁ!!」

 電撃による衝撃と、ピクシスの杖の勢いで、シャイナーは宙を舞って飛ばされていた。

『ネズミー、これって』

『あぁ。お前の全身にはいま――』

『推進器が取り付けられてる!』

 身体を丸めて痛みに耐えながらも、シャイナーは自分の身体に何が起こっているのかを理解した。

 けれどその対応方法を思いつくことができない。

「気づいたようだね。君が思ってる通り、それは推進器のようなものだ。実際にはアリほどのサイズの戦闘員でね、それをいいタイミングで自爆させているんだよ。自爆なんて事前に感知されやすいし、エネルギー効率としては良いわけじゃない。でも気づきにくいそのサイズで、指向性を持たせて自爆させてやれば、人間程度の体重であれば、ほんの少しのコントロールくらい可能なんだよ」

 さも簡単そうに言っているピクシスだが、必要なタイミングで必要な場所で自爆を起こすことは、決して簡単なことではないはずだった。

 その上先ほどのよりも変身スーツに張り付いている数が増えている超小型の戦闘員は、おそらく地面にまだたくさんいる。

 どうにかいまいるものを振り払えたとしても、すぐまた同じ状態になってしまうのは明らかだった。

『いまこの場所じゃ勝てねぇよ、シャイナー!』

『うるさい! 黙ってなさい!!』

 いまの状況を打破する方法は、思いつけなかった。

 それでも負けたくはなかった。

 負けてなんていられなかった。

 強力な電撃を食らいすぎて膝に力が入らなくなりそうになりながら、シャイナーはそれでも立ち上がり、ソードをピクシスに向けて構えた。

「残念。時間切れだ。ぼくはこの辺で撤退させてもらうよ」

 杖をくるりと回して戦闘態勢を解いたピクシスは、そのまま転移していなくなった。

 ――勝てなかった。いや、ワタシは、負けた……。

「あああああああーーーーーーっ!!」

 電撃を食らったときよりも大きな声で、シャイナーは叫んでいた。


         *


 ――まじぃ。失敗した。

 長大なライフル銃を抱えるように持って、アクイラは決して厚くない壁に背を預けた。

 平日の午後に開始された作戦。

 目的はとある駅の近くにある小さなアーケード街の破壊だった。

 老朽化と駅前の再開発を理由に使われなくなったアーケード街は、再開発の予算の縮小に伴って取り壊しすらされずに放置されている。

 元々たいした造りをしていなかったそこは、放置されている間にさらに風化し、いまにも崩れ落ちそうになっていた。

『自衛隊基地から装甲車を含む部隊の出動を確認。到着までは十分ほどです』

『このまま時間切れになっちゃうの、かな?』

『どうしたものだろうね。下手にこちらから手を出せば反撃を食らうだろうし、難しいところだね』

『武器でも持ち換える? アクイラ』

『うぅーん』

 訓練中に面白さを知った射撃戦。

 今日、アクイラはそれを試してみようと、戦闘員も射撃型で揃え、自身も大型のライフル銃を持ってきていたが、それがむしろ膠着状態を生んでいた。

 厚くはないとは言え、何枚かの壁を挟んだ向こう側にいるシャイナーの位置は、センサーでは正確には特定できない。

 戦闘員をおとりに使うことも考えなくはなかったが、すでに四体を倒されている現状、難しい情勢になっていた。

「ぬっ?」

 位置が正確ではないものの、センサー上のシャイナーに動きがあるのを見て取って、アクイラは通路側に配置した戦闘員の視界を自分の視界に表示する。

 音とともにシャイナーが通路に出てくるタイミングを見計らって、身体の大半を店の中に隠した戦闘員の銃型の武器を構えさせる。

 ――やれ!

 何かが姿を見せた瞬間に、怪光線を発射する。

 しかし店の中から通路に出てきたのは、ただのガラクタ。

 ガラクタが砕け散るのと同時に姿を見せたシャイナーは、射撃を行うために身体の一部を見せている戦闘員に向けてシャイナーシューター――やっぱり最初抜くときにそう叫んだ――を発射した。

「やっぱりかよ!」

 思わずアクイラは声を上げていた。

 通路を抜けて反対側の店舗跡に飛び込む間に発射された五発の光線。

 そのすべてを、シャイナーは外していた。

『やっぱりシャイナーって、射撃下手なんだ』

『まぁ、僕たちもあんまりうまくないんだけどね』

『それにしてもね。射撃のアシスト機能を使ってもあれってことは、センスがないんだろうね』

 通信を使って好き勝手しゃべっているアジトの三人にため息を漏らしながら、アクイラは思いつかない次の手を考えていた。

 膠着状態を生んでいるのは、シャイナーの射撃能力の低さもあった。

 転移した一番最初の乱射によって四体の戦闘員を塵にされていたが、その後の西部劇さながらの散発的な射撃戦に入ってからは、一発も命中させていない。

 アクイラ自身はシャイナーに数発を命中させていたが、倒すにいたるほどのダメージにはなっていなかった。

 ――白兵戦やるのもこの場所じゃあ辛いしなぁ。タイミング的にも微妙だしなぁ。

 もう何体か戦闘員を倒されたならば、ライフルを捨てて剣と盾を簡易生成して白兵戦に持ち込んでもいいと思っていたが、そんな状態にならないまま、時間切れが迫ってきていた。

『ねぇ。ちょっと思ったんだけどさ』

『どうかしたのか? ルプス』

 何かを思いついたらしいルプスに、作戦中ながらも返事をしてみる。

『うん、あのね。そこの壁って、あんまり厚くないよね? アクイラのそのでっかい銃だったら、壁越しにシャイナーを狙えない?』

『……その手があったか!』

 紙に焦げ目をつくる程度から、鉄のかたまりを撃ち抜けるほどまで無段階で出力を調整できるライフルならば、出力次第では古びたアーケード街の壁などあってないようなものだった。

『少々お待ちを。いま表通りまで貫通しない程度の威力を計算します』

 すでにアーケード街の外にはパトカーが一台到着していたが、警官が踏み込んで来る様子はない。外に集まった数十人の野次馬が中に入らないよう入り口を封鎖しているだけだった。

「うっし」

 樹里から送られてきた情報を元にライフルの出力をセットしたアクイラは、概ねシャイナーがいる位置に向けて、ライフルを構えた。それと同時に、飛び出してくるだろうシャイナーを攻撃するために、通路近くに戦闘員を配置する。

「いっけ!」

 場所をずらしながら三度、引鉄を絞る。

 命中したかどうかは定かではなかったが、追い立てられたシャイナーが通路に姿を見せる。

「あれ、ダメじゃね?」

 自身も攻撃に加わるために通路に出たアクイラは、シャイナーが肩に担いでいるものを見て、唖然とした。

 拳銃型のシャイナーシューターに代わってシャイナーが肩に担いでいたのは、大砲。

 戦隊特撮番組の正義の味方が、怪人や幹部にトドメを刺すのに使うような、強力そうな武器だった。

「シャイナーバスター!!」

 それがその武器の名前なのだろう。叫びつつ引鉄を絞るシャイナーに、危険を感じたアクイラは正面に戦闘員を整列させつつ、自分は床に身体を投げ出した。

 背中に悪寒と同時に死を予感させるほどの熱が通り過ぎていく。

 塵と化した戦闘員が崩れ落ちていく一瞬、通路に立ったままのシャイナーに向けて最大出力でライフルを放った。

「うっし、勝った!」

 膝を突きうつむくシャイナーを見て、アクイラは勝ち誇る。けれど顔を上げたシャイナーは言った。

「貴方の負けよ、アクイラ。それじゃ」

 それだけ言い残して、彼女は転移していなくなった。

「なんだよそりゃ。俺の勝ちだろ」

 振り向いて見てみると、どうにか戦闘員で軽減したのがよかったのか、シャイナーバスターから放たれた熱エネルギーは、アーケード街の突き当たりの壁に穴を開け、隣接する建物の壁をわずかに黒く焦げさせているだけで済んでいた。

 作戦開始時よりもずいぶんぼろぼろになったアーケード街を見回して、アクイラはふと気がつく。

「俺、作戦対象壊せてねーーーっ」

『あと二分で自衛隊が到着する。アクイラ、撤退だ』

 コルヴスの冷静な声に、アクイラは深くうなだれるしかなかった。


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