第五章 現代勇者の決戦事情 1



第五章 現代勇者の決戦事情


       * 1 *


「送ってやれるのはここまでじゃな」

 結社の車に乗り込んで出発したときにはまだ微かに青色を残していた空は、すっかり星が瞬き、東の低空には夏の天の川が見えていた。

 途中、俺たちは割と大きな船に乗り換え、目的地である島を目指した。

 いま乗っている船ならばあと十分もかからない距離に島があるはずだが、舳先に立って貸してもらった双眼鏡で見てみても、その影すら確認することはできない。

 しかしここまで近づけばわかる。

 この近くの海に結界が張ってあることが。

「これ以上近づけば魔人王に感づかれ、敵対していると思われてしまうからノ」

「充分だ。ありがとう」

 どこまで着いてくるのかと思ったが、結局船にも乗り込んできたステラに礼の言葉とともに頭を下げる。

「ボートを準備してやる。少し待っておれ」

「何から何まですまない」

「ふふんっ。勇者の恩返しに期待しておるよ」

「ちょっと待ったーっ」

 船が停止したことに気づいたらしいエリサが、詞織と下の船室から出てきて叫んだ。

「なんだよ。これ以上は近づけないんだ。ボートを出すしかないだろ」

「武装を強化したって言ったでしょ」

 そう言ってニッと笑うエリサの意図がわからず、俺は詞織と顔を見合わせて首を傾げる。

「ライトウェア、セットアップ!!」

 ポケットからつかみ出した携帯端末を空にかざし、エリサは声を上げた。

 彼女の身体がワインレッドの光に包まれ見えなくなる。

 一瞬エリサのほっそりとしたシルエットが見えたと思った次の瞬間、光は弾けて消えた。

「おおぅ」

 光の残滓をまとって現れたエリサの姿に、俺は思わず感嘆の声を上げてしまっていた。

 これまでの機光アーマーはそのままに、肩や胸、髪飾りのようだった頭に追加アーマーが装備され、ヒレのみたいだったジャンプスラスターに加えて、ミニスカート丈の腰部アーマーにはフリル状のアーマー、ではなくおそらく武装と思われる装備が装着されていた。

 何より変わったのは背部から腰部のアーマーの上、腰のくびれの辺り。

 翼にも見える突き出したスラスターと、それを支えるランドセルのような基部は、装甲や武装と言うより、乗り物と言えるようなサイズをしていた。

 たぶんいつもより強力な魔法障壁を張れるだろう盾のような手甲をした左右の手を置いているのは、背面の基部から伸びる一対の大砲。表に見えている攻撃用の装備は左右で若干形状が異なる二本の大砲だけだが、他にもたくさんの武器が積み込んでありそうな雰囲気があった。

 装備の容積はエリサのやせ気味の身体を越え、重量も大幅に増えているだろう機光武装に、エリサの足は甲板から離れ、わずかに浮いていた。

 これまでのエリサが機動戦士風だったとしたら、いまのエリサは機動アーマーになったような印象だ。そのうち変形合体でもし始めそうな。

「すごいな……」

 素直に俺はそう呟いていた。

 これまでエリサ以外の機光少女にも会ったことはあったが、これほどまでの重装備をしている奴は見たことがない。どれほどの戦果を上げたポイントをつぎ込めばこれほどの装備が調えられるのか想像もできなかった。

 目を輝かせて「すごい……」と呟いている詞織とともに、俺はエリサの姿に見惚れていた。

「これはなかなかの装備じゃナ。今後お主と戦うときには戦力を増強せねばなるまいて」

「や、やめてよねっ。ただでさえ魔力の消費大きくて、ポイント大放出してるんだし、消耗品関係もかなりポイント食うからいつもの戦いじゃこんなの使ってられないわよっ」

「ほほぅ」

 敵となる人物の強化に何故か楽しそうに笑っているステラに、エリサは顔を真っ赤にして反論していた。

「改めてありがとう、エリサ」

「違うからね! ……違わないけど。だから! その、これは先行投資! そのうちあんたともう一度戦って、勝つための!! 今回はそのためのテストも兼ねてるんだから! それに――」

 赤くなってる顔を半分だけ振り向かせて、俺を左目だけで見つめてくるエリサは、語気を弱くしながらも言う。

「詞織が、それに紗敏がどうしても戦いに行くって言うなら、あたししかいないでしょ、すぐ側にいて、一緒に戦ってくれる人なんて。だから、あたしはあんたたちと絶対一緒に行くの! そんなことより早くどこかに捕まってっ。時間ないんでしょ! こいつの出力ならあんたたちふたりくらいなら問題にならないからっ」

「あぁ」

 怒っているようにも見えるエリサの顔と言葉に少し胸をくすぐられつつ、俺は機光武装に取り付くように登る。詞織を俺の身体にしがみつくようにさせて右腕を彼女の肩に回し、つかみ所が見つからなくて左腕はアンダーウェアがむき出しのエリサの細い腰に回した。

「ちょっ、もう! どこ触ってんのよっ。いいけど……。行くわよっ!」

 言葉とともにエリサの身体がというより、三人を乗せた機光武装の塊がふわりと浮き上がる。

「必ず帰ってこいよ」

「あぁ、もちろんだ」

 エリサの放つ光の噴射にあおられる髪を押さえながら言うステラの言葉に送られて、俺たちは星が瞬く空へと舞い上がった。


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