第一章 結成! 悪の秘密結社 3


       * 3 *


『転移完了しました。大丈夫ですか?』

「うっ……」

 樹里の声が頭に響くのを聞きながら、僕は何とも言えない浮遊感に一瞬吐きそうになっていた。

 これ以上育てて、多くのエネルギーを得るためには広い土地に植え替える必要があるとかで、近くの広い公園の秘密の場所にキットの木を植え替えた後、アジトの中に転移した。

 木に触れて入ったアジトの中は相当広かったけど、地下にあるとかそういうことでなくて、キットの機能でつくられた余剰空間だとかなんだとか。原理はよくわからないし、樹里の説明も理解できなかったけど、転移というのは瞬間移動のようなものらしい。

 ほとんど前触れもなく目の前の景色が切り替わるのは、不快感に近い感覚がある。

 それに樹里に地味だと言われた、僕の闇の中においてさらに暗い色をし、同じ色のマントの変身スーツは、その機能により前後左右周囲すべての視界、それだけでなく、アジトや、いま連れてきた十体の戦闘員の情報などが表示されている。

 目がたくさんできたような感覚の視界に、スーツを身につけてから一時間以上が経っているけど、僕はまだあんまり慣れることができないでいた。

「さて、どうすればいいかな」

 僕の目の前に広がっているのは、ほんの少し前までいたクリーム色の壁をしたアジトの転移室ではなく、夕刻迫るホームセンターの広大とも言える駐車場だった。

 曜日としては平日だけど、まだ夏休み期間の今日、駐車場にはたくさんの車が停まっていて、大きな売り場の建物には人がひっきりなしに出入りしている。

 キットの木を育てるためには、樹木用の肥料があればいいんだそうだ。

 ――いったいどんだけ手軽にできてるんだろう?

 キットの木があっというまに育ったことといい、樹里が木の実から生まれたことといい、ものすごい機能と力を持った変身スーツや戦闘員がつくれることといい、誰がこんなものをつくったのかはわからないし、樹里も知らないそうだけど、悪の秘密結社キットというのはずいぶん便利にできてる。

 とにかくそんなわけで、僕は樹木用の肥料を盗りに来た。

 買いに来たのでもなく、取りに来たのでもなく、盗みに来た。

 ――完全に流れに乗せられてるよな……。

 後悔をしたところで、すでに十体の戦闘員を連れて現地に到着してしまっている。悩んだところでどうにもならないのはわかっているけど、僕はヘルメットの上から額を押さえてため息を吐いていた。

『惚けている余裕はありませんよ、首領』

 変身スーツを身につけてからは僕のことを首領と呼ぶ樹里の言葉に、僕は周りを見回してみる。

『え? なんで?』

 見てみると、すぐ側にいたはずの戦闘員が散らばって、近くの車を手にした槍とも斧ともつかない武器で攻撃を始めていた。

 鋭角な部分と丸みを帯びた部分を組み合わせたヘルメットに、上半身のほとんどを覆う硬質プロテクター。それから手甲と脚甲の僕の変身スーツに少し似ていて、ヘルメットと胸当て以外は軟質スーツの戦闘員は僕のスーツの簡略版に見える。ヘルメットのバイザー部分に目のような赤い光があるのとは違って、エンブレムのようなものがあるだけのヘルメットの戦闘員は、見ているだけで意外と異様な姿だった。

 そんな戦闘員は、武器のひと振りで車のボディをひしゃげさせ、たった一体で荷物を積んだ軽トラックをひっくり返してたりと、勝手気ままに破壊活動にいそしんでいた。

『最初に説明したはずです。戦闘員には自由意志はありませんが、破壊衝動はあります。しっかり管制しなければ、周囲の破壊可能な物体をどんどん攻撃していきますよ』

『管制って言われても、どうやってやれば……』

『自分の意志を各戦闘員に伝達してください』

 若干呆れの色を含んだ説明に、僕は一番近くの戦闘員に注目する。

『止まれ!』

 できるだけ強い意志を込めて命令してみると、ワンボックスカーのドアを引っぺがそうとしていた戦闘員は動きを止めた。

 でもまたすぐ破壊を再開してしまう。

 ――どうやればいいんだっ。

 取扱説明書を読んでないのが悪いのはわかってるけど、全然やり方がわからない。出撃前に練習くらいしておけばよかったと思いながら、僕は思わず頭を抱えていた。

『首領っ』

 樹里の強い言葉とともに送られてきた警告の情報。

 示された情報には、散り散りになった戦闘員の一体が売り場のある建物の近くまで行っていると表示されていた。

 転んで逃げ遅れたらしい女性に向けて、戦闘員は武器を振り上げていた。

 ――やめろ!!

 それを見た瞬間、僕は強くそう思っていた。

 振り下ろされようとしていた戦闘員の両腕が、力なくだらんと下ろされる。さっきと違って、女性が這いずって逃げていっても、戦闘員は動き出すことはない。

 戦闘員の情報が表示された視界に注視してみると、命令待ちで待機の状態に入ったらしかった。

 ――少し、わかったかも。

 まだうまくできる自信はないけど、どうにか戦闘員の管制方法を理解した僕は、他の戦闘員にも指示を飛ばしていく。

 勝手な破壊を辞めさせて、肥料の奪取の邪魔が入らないよう、人々を脅して逃げ出すようにし向ける。

 少しばかり悪の秘密結社らしくなるよう、でもあんまり被害が出ない程度に、カゴに入った商品をばらまいたり、棚を倒したりさせる。

 ――こんなことして、いいんだろうか?

 当たり前だけど、肥料の奪取は窃盗だ。

 樹里に言いくるめられるような感じになったとは言え、肥料を盗むのにも、車を壊してしまったことにも、普通の高校生に過ぎない僕は罪悪感を感じてる。

 でも、僕をいま満たしているのは、別の感覚だった。

 たった一体で車をひっくり返し、商品が詰まった棚を倒してしまう戦闘員。

 僕の変身スーツには、戦闘員よりも高い力が備わっていると、樹里は言っていた。

 戦闘員の視界を呼び出して見てみると、恐怖に顔を引きつらせた人々が、次々と売り場から逃げ出していくのが見えた。

『僕はいま、この場の流れを支配しているんだ』

 独り言のような言葉で、僕は樹里に話しかけていた。

『制圧しているとは言い難い状態ではありますが、現在首領はその場所を征服していると言っても過言ではない状況にあります』

『うん――』

 売り場の建物には入らずに、僕は傾き始めた日差しを仰ぐ。

 悪の秘密結社なんて、冗談かテレビの中にしか出てこなさそうなものが、いま僕の手にある。

 それは凄まじいほどの力は、樹里が説明してくれた通り、使いこなすことができれば、世界征服すらも可能かも知れなかった。

 ――僕はこの力を使って、何ができるだろう?

 僕はいま、そんなことを考えていた。

 肥料の奪取を指示した戦闘員から、目的の物を確保したとの連絡が入る。

『樹里。帰還する』

『はい。戦闘員を集合させて、広い場所に移動してください』

『わかった』

 最低限の指示くらいは出せるようになった戦闘員に指示を出して、車が停まっていない国道への出口辺りに集結させる。

 いまの状況を噛みしめながら、集結地点を目指して歩く僕にかけられたのは、拡声器から響いた声だった。

『君たちに逃げ場はない! 武器を捨てて投降しなさい!!』

 いつの間にやってきていたのか、駐車場から国道への出口には、十台くらいの警察車両が並んでいた。スーツのセンサーによると二三人の警察官は、拡声器を手にした年配の人を除いて、全員僕や戦闘員に拳銃を構えてる。

 転移するから道路に出る必要はないけど、何か言い返した方がいいんだろうかと考えてるとき、管制が緩んだからか、戦闘員の一体が武器を構えて警察官の集まる方に走っていってしまった。

 ――まずい。

 と思ったときにはすでに遅い。

 一番最初は誰だったのか、恐怖に顔を引きつらせた警察官のひとりが戦闘員に向けて拳銃を撃ったのを引鉄に、全員が僕たちに向けて発砲を始めた。

「うわっ」

 悲鳴を上げるのと同時に、身体をマントで覆った僕は、襲ってくるだろう痛みに歯を食いしばる。

 たいした弾数のない拳銃の発砲は、長い時間のように思えたけど、ほんの短い時間の出来事だった。

 何かが当たった感触はあった。

 でも痛みはまったくない。

 僕の側にいる戦闘員にも被害はないようだった。

 ただ突出して一番銃弾を受けただろう戦闘員だけは、バッタリと駐車場のアスファルトに倒れてしまっていた。

『樹里?』

『これくらいの演出はあっても良いかと思いまして』

 突出した戦闘員に僕以外の指示があったことに気づいた。非難するわけじゃなく、僕の呼びかけにそんな風に答える樹里だったけど、これは少し過剰演出かもしれなかった。

 倒れている戦闘員に改めて指示を飛ばす。

 何事もなかったように起きあがった戦闘員は、指示通りに僕の側に戻ってきた。

「お、お前たちは何者だ!」

 拡声器を使うのも忘れて、最初に僕たちに呼びかけてきていた警察官が恐怖と驚きを含んだ声で叫ぶ。

 一瞬まばたきをするように視界をオフにして、ヘルメットの下で大きく息を吸う。ほんのわずかな時間考えて、僕は彼らの問いに答えた。

「我々は悪の秘密結社ステラート。僕はその首領、コルヴス」

 もう戦意を失っているらしい警察官たちは、ただ大口を開けて僕の言葉を聞いていた。

『帰還する』

『はい。お疲れさまです』

 樹里の涼やかな声に安堵の息が漏れてきた。

 その緊張がどこか心地よいと感じていることを、僕は胸の中に生まれた満足感で感じていた。


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