第一章 結成! 悪の秘密結社 2


       * 2 *


「ん?」

 あり合わせの材料でつくったチャーハンをスプーンで口に運んで、僕は思わず疑問符を浮かべていた。

 おいしくないわけじゃない。

 むしろ出来としてはかなりいいし、味も適当な材料の割にはかなりおいしい。

 でも綾子さんや僕自身でつくるものと違って、――家の味じゃなくて、何となく違和感を感じた。

「おいしくありませんでしたか?」

 ダイニングの椅子に座る僕のすぐ側で、女性は顔を覗き込んでくるように首を傾げた。

「いや、おいしいよ」

 家の食器で食べるから違和感を感じるだけで、中華料理店で食べるのと同じと思えばこれほどおいしいチャーハンも珍しい。

 自分がつくると言うので女性に頼んでつくってもらったチャーハンを、朝から何も食べていなくて空いていたお腹に、僕はかき込むように詰め込んだ。

「それで、いったいどういうことなの?」

 驚くのはもう辞めていた。

 悪の秘密結社キットというのが届いて、その種を植えたら樹里と名乗る女性が生まれた。

 アニメやマンガにありそうな展開で、現実味は薄いけれど、確かにいま僕の目の前には、柔らかく微笑む女性がいるんだ。

 そのことを疑っても仕方がない。

「ひとつ確認したいのですが、取扱説明書は熟読されていますか?」

「えっと、それは……」

 いまさっきと変わっていないはずなのに、凄みを感じる女性の笑顔に、僕は思わずたじろいでしまう。

「荷物が届いたのが合宿の直前で、その……」

 僕の言葉に、女性の背後に炎が噴き出したような気がした。

 現実にはないのに、まるで仁王像が背負う炎の存在を感じさせる女性が言う。

「種を植える前に取扱説明書を熟読しておくよう、何度も書かれていたはずです。基本的なことはすべて取扱説明書に書かれています。書かれていない内容についてはわたしが補足させていただきますが、まずは取扱説明書を読んでいただかなければ始まりません」

「――今度ちゃんと読んでおくよ」

「そのように願います」

 不満そうな表情を浮かべた女性は、諦めたようにため息を吐いた後、僕に向き直った。

「先ほども申し上げました通り、悪の秘密結社キットを芽吹かせた貴方は、悪の秘密結社の首領となられました。これよりキットは首領の悪を世に示すための力となります」

「いきなり悪の秘密結社の首領とか言われても――」

 取扱説明書を読んでないのが悪いんだろう、再び炎を燃え上がらせようとした女性に、僕は口をつぐむ。

「それで貴女は、いったいなんなの?」

 顔を若干引きつらせつつも、女性は僕の質問に答えてくれる。

「わたしは悪の秘密結社キットの付属物であり、神の欠片であり、キットをより良く扱うためのナビゲーターです。首領ひとりでは手が足りない場合などには、結社の運営を補佐させていたくこともありますが」

「その悪の秘密結社キットでは、どんなことができるの?」

「首領が望むならば、世界征服でも、人類滅亡でも、望むことはほとんどのことが可能です」

「世界征服に、人類滅亡?」

 いくら何でも現実味がなさ過ぎる。

 本当に現実離れした展開に、僕は言葉だけでは理解することができない。

「ただし現在はトライアルピリオド、試用期間であり、四ヶ月の間は隣接市までの活動に制限され、他にもいくつかの制限が存在します。トライアルピリオド終了後、首領が行った活動内容に応じて裁定が下され、結社が継続されるか否かが決まります。これくらいのことは取扱説明書に書いてある内容なのですが……」

「えぇっと――」

 恨めしそうに僕のことを見る女性の顔に、僕は別の話題を振ってみる。

「首領と呼ばれるのも、ちょっとねぇ」

「それでは、マスター」

「それもなんかな」

「でしたら、マイロード?」

「いやいやいや」

 キットの付属品で、生まれ方からして人間じゃないからか、それともそれが彼女の性格だからなのか、突拍子でもない呼び方にとくに疑問を抱いている様子のない女性。

 考え込むように僕から視線を外した彼女は、ピンク色の唇に人差し指を添えて難しい顔をする。

「普段の……、そう、普段の時の呼び方だからね。普通に名前とかでいいよ」

「……そうですか」

 まだ不満そうな顔をしつつも、彼女は僕に向き直る。下ろした両手を軽く組んで、真正面から僕を見つめてくる。

「それでは」

 彼女の深緑の瞳に、小さく僕が映っているのが見えた。

 ただ僕だけを映した瞳が、柔らかく笑む。

「遼平さん、と普段は呼ばせていただきますね」

 ドクン、と、音がしそうなほど心臓が脈打った。

 僕は深緑の瞳の中の自分と見つめ合う。

 小さく映る僕は、瞳の奥のどこまでもどこまでも奥底にいるように、小さく映っていた。

「わたしのことは、そうですね――。樹里と呼びください」

「わかった」

 応えながら、僕はまだ瞳の中の自分と見つめ合っていた。

「どうかされましたか?」

 深緑が近づいてきたと思ったら、ほつれそうになる髪を片手で押さえた樹里の顔が、息が掛かるほど近くにあった。ほのかな甘い香りが僕の嗅覚を刺激する。

「うっ、うぅん、なんでもない。大丈夫だよ、樹里」

「はい。遼平さん」

 仲のいい友達であれば名前で呼び捨てにすることはあるけど、僕はあんまり人を呼び捨てにするのは好きな方じゃない。

 でも僕の前で柔らかに笑む樹里については、呼び捨ての方がしっくりくるのは何故だろうか?

「それで僕は、まずは何をすればいいんだろう?」

 言ってから悪い予感がした。

 今度は柔らかい笑顔のまま、樹里が言った。

「キットの木を鉢から地面に植え替える必要があります。それから遼平さんの変身スーツのデザインし、スーツの機能に慣れていただくことが最初にやるべきことでしょうか。他にも戦闘員や怪人の管制できるようにならなければなりませんし、キットの木も生長させないとエネルギーが充分に確保できませんから……」

 とがらせた唇に人差し指を当てて、樹里は考え込んでしまう。

 僕が取扱説明書を読んでさえいればなかった悩みに、少し罪悪感を感じ始めたとき、何かを思いついたらしい樹里が笑んだ。

「わからないのでしたら、実践で身につけるというのはどうでしょうか?」

 これまでで一番楽しそうな笑みを浮かべている樹里に、僕は悪い予感が的中するのを感じていた。


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