第二章 登場! 正義の味方 4
* 4 *
「さて、と」
転移が完了して、僕は連れてきた十体の戦闘員と、新しくつくった怪人ベテルギウスを整列させる。
深夜にやってきたこの場所は、広い駐車場。国道に近い場所にあるからあまり早い時間には活動しづらいこの場所は、大型ショッピングモールの廃墟だった。
売り場だけでも三階まであり、屋上にも駐車場がある巨大な建物を次の作戦対象に決めたのは、営業当時のけっこう詳しい見取り図を見つけることが大きい。
建物の詳しい構造まで書いてあるわけじゃないけど、事前にどこをどういう順に壊していけばいいかは、ある程度検討済み。このサイズの建物だと完全に破壊できなくても、ある程度破壊できれば街から廃墟を減らす、というとりあえずの目的は達成できるという目算があったからだった。
「お前たちの悪行はここまでだっ!」
「悪の秘密結社は今日この場所で滅びるのよ!」
建物に向かって歩き始めようとしたとき、僕たちに立ちはだかるようにふたつの人影が現れた。
ヘルメットと身体に密着した全身タイツのような服を身につけ、赤と白のふたりは、手にした日本刀を僕たちに向けてきていた。
『樹里。この人たちって……』
『はい。表示されている警告レベルの通りです』
身体に緊張が走るのを感じる。
後ろに引き連れていた戦闘員を四体、僕の前に配置する。
「コルヴス! 覚悟!!」
「我らの正義の鉄槌を受けてみよ!!」
威勢のいい声とともに日本刀を振りかざして駆け寄ってくる赤と白のふたり。
「やれ」
僕はわざわざ声に出して、戦闘員に指示を出した。
決着は一瞬。
日本刀を受け止めた瞬間、戦闘員の武器の機能のひとつである、対人用の電撃を強めに発動させた。
摸造刀を通して電撃を食らったふたりは、声にならない悲鳴を上げた後、気を失った。
「はぁ……」
うまくやれたことに安堵の息が漏れる。
それを想定した訓練はアジトの中で多少はやっていたけど、たとえ正義の味方のコスプレをした人とはいえ戦闘は初めてだった。
殺すことなく無力化できるかどうか、正直自信がなかった。
『うまくできましたね』
『うん。けっこう緊張したよ』
樹里のねぎらってくれる言葉に、乾いてしまった喉が潤っていくのを感じる。
どうやらふたりは僕が来るだろう廃墟にいつからかなのか、待ち伏せしていたらしい。駐車場の端の方には、熱反応のあるテントが設置されているのが見えた。
とにかく気絶したふたりを、戦闘員に指示して敷地の外の安全な場所まで運んでしまう。
「さて、改めて」
戦闘員が戻ってきたのを確認して、廃墟に向き直ったそのときだった。
『転移反応を確認! 気をつけてください!!』
『え?』
樹里の悲鳴に近い通信の意味を、僕は理解することができなかった。
変身スーツのセンサーを表示している視界に、警戒を示す印が出ていた。警告表示のある場所に、顔を向けてみる。
白い影があった。
ショッピングモールは地上四階の建物。その一番上のフェンスに、人が立っていた。
直線距離にするとけっこう遠くてよく見えないから、僕はスーツに指示して拡大した視界をつくって表示する。
――綺麗だ。
純粋に、僕はそう感じていた。
バランスを取るためか、僕に対して少し斜めに立つ人影は、赤や黒の色のアクセントを配しつつ、白く彩られた姿をしていた。
登りつつある月の光に照らされ、女性なのか男性なのかはわからなかったけど、ヘルメットから伸びる黒い髪が緩い風になびいて、きらきらと光っていた。
胸や手足を硬質プロテクターで覆っていても、ほっそりとして均整の取れたその姿は、生きたまま美術品のような美しさを、僕は感じていた。
『あれはいったい何?』
『……まだ、取扱説明書を読んでらっしゃらないのですね』
『うっ……』
樹里の不機嫌な指摘に精神的ダメージを負いつつも、人影から目を離すことができない。
美しくても、あれは危険なものだと、変身スーツが警告していたから。
拳銃を持った警官のときも、大型の銃を持った機動隊員に出くわしちゃったときにも、スーツが警告する危険度は一般人よりも少し高い程度のものにしかならなかった。
それなのにあの白い人影に対しては、ほとんど最高に近い危険度が表示されていた。
「お前は何者だっ」
僕のことを観察しているのか、動くことも、声を発することもない人影に、僕は少し拡声して訊ねてみる。
「ワタシは――」
問われた人影が発したのは、耳に心地よい澄んだ声だった。
女の子らしい高めの声の先を、僕は待つ。
待つ。
……待つ。
月が動いたのがわかるくらいの時間、僕は待っていた。
「ワ、ワタシはひ、光の戦士、シャイナー」
どこかたどたどしい口調で、その人影、シャイナーは名乗りを上げた。
『……いま考えた名前だよね』
『そうですね。その上なんと言いましょうか――』
『「光の戦士」で「シャイナー」って、そのセンスはちょっと』
『はい……』
樹里と交わしてる通信の内容は、シャイナーには聞こえていない。
遠くて良く見えないけど、頷いているようにも見えるシャイナーは、気合いの声とともに建物の最上段から飛び降りてきた。
『警戒してくださいっ』
樹里に言われるまでもなく、建物から飛び降りて、着地と同時に脚のバネに力を溜めて僕たちに飛び込んでくるシャイナーに、戦闘員を差し向けた。
「シャイナーエッジ!」
それが武器の名前なのか、スカートのような腰のプロテクターに佩いた短剣を叫び声とともに抜いたシャイナーが一番前方の戦闘員と接触する。
「え?」
二度、閃光が走ったように見えた。
次の瞬間、シャイナーに一番近い戦闘員のエネルギーがゼロになって、塵になっていた。
その様子に僕は目を疑う。
拳銃の弾丸をいくら受けてもたいしたダメージにならなかった戦闘員。
それが脚を地に付けるのと同時に振られた短剣の攻撃で、二体もの戦闘員が倒されていた。
『首領! シャイナーの強さは半端ではありませんっ』
一瞬惚けてしまいそうになった僕は、樹里の言葉で我に返る。すぐさまあと四体の戦闘員でシャイナーを取り囲んだ。
『樹里っ。あいつは一体なんだ?!』
『正義の味方です。――まだ、取り扱い説明書を読んでらっしゃらないんですか?』
『い、いまはそんなこと言ってる暇はないっ。教えてくれ』
四体の戦闘員で取り囲むと、シャイナーは警戒したように全方位に気を配りながら、すぐには手を出して来なかった。
でも時間の問題だ。
取扱説明書を読んでいなかった僕は、敵が出てくるなんて、正義の味方なんてものが出てくるなんて考えてなかった。戦闘を前提としたまともな訓練なんてやったことがない。
『正義の味方は、悪の秘密結社に対抗しうる力を持った存在です。変身スーツを身につけ、武器を持ち、戦闘員程度ならば優に倒しうる存在ですが……』
そこまで言って、樹里は言葉を濁す。
『何か問題が?』
『もう現れないのかと思いましたが、シャイナーは今回が初出動なんです。そうであるにもかかわらず、標準装備の短剣のひと振りで戦闘員を倒せてしまうなんて、想定の範囲外です』
もう現れないかと思ったとか、想定の範囲外とか、気になる単語はあったけれど、いまはそれどころじゃない。
僕が戦闘員で戦闘することに慣れていないことに気づいたのか、シャイナーが動いた。
短剣のリーチの振りを感じさせない伸びやかな一閃で、シャイナーの右に配した戦闘員が塵になった。
同時に指示を飛ばせない僕は、時計回りに順番に攻撃させようとするけど、シャイナーはそれを簡単に見切ってしまった。
振り返りざまの袈裟懸けで一体、もう一体の攻撃を避けた上で、攻撃準備に入っていた次の戦闘員の胴を薙ぎ払う。攻撃を外した戦闘員が多々良を踏んでいるところを、容赦のない斬撃が振り下ろされた。
――舞を舞ってるみたいだ……。
シャイナーの剣の振り方は、たぶん剣道を基本としてるんだろう。
でも通常の剣道に一対多の戦闘なんて想定されない。それをこなして四体の戦闘員をすべて数秒程度で塵と化した彼女の動きは、一切の無駄がなく、本当に舞を舞っているかのような華麗さだった。
『首領!』
樹里に声を掛けられるまでもない。
僕はいま、シャイナーの一挙手一投足を見ている。
振り返ったシャイナーが僕に向けて地を蹴ったのも、見逃すことなんてなかった。
「ベテルギウス!」
自分は一歩下がりつつ、今日初めて連れてきた怪人ベテルギウスでシャイナーの進路を妨害する。
六本腕をし、鋭い爪とアルクトゥルスよりも高い筋力を持つベテルギウスは、建造物破壊を想定して生成した怪人だけども、アジトのエネルギーに余裕があったから、防御力も建造物破壊作戦には不要なほど高めてある。
腕の本数が多いから扱いやすいわけじゃないけど、それでも戦闘員を同時に四体管制するよりも戦いに集中することができるはずだ。
轟音とともに振り下ろされた二本の爪を、シャイナーは片方を避け、片方を短剣で受け流していた。
受け止めずに受け流したのは、さすがの判断だろう。
ベテルギウスの筋力は、首領の変身スーツを着る僕でもまともに受け止めるのが難しいほどなのだから。
暇を与えずに、僕は六本の腕をシャイナーに次々と繰り出す。
――本当にシャイナーはすごい。
人間よりも長い腕は前からだけじゃなく、横からも繰り出されているのに、シャイナーはそれを身体にかすめることなく、避け、剣で流し、一撃として命中させることができない。
さっき以上にコンパクトで鋭い動きに、僕はベテルギウスを操りながら釘付けになっていた。
――でもダメか。
左下段の爪を大きく振るった瞬間、シャイナーが消えたように見えた。
縦に走る一条の閃光。
それと同時に跳んでいったのは、ベテルギウスの腕だった。
地に落ちるよりも前に塵になって消えていく腕。返す刀でさらにもう一本の腕が切り落とされていた。
『まさか……。短剣一本で怪人にここまでダメージを与えるなんて』
樹里の驚きの言葉と同時に、僕は全身に鳥肌が立つのを感じていた。
――ここまで強いか、シャイナー。
美しく、華麗で、強い。
僕はシャイナーに、一瞬にして惚れ込んでいる自分を意識した。
さらに腕を一本切り落とされ、残り三本。身体の欠損により、ベテルギウスの残りのエネルギーも厳しくなっている。
――いくよ、シャイナー!
少し距離が離れた瞬間、僕はベテルギウスを彼女に突撃させた。
左右からの攻撃をフェイントにして、最後の腕を頭上から振り下ろす。
かろうじて命中した攻撃は、シャイナーのヘルメットを微かにかすめるだけで終わった。
すべての攻撃をかいくぐり、ベテルギウスの胸に飛び込むように接触したシャイナーの動きが止まった。
次の瞬間、胸の奥深くに短剣を突き立てられたベテルギウスが、塵と化し崩れ落ちていった。
ベテルギウスの巨体が消え、現れたのはヘルメットのバイザーから放たれる目のような光。
睨まれながらも、笑い声を上げてしまいそうなほど、僕の頬は潤みきっていた。
『首領! 撤退を!! 勝てませんっ』
『どちらにしろ、もう時間切れだよ』
聞こえてきたサイレンの音。
僕は残った戦闘員を下がらせ、シャイナーと直接対峙する。
「諦めたのかしら?」
「いや、時間切れだよ。面倒なことは避けたい。戦うなら、全力でやれるときがいいだろう?」
サイレンには気づいているんだろう、シャイナーもまたシャイナーエッジを腰に納めた。
「今日はこの辺にしておいてあげるわ。でも首を洗って待っていなさい。ワタシは必ずコルヴス、貴方を倒して、ステラートを解散させるわ」
それはむしろ僕が言う台詞なんじゃないかという言葉を残して、シャイナーの姿がかき消えた。転移したらしい。
『首領も早くご帰還を』
『うん。樹里、帰還する』
――どうして、シャイナーはあそこまで強いのだろう。
確かに僕はこれまで、自分なりに真面目ではあったけど、全力で悪の秘密結社をやってこなかった。
シャイナーは違う。
真面目で、全力を持って正義の味方をやっている感じがあった。
美術品のように美しく、一部の隙もない華麗な動きと、勝てる気がまったくしないあの強さ。
どうやったらあれほどのことができるようになるのか。僕には想像することすらできなかった。
「ふふっ、ふふふふ……」
サイレンの音が間近に近づいているのはわかったいた。それなのに僕はもう、笑いをこらえることができなくなっていた。
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