第四章 現代勇者の縁故事情 3


       * 3 *


「ったく、あの莫迦勇者はっ!」

 電灯も点けず、自室の机の前に座ったエリサは据置端末に向かって文句を垂れていた。

 移動記録すら取れず、悪の秘密結社の本部アジトから外に出されたエリサは、紗敏たちと別れて家に戻ってきていた。

 収まらない気持ちはシャワーを浴びてもまだわだかまっていて、下着姿のまま電源を入れた据置端末で機光少女アプリを立ち上げていた。

『何? またあの勇者様と揉めたの?』

「揉めたっていうか……。あいつが莫迦なこと言ってただけっ」

 エリサの声に応えたのは、画面の広い据置端末の右側に映し出された女の子。

 機光少女アプリは携帯端末でも使うことができるが、新しい装備の購入や購入予定の装備のマッチングを行う際は、説明が同時表示できる据置端末で立ち上げた方が見やすい。

 据置端末でショップ画面を表示すると、そのとき店員担当の、比較的戦闘が少ない地域に配属されていて、装備に詳しい担当機光少女と話をしてアドバイスをもらったりすることができるようになっていた。

 何度もアプリ越しに話をしたことがあるいまの担当とは、直接会ったことはなかったが、愚知を言い合うくらいの仲ではあった。

『何よエリサ。勇者様とは割といい仲だったんじゃないの? うちらの中じゃいつつき合い始めるか、って話をしてたくらいなのに』

「あたしがあいつとつき合うなんて! ……あるわけないじゃない」

 ついこの前告白してきっぱりと振られたのを思い出して、エリサは口を尖らせていた。

 今日報告した情報に基づいてあたらしいポイントが入っているのを確認したエリサは、ショップページで購入する装備を確認していく。

 学校にいるときに現れた強大と言える力を持った魔人。

 変身こそしていなかったが携帯端末に残っていた記録は、校舎越しだったために精度はたいしたことがなかったし、いなくなった後に戦闘被害を消しつつ収集できたのは微かな痕跡程度だったが、想像以上のポイントを得ることができていた。

 それほどのポイントが得られるほど強くて、正体がわかっていない魔人。

 紗敏はそれと戦うつもりらしい。

 ――あいつは莫迦よ。大莫迦よ。

 心の中で文句を言いながら、エリサはこれまで購入したことのない装備のページを見る。

『エリサさぁ。本当にこんなの買うの?』

「……うん」

 未確定のままカートに入っている装備を確認して、店員少女に小さく肯定の返事をしていた。

 カートの一覧に並んでいるのは、追加アーマー、フライブルーム――ジャンプではなく飛行ができる装備――、それから大型の砲撃装備など。これまでエリサが買ってなく、買う必要もなかった装備たちだった。

 機光少女の役目は光の世界に侵攻しようとする闇の住人の排除と同時に、そうした者たちの情報を得ること。充分に情報を得てから倒す方が得られるポイントが多くなるから、防御を固めてできる限り戦いを伸ばす方がポイント的には有利だった。

 いまのところ人間由来の戦闘員、怪人が多い悪の秘密結社と戦うことが一番多いこの町では、その身体ごと粉々に吹き飛ばしかねない砲撃装備などは不要というより邪魔だった。

 ――でも、たぶん必要よね。

 これから自分がするだろうことを思って、エリサはため息を漏らした。

『いったいあんた、何と戦うつもり? その町の悪の秘密結社の本拠地に攻め込むつもり? 最低でも重武装で分隊単位で攻め込む場所でしょ』

「結社のことはいいの。ここしばらくはあたしから攻め込んだら勇者の奴に叩き潰されるから」

『何それ。あんたたち敵対してんの? 以前けちょんけちょんにされたときに約束交わして仲直りしたんじゃなかったの? そっちの事情はいいけど、それならいったい何と戦うつもり?』

「魔人。たぶんメモルアーグ」

 反応があるまで、しばらく間があった。

『はぁーーーっ?! メモルアーグってあり得ないよっ。小隊か中隊で戦うクラスの魔人だよ?』

「うん、わかってる」

 機光少女では強力な敵と戦うことになったとき、招集可能な者を集めて四人単位の分隊、分隊を三つ集めた小隊、さらに小隊を三つ集めた中隊といった規模で戦うことがある。

 エリサは過去に二度、そうした部隊戦闘を経験したことがあった。

 一度は徒党を組んだ魑魅魍魎の集団を分隊で討伐した際で、もう一度は小隊で魔人に挑んだとき。魔人との戦いでは犠牲者を出しつつも辛くも勝利を得ていた。

 数百体いるとされる魔人のほとんどは正体不明で、上から下まで幅があるだろう力もよくわかっていない。その中でもメモルアーグは有名な魔人の一体で、過去に機光少女が討伐したことがある魔人の力と、古い記録にある戦闘内容から、その強さが推測されていた。

 勇者ならば敵ではないのかも知れないが、エリサひとりで戦うには無茶や無謀を通り越して、無理の領域に達する敵だった。

 ――それでもあいつは、魔人王とメモルアーグの二体を相手に戦うつもりなんだもん。

 魔人の襲来があったとき、エリサはメモルアーグだけでも恐ろしかったのに、もう一体の魔人の力を感じて椅子から立ち上がることもできなかった。

 短時間しかいなかったからよかったものの、本当ならば結界を張って学校に影響がないようにしなければならないと頭ではわかっていたのに、魔人王と思われるもう一体に存在を気づかれるのが恐ろしくて、動くこともできなかった。

 ――本当あいつ、何を考えてるんだろ。

 クラスメイトの鈴代さやかが掠われているという話は聞いていた。

 けれど魔人王と戦うなど、紗敏が人類最強の勇者と言っても無茶な相手だろうと思えた。

『死ぬよ、エリサ。それだけ装備を固めてれば少しは耐えられるだろうけど、絶対勝てないよ。機関に応援を頼んだ方がいいって』

「うん。わかってる。でもあいつは戦うつもりだもん。時間がないから、情報が届き次第出発するつもりみたいだから」

 もし上手いことさやかを救い出したとしても、自分が死んでは意味がない。

 お金は生活の基盤で、幸せになるためにはお金が必要で、でもそれよりもなによりも、生きていなければお金を得ることも、幸せになることもできない。

 それなのに、紗敏は戦おうとしている。

『そっか。勇者様の加勢なんだ』

「うん。そんな感じ」

『んじゃあこれとこれ、装備はこっちの方がいいよ。あとこれもあるといいかも』

 開いているカートの購入予定一覧の下に、いくつかの装備の追加と、カートに入っているものの下にお勧めと記載された装備が表示される。

 機光少女の装備は種類も内容も豊富で、これまで強力な装備を購入することがなかったエリサは、とにかく強力なものを買っておこうとしていた。

 新たに表示された装備は、組み合わせと魔法出力を考慮されたものだった。

「ありがと」

『うぅん、いいけど……。生きて帰ってきなさいよ』

「うん、もちろん」

 追加装備をカートに入れて、カートの内容をお勧めのものに入れ換えたエリサは、画面をタッチして購入ボタンを押した。ポイントの残高が八割方なくなってしまって、ついこの前考えていた未来予測を大幅に書き換えなければならないが、ため息ひとつで諦めた。

 機光少女への変身にも使っている携帯端末を手に取って、いま購入した装備が魔法拡張空間に転送済みなのを確認する。

 ――でもなんか、あいつらしいのよね。

 魔人王との戦いは、無茶で無謀であることくらい理解しているはずの紗敏。

 しかしその戦いに臨むことは、なんとなく彼らしいように思えた。

『戦果報告、待ってるからね』

「わかった」

『行ってらっしゃい』

「うん。行ってきます」

 店員少女の少し心配した表情に送られて、エリサは椅子から立ち上がった。

 据置端末の電源を落とし、ベッドの上に出しておいた服を身につける。

「あたしがあんたの隣にふさわしいってこと、これから証明してやるんだからっ」

 気合いとともにそう言葉に出して、着替えを終えたエリサは玄関へと向かった。


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