第三章 招集! 悪の幹部 3


       * 3 *


 転移が完了した瞬間、変身スーツ越しでも夜風に冷たさがあることに気づいた。

 ヘルメットの中で細く、長く息を吐いて、転移の際に発生する浮遊感をやり過ごす。

 それと同時に、シャイナーはセンサーで周囲の状況を確認していた。

 ――ここはあの場所ね。

 転移先は、最初に出撃した際と同じ、ショッピングモールの廃墟。活動時間も前回とほとんど同じ時間帯だった。

 戦闘員十体がすでに建物内に配置済みで、動き回っているのが確認できる。

 コルヴスとの距離は約十二メートル。転移の瞬間に攻撃をしてくるような素振りはない。

 ――これは、なに?

 コルヴスの背後に、三つの大きな反応があることに気づく。怪人にしても大きな反応に、しゃがんだ格好で転移したシャイナーは警戒を強めながら立ち上がった。

 いつ見ても黒い、その感想しか出てこないコルヴスの後ろには、マントで姿を覆った三体の人影があった。

 ――無駄なことよ。

 負け続けの状況に業を煮やしたのだろう。

 たとえ保有エネルギーの大きい怪人を、三体も繰り出してきたとしても、負ける気はしない。コルヴスが管制する限りは、その強さには限界があることを、シャイナーはすでに気づいていた。

 無駄なあがきをするコルヴスを、警戒は解かずに睨み付ける。

「おもしろい」

「なにが?」

 何を意図してのものなのか、コルヴスの漏らしたつぶやきに不信感を強める。

 シャイナーソードを抜き放ちながら、シャイナーはさらに強い視線をコルヴスに向けていた。

 相変わらずコルヴスのことはわからない。

 悪の秘密結社の機能があれば、もっと派手なことんも可能なはずなのに、やっていることは建造物の破壊だけ。それも廃墟に限定した破壊は、ステラートの存在自体に疑問を憶えるほどだった。

 ――そんなことではトライアルピリオドすらパスできないわよ。

 いらぬ心配だとはわかっていても、これまでのコルヴスの歯ごたえのなさに、シャイナーは少しばかり不満を感じているのも確かだった。

「今日はどうしたの? 戦闘員は配置済みみたいだけど、作戦の方はいいのかしら? 破壊対象はあれでしょう? コルヴス」

 顎でしゃくって背後のショッピングモールの廃墟を示してみせる。

 おそらく戦っている間に破壊しようなどと考えているのだろうと思うが、そんなことをさせる気はなかった。廃墟のひとつやふたつ、破壊されてもどうということはなかったが、小細工は気に入らなかった。

「今日はちょっと紹介したい人がいてね」

「人?」

 確かにコルヴスは人と言った。

 怪人でも戦闘員でもなく、人だと言うならば、それは幹部。

 想定していなかったわけではなかったが、一度に三人というのは想定外の事態。

 気合いを入れ直して、シャイナーはソードを構え直す。

「行け」

 そんなコルヴスの声に応じて飛び出してきたのは、幹部のひとり。

「第二幹部アクイラだっ。よろしく!」

 言いながらマントを脱ぎ捨てたアクイラは、深い青と緑に彩られた全身鎧風の変身スーツを身につけていた。左手には盾、右手には剣を持ち、力強い蹴りで一気に接近してくる。

 ――剣士タイプか。

 現れる可能性のある幹部については、あらかじめタイプを想定して訓練を積んでいた。盾を持っているタイプは想定していなかったが、剣士ならば動きは概ね予想できる。

 洗練されても鋭いわけでもないただの横凪ぎの斬撃を、シャイナーは左足を引いてわずかに重心を前に傾けて受け止める。

 ――重い。

 声からして同年代くらいの男の子だろう。力強いアクイラの斬撃は、押し返すには重すぎた。

 ――問題はないっ。

 受け止めた瞬間の力を受け止めきって、次の動きに入ろうとしたとき、シャイナーは自分が何を見ているのかわからなくなった。

 身体が宙を舞っているわかった瞬間、体勢を立て直して着地する。

「くっ」

 脇腹に走る痛みがアクイラの膝蹴りによるものだとわかったのは、着地した後に再生させた過去の映像を見たからだった。

 変身スーツのバイタルモニターを見る限り、骨折はしていない。けれど痛みが引くまでの時間も与えず、アクイラは追い打ちをかけてきた。

 やはり無造作としか言いようのない斬撃を、シャイナーは頭の上で構えたソードで受け流す。

 力強いアクイラの攻撃は、受け流してしまえば体勢を崩させることもできる。

 ――行けっ!

 自分に気合いを入れるように頭の中で声をかけながら、がら空きになった胴にすれ違いざまの攻撃をするべく、シャイナーは地を蹴った。

 次の瞬間、ソードの切っ先がアクイラの胴に触れるよりも先に、シャイナーに迫ってきたのは盾だった。

 ――なんなの?! いったいっ。

 無様にアスファルトに叩きつけられたシャイナーは、立ち上がってアクイラを睨み付ける。

 剣と盾を持っているのに、戦い方が剣士のそれではなかった。むしろ空手か何かの武術を相手にしているような気がしていた。

 剣と剣の間合いで攻撃しようとすれば、滑り込まれて顎に蹴りを食らった。

 さらに距離を離して飛び込んでの攻撃をしようとしたら、盾を投げつけられ、その盾の影に走り込んできていたアクイラの突きを避けきれず、吹き飛ばされる結果となった。

 ――こんなのあり得ないっ。

 アクイラの動きは、過去に見たことがあるどんな格闘技とも、武術とも違っていた。

 おそらく勘と、即座の判断で攻撃を仕掛けてきている。

 次の攻撃を先読みして動くことは困難に思えた。

 ――それならもっとよく見ればいいっ。

 攻撃にパターンはなくても、動きには流れがある。それならばその動きの流れを見ていれば、次の攻撃に対処することも不可能ではないはずだった。

 ――いける!

 盾を正面にかざしながら突撃。右手の剣を見ることはできないが、右肩から伸びる腕の方向から、剣の位置は予測できる。

 腰を落とさずアクイラの剣を受け止めると、身体が浮き上がった。

 その勢いを殺さずに軽く地を蹴り、距離を取る。

 戦い始めてから数分。やっとシャイナーはアクイラの攻撃に対応できるようになってきていた。

 ――これならどうにかなる。

 変身スーツの残存エネルギーを確認して、まだ戦えると判断したシャイナーだったが、アクイラが大きく飛び退いた。

「次、行け」

「うん」

 残ったふたりの幹部の内、小柄な方がマントを脱いだ。

 現れたのはウサギを模したような変身スーツ。

 純白の軟質スーツに、赤や黄色のアクセント。大層に大きな耳までヘルメットに付けている女の子の幹部が、ジグザグに跳ねながら接近してきた。

 ――あの身長と胸のサイズなら、問題ない。

 動きやすさを重視してだろう硬質プロテクターを極力廃したデザインだが、その小柄さから来る一撃の重さは、アクイラの数分の一だろう。

 その上硬質プロテクターでわざわざ強調するようにしている大きな胸は、どんなに動きやすさを重視していても、機敏な動きの邪魔にしかならないはずだ。

「第一幹部ルプスよ。シャイナー、覚悟!」

 ――覚悟するのはそちらだっ。

 心の中で返事をしつつ、シャイナーはルプスの最後の踏み込みの位置を読んだ。

 上段から振り下ろしたソードにルプスが飛び込んで来る形に見えたのに、彼女はもう一歩地を蹴った。

「なっ! これ!!」

 脇をすり抜けていったルプスが、背後から短剣を押し当てるように斬りつけてくる。

 ――たいした痛みじゃないっ。

 背中に走った痛みに耐えながら、シャイナーは背面視界を使って振り向きざまに攻撃を繰り出す。

 しかしすでにその場所にルプスはいない。

 身体がぶつかるほどの位置に飛び込んできたルプスは、今度は太ももに短剣を滑らせていた。

 斬っても裂けたりはしない変身スーツだが、軽減されていても斬られたときの痛みはそれなりにある。

 震えそうになる身体をどうにか押さえ込みながら、シャイナーはさらにルプスに攻撃を仕掛けるものの、ソードの間合いの内側にいる彼女に命中させることができない。

 それどころか、前後左右どれかの視界に見えているのに、攻撃を仕掛けようと注視したときにはルプスは別の場所に移動してしまっている。

「どうしたの? シャイナー。ちっとも反撃してこないじゃないっ」

「くっ、この!」

 いったいこの動きは何なんだろうか。

 機敏な犬にじゃれつかれたときのような掴みどころのない動きに、シャイナーは反撃することすらできず、一方的に斬りつけられていた。

 ――それでも、どうにかなる。

 体重を乗せたものではないルプスの攻撃によるエネルギーの消費は、決して多くはない。手数が多く、痛みが動きを鈍らせてはいるが、ルプスの刻むステップには、シャイナーの動きにあわせたパターンが見えてくる。

 攻撃の一瞬の隙間にシャイナーソードを捨て、シャイナーエッジを抜く。

 それでもルプスの持つ短剣よりも長いが、小回りの効くエッジならば、ルプスの動きにも対応可能なはずだった。

 ――捉えた!

 ルプスの次の位置を予測できたと思った瞬間、彼女は大きく跳んでシャイナーから離れていった。

「そろそろ時間切れね」

 ヘルメットの上の耳は、高感度のセンサーだったらしい。

 耳を立てたルプスがそう言ったとき、近づいてくるサイレンの音がシャイナーのセンサーにもキャッチされた。

 ――一度も反撃できなかった。

 張りつめていた息を吐き出すと、もう止めることができなかった。

 全身に残っている微かな痛みが、別人のもののように身体を重くしていた。

 ――でもまだ、今日は負けてない。

「目的を、達成できてないわよ。ワタシの、勝ちね」

 背後にそびえる廃墟は、いまだ健在だった。

 ステラートの目的は、建造物の破壊。

 それが達成できていないなら、戦いでは負けと言うしかない結果でも、正義の味方と悪の秘密結社の関係の中では、負けとは言えない。

 戦いがもう少し継続する可能性を考え、コルヴスたちに注意を向けたまま、シャイナーは側に転がっていたソードを拾う。

 そんなシャイナーの言葉を受けてか、最後の幹部がコルヴスの代わりに進み出た。

「ぼくは第三幹部ピクシス。心配いただきありがとう、シャイナー。けど作戦はすでに終わっているよ」

 言いながらマントを脱ぎ去った最後の幹部、ピクシスは、まるでがらくたの機械を寄せ集めたような、黒や銀、黄土色の部品を貼り付けたような変身スーツをしていた。

 そんなピクシスは右手を掲げ、指を鳴らす。

 その瞬間、背面視界で廃墟が崩れ落ちていくのが見えた。

 信じられず、シャイナーは振り向いてガレキと化していく建物を眺めていた。

 惚けてしまったシャイナーを無視して、コルヴスと三人の幹部、それにいつの間に終結していたのか十体の戦闘員は踵を返していた。

 ――負けた……。完全に、ワタシの負け……。

 一点、シミのように胸の中にわき上がった黒い物が、一瞬にして全身に広がっていた。

「コ、ル、ヴ、スーーーッ!」

 叫ぶだけでは収まらず、シャイナーはソードを叩きつけるようにアスファルトを裂いていた。

 ――負けるわけにはいかないのにっ。

 これまで負けることがなかったから、油断していたと言われれば確かにその通りだと思う。

 それでも、敗北で終わるわけにはいかない戦いだった。

 ――もっと、もっと強くなる!

 心の中で強く、強くそう誓い、シャイナーは秘密基地へと転移した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る