第三章 招集! 悪の幹部 1



第三章 招集! 悪の幹部


       * 1 *


 転移室に戻ってきても、それまであった勢いが止まらず、僕は開いてない扉に顔面からダイブしていた。

 遅れて僕の後ろから、三体の戦闘員が背中にタックルしてくる。

「むぎゅぅ」

 扉と戦闘員にサンドイッチにされた僕は、思わず情けない声を上げていた。

 音もなく扉が開いて、僕はそのまま戦闘員に押しつぶされる。

 変身スーツを着ているからそれほど重いわけでも痛いわけでもないけど、指示を忘れて抜け出すことができない。

「お帰りなさいませ」

 やってきた樹里に引っ張り出してもらって、立ち上がった僕はやっとひと息つくことができた。

「か、勝てる気がしない」

 広間の最奥にある玉座に崩れ落ちるように座って、思わずつぶやきを漏らす。

 休日だった今日は、昼間のうちに戦闘員二十体と新しく生成した怪人トラペジウムとともに、山の方にあるダム湖まで行っていた。とくに破壊対象があったわけじゃなく、主に戦闘員の管制訓練のために。

 これまでの三回の出動で、シャイナーに出会ったのが二回。

 僕だって少しは戦闘訓練をやっていたというのに、シャイナーにはまったく勝つことができないでいた。

 もっとマシな戦闘ができるようにと、戦闘員管制の基本である行進とか同時指示とかを練習するために、アジトの中の訓練室では狭くてできない内容を、人があまり来ない山の方でやっていたんだけど、シャイナーはそこにも現れた。

 剣道以外の動きを取り入れたらしいシャイナーは、新しく長剣型の武器シャイナーソードを持って、一瞬で六体の戦闘員を塵と化した。

 シャイナー用に生成した戦闘用怪人トラペジウムは、これまでで一番大量のエネルギーを使い、分離能力を持つすごい怪人だったけど、分離のたびに筋力も防御力も落ちるのを見抜かれて、シャイナーソードの錆となっていた。

 戦闘時間はたった三分。

 シャイナーと初めて出会ってから、生成する戦闘員も通常タイプから、生成エネルギーは同じでも消費が大きくなる代わりに筋力も防御力も強化した強化戦闘員にしていたのに、シャイナーソードの前では通常タイプでも強化タイプでもほとんど変わりはなかった。

 十四体の戦闘員を倒された時点で走って逃げながら撤退したけど、僕と一緒にアジトに戻って来れたのは、たった三体だった。

「あの強さはいったい何だろう?」

 無言のまま玉座の脇に控えてきた樹里に訊いてみる。

「首領の変身スーツと、正義の味方のリーダーであるシャイナーの変身スーツの保有エネルギー量や、スーツ自体のポテンシャルはほぼ同じです。正義の味方は戦闘に特化した特性を持っていますから、戦闘についてはシャイナーの方が有利ではあるのですが、一度の戦闘に投入できる総エネルギー量は、単体ヒーローのいまの状況である限り、怪人や戦闘員を生成できる悪の秘密結社の方が有利と言えます」

 いまの状況を詳しく説明してくれる樹里だけど、その表情はひたすらに暗い。

「シャイナーのあの強さは、やはり変身する人そのものの強さの違いと言えるでしょう。体力面はともかく、変身スーツの能力は同じでも、やはり運動神経や戦闘技術の差は変身スーツをもってしても埋められるものではありません。それにシャイナーはおそらく、訓練の量が首領とは異なっているものと思われます」

 確かにその通りだと思う。

 管制の訓練はもちろんだけど、僕も自分自身の戦闘訓練だってやっている。と言っても探研部にはちょくちょく顔を出してるし、訓練の他に破壊対象となる建造物の調査や作戦の立案をしていたり、戦闘のことばかりをやってるわけじゃない。

 それにシャイナーは、戦闘能力を高めるためにいろんなことをしてるらしい。

 最初は剣道を基本にした戦闘スタイルだったけど、、今日見せた動きには剣道以外の剣術の動きもあったように見えた。

 ただ戦闘技術を身につけるだけではダメで、変身スーツによって強化される腕力や脚力に合わせたものにアレンジしないといけない。それができているのは、シャイナーの才能とも言えるのと同時に、それだけの鍛錬を積んできているからなのだろうと思う。

 ――シャイナーっていったい、なんなんだ?

 それが一番の疑問だった。

 取扱説明書の正義の味方に関する項目では、樹里が前に言ったとおり、悪の秘密結社を倒しうる存在、ということが書かれていた。その他には想定される戦闘に関することなんかも書かれていたけど、具体的に正義の味方がなんなのかについては、触れていなかった。

 ――いったい、この状況は何なんだろう?

 さすがに僕も疑問に思い始めていた。

 悪の秘密結社が出現して、対抗する正義の味方が現れる。

 テレビの中ならばセオリー通りの展開だ。

 でも悪の秘密結社と正義の味方は、少しばかり違う点はあるけど、同じ力を持つ。

 世界の歪みが自動的に生み出したとか言うのでなければ、僕に悪の秘密結社キットがあるのと同様に、シャイナーもまた「正義の味方キット」というべきものを持っているはずだ。

 誰が、どんな意図で造ったのか、両方を同じ人が造ったのかも不明だけど、いまの状況は主催者とも言うべき存在が、意図的につくりだしたものだと思う。

 ――シャイナーの方には、どんなことが書いてあるんだろう。

 悪の秘密結社の取扱説明書には、「君の悪を示せ」と書いてあった。シャイナーがもし正義の味方キットを持っているなら、その取扱説明書の序文にはどんな言葉が書いてあるのか、少し気になっていた。

「何にせよ、シャイナーをどうにかしないことには、トライアルピリオドのパスすらも危ういね」

「そうですね」

 玉座に突いた肘の上に頭を乗せた僕は、樹里と一緒に大きくため息を吐いた。

 ステラートを結成してからもうそろそろ二ヶ月。

 僕の悪はいまだにはっきりと定まっていない上に、ここのところシャイナーに負けっぱなしだ。

 トライアルピリオドをパスした後、ステラートブリッジ計画を実現する世界を目指してるというのに、それも夢のまた夢ということになりそうだった。

 ――諦めた方が、早いかなぁ。

 シャイナーに勝てないなら、早々に諦めてしまうのも手かも知れない、と思ってしまう。

 どうせシャイナーに勝てず、トライアルピリオドをパスできないなら、早めに諦めてしまうのもあながち間違いではないような気がしていた。

「そうですね……」

 唇に指をあてて考え込んでいた樹里が口を開いた。

「幹部を招集してみるというのは、どうでしょう」

「幹部?」

 問い返してみると、樹里の表情が一気に不機嫌になった。どうやら取扱説明書に書いてあることだったらしい。

「悪の秘密結社は、首領ひとりで運営しなければならないものではありません。ナビゲーターであるわたしはあくまで補佐の範囲までしか結社に関わることはできませんが、直接作戦に参加することができる仲間、幹部を招集することが可能です」

 もう諦めてきているのか、求めずとも樹里は説明してくれた。ちょっとその顔に影があるのは否めなかったけど。

「幹部か」

 樹里の言葉に、僕は誰に声をかけようかと考え始めていた。


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