第三章 招集! 悪の幹部 2


       * 2 *


「幹部になる者の資格というものはとくにありません。性別や年齢はもちろん、幹部になる意志を表明できるならば、ロボットでも動物でも問題ありません。もちろん、招集の提案を理解し、明確に、自分の意志で受け入れる表明をできなければなりませんから、それなりの知性と言語能力を必要としますが」

 取扱説明書の幹部招集の項目を読んでわからなかったことを樹里に訊いてみたら、そんな感じで教えてくれた。

 ――要は誰でもいいのね。

 すっかり秋めいてきたけど、たまに暑い日もあるこの頃、緩くエアコンの効いた教室は心地が良かった。六時間目の古語の先生が長々と教科書を読み上げるのを聞き流しながら、船を漕ぐ人が続出していた。

 定年も近い古語の先生は自分の時間で研究をしたり論文を書いたりと、僕が通う私立の高校でも顔として紹介されてはいるけれど、授業にはあまり力を入れてないことでも生徒の中では有名だった。面白くない授業は静かに過ごしていれば終わるから楽ではあるけど、この時期は眠くなるのは確実。

 そんな中で、廊下から二列目の後ろの方にある僕の席からは、少し離れた斜め前の席に座る月宮さんが見えていた。背筋を伸ばしている彼女は、授業をしっかり聞いているらしかった。

 板書と手元に視線を動かす度に流れるさらさらとした長い黒髪を、落ちてきそうになるまぶたに堪えながらぼぉっと眺める。

 ――誘ってみようかな。

 シャイナーの強さは樹里も認めるほど。彼女とまともにぶつかって対抗できそうな人物を、僕は月宮さんとあとひとりくらいしか思いつけない。

 避けられてるのはもちろんわかってるし、いろいろと忙しいのも知ってるけど、月宮さんはここのところ機嫌がいいらしい。

 試しに誘ってみてもいいかもしれないと思っていた。

 授業の終わりを告げる鐘が鳴り、古語の先生が退出した途端に教室は騒がしくなる。

「月宮さん。これを」

「何かしら?」

 わざわざ一番前の席に座る月宮さんのところまで出向いて、僕は手にした授業用の端末を操作する。

 送信したのは十一月に開催される文化祭の出し物に関する意見。

 まだ十月も半ばに入ったばっかりだけど、この前月宮さんが意見があるなら送るように言っていたものだ。

 次のホームルームの時間に話し合う議題となるそれは、別に先生に言われたから集めてるんじゃなくて、彼女が自主的にまとめようと考えてやってることだろう。

 と言っても、文化祭が開催されるかどうかは難しい情勢だ。

 つい先々週にやる予定だった体育祭は、ステラートが活動を続けていることを理由に無期延期となっていた。

 文化祭についても開催できないだろうというのが、先生の間でも話されてる大半の意見だった。

 それでも出し物の意見をまとめてる月宮さんは、彼女なりに学校生活を楽しんでるんだろう。

「ありがとう。あまり意見が集まっていなくて困っていたところなの」

 相変わらず表情に変化はなかったけど、嬉しかったらしい。早速自分の端末を操作して文化祭の資料に追加しているようだった。

「それでなんだけど、もうひとついい?」

「何かしら?」

 告白の後も何かと声をかけている僕は、彼女から避けられている雰囲気がある。それでも端末から顔を上げてくれたからには、少しは話を聞いてもらえそうな感じがあった。

 ――何か最近、いいことでもあったのかな?

 それが何かはわからないけど、ここのところの月宮さんは、表情も態度も大きな変化はないにしても、ほんの少しそれまでとは違うような気がする。

 今日ならばと思い、僕は思いきって話を切り出すことにした。

「後で部室まで来てほしいんだ」

「部室まで? 探研部は奥村先生が休職なされて、活動休止になっているでしょう? それでなくてもステラートがいつ現れるかわからないから、部活は自粛するよう言われてるのに」

「そうなんだけどね。部活とは別に、ちょっとやってもらいたいことがあるんだ」

 目を細めて不審そうな顔をする月宮さん。

 それでもまだもう少し話を聞いてくれそうだった。

「内容は後から説明するよ。期間は……、年末くらいまでかな? 一応」

「それなら無理ね」

 そう答えた月宮さんは、興味を失ったように僕から視線を逸らす。

「ワタシは何かとやらなければならないことがあるし、貴方のために使う時間なんて、五分だって惜しいくらいよ」

「そ、そっか……」

 かなりきつい言葉での拒否に、僕は肩を落として自分の机に戻る。

 ――拒否するにしても、もう少し言い方ってものがないかなぁ……。

「遼平、どうかしたのか?」

 終礼の始まるまでの時間を使ってこっちに来た竜騎が、深くため息をついてる僕に声をかけてきた。

「いや、なんでもない」

「そう思えばどうするんだ? 部活。夏休みからこっち、まともに活動してないだろ」

 奥村先生が休職したまま戻ってきてないのもあるけど、ステラートの活動にかまけて部室に顔を出さないことも少なくなかった。

 最近今後について心配し始めているらしい竜騎に、僕は真面目な顔で言う。

「後で全員部室……、いや、僕の家に集合。ちょっと話したいことがあるんだ」

「了解。待ってたんだ、その言葉を」

 どこまで竜騎が気づいているかわからないけど、やっぱり僕が何かやってることには気づいていたらしい。

 にやりと笑う彼に、僕も笑みを返していた。


         *


「おじゃまします……」

 周囲を忙しく見回しながら最後にリビングに入ってきたのは、マリエちゃん。

 今日は綾子さんは仕事で遅くにしか帰ってこない予定だと話してあるのに、よっぽど会いたくないらしい。

 竜騎にマリエちゃん、英彦が三人掛けのソファに座るのを待って、ふたり掛けのソファに座っていた僕は話を始めた。

「集まってもらったのは他でもない」

「もったい付けるなよ。こっちはひと月以上もお前がなにやってるのか、疑問に思ってたんだぜ」

 不機嫌そうな声音で言ったのは竜騎。

 ソファから立った僕は、左腕にはめた飾り気のないブレスレットに右手を添える。

 キンッ、という澄んだ音と同時に、ブレスレットは四つに分離した。

「まずはこれを腕にはめて」

 不思議そうな顔でそれを眺めていた三人は、文句も言わずに腕にはめてくれた。

「それで話したかったのは――。樹里」

「はい」

 声をかけると、キッチンから冷たい飲み物をお盆に乗せて樹里がやってきた。

 三人の前にコップを置いた後、お盆をお腹の下に抱えたまま、深々と頭を下げる。

「初めまして皆様。わたしは樹里と申します」

 突然現れた樹里に、三人はそれぞれに驚いた表情を浮かべている。

「え? 誰なの? ひかるさんの、お姉さん?」

「違うだろう。月宮さんは確か一人っ子のはずだよ。他人のそら似かな?」

「いったい何を始めたってんだ? 遼平」

 樹里の顔が月宮さんに似てるのは、やっぱり三人とも驚いていた。

 混乱している様子の三人に、僕ははっきりと言う。

「彼女はステラートのナビゲーター。そして僕は、ステラートの首領、コルヴスだ。みんなを、幹部に招集したいと思って、今日集まってもらったんだ」

 今度はもう、声も出てこない様子で、三人とも大きな口を開けているだけだった。

「ちなみにこれは?」

 しばらくして、一番最初に復活した英彦が、腕からはずせないサイズに縮小したブレスレットをつまんで示す。

「それはもし、ステラートへの参加をしないと言われた場合、今日のこの場所での記憶を消去するための道具だよ。樹里との通信機能もあるけどね」

「やっぱりそういう類のものか」

 予想をしてたらしい英彦は、左腕のブレスレットを右手で眼鏡を押さえながら見ている。

 考え込み、迷っている様子の三人に、僕はこれまでの経緯をかいつまんで話した。

「そう思えば」

 と竜騎が口を開く。

 全員の視線が集中してたじろいだ竜騎だけど、それでも話を続ける。

「六時間目が終わった後、ひかるっちに声をかけてたのって、この話をするためだったのか?」

「うん、まぁね。話をするまでもなく拒否されたけど」

「氷炎の委員長相手に、相変わらず勇気あるよな、お前」

 誰のあだ名だと一瞬思ったけど、月宮さんのだろう。本人に伝わらないあだ名が、入学してからもういくつ目だったか。いまではすっかり月宮さんに近づく男子はいなくなってるらしいことは知っていた。

「はいっ」

 マリエちゃんの声にそっちの方を見ると、何か思い詰めた表情をしながら机を見つめて、彼女はまっすぐに手を挙げていた。

「アタシ、ステラートの幹部、やる!」

 何故かちょっと潤んだ目をしたマリエちゃんが僕のことを見る。

「えぇっと、竜騎はどうする?」

 どこか凄みを感じるマリエちゃんの様子に、僕は竜騎に話を振った。

「んー。どっちかってぇと、正義の味方の方が好みなんだけどな。でも悪の秘密結社も良さそうだな。シャイナーって強そうだし」

 シャイナーの存在は、僕が主に夜に活動してたからしばらく表には出てこなかったけど、つい先日行った二度目のホームセンター襲撃の際に白日の下に晒されている。

 一番最初に活動を行ったのとは違うホームセンターでの活動は、結局シャイナーに負けて、肥料は小遣いから出すことになってたけど。

 最後に黙ったままの英彦に目を向けると、顎に手を当てて考え事をしていた彼は僕の視線に気づいたらしく顔を上げた。

「ぼくも参加させてもらうよ。仲間外れは勘弁してほしいし、何より楽しそうだしね。悪の秘密結社をやるなら、いろいろとやってみたいこともあるし」

 そう言って英彦は、珍しく小さく笑みを浮かべていた。

「ん、わかった。詳しい話はアジトでしよう。変身スーツのデザインとか、いろいろやることもあるしね」

「うん」「おぅ」「わかった」

 三人の返事を聞いた僕は、大きく頷いた。

 隣に立つ樹里が笑みをかけてきてくれてるのに気づいて、僕も彼女に笑みを返す。

 緊張の糸が解けたのか、楽しそうに話し始めた三人を見て、僕もまた緊張が解けていくのを感じていた。

 シャイナーに対抗しうるものかどうかはまだわからない。

 でも少しは状況に変化が生まれるだろうことは、始まる前からわかっていた。

「さぁ、僕たちの世界征服を始めよう」

 僕の言葉に、三人は三人それぞれの答えを返してくれた。


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