第四章 現代勇者の縁故事情 2
* 2 *
目隠しの上に耳には音が聞こえないようにするためだろうヘッドホンまでつけさせられ、手を引かれて連れてこられた場所は、ファンタジー世界のアニメで見たことがある謁見の間のようなところだった。
左右に並ぶ太い柱の向こうには警備のためだろう、戦闘員や怪人がひしめいていて、一番奥には玉座のような椅子が置かれていた。
そういうルールでもあるのか、テレビの特撮ものと同じおどろおどろしい装飾がされ、赤い絨毯が敷かれている謁見の間を進み、台の上に置かれた玉座のずいぶん手前まで進んだ俺は、片膝を突いて頭を下げた。
並んで歩いてきた詞織もまた俺に習って膝を突き頭を下げるが、何故か着いてきた機光武装を身につけたままのエリサは、両手剣こそ格納しているが、腕を組んで立っていた。
待つことしばらく。
重々しい足音とともに、下げたままの視界に象のように太い、黄土色の毛をした足が見えた。
――現首領は怪人か。
この街に本拠を構える悪の秘密結社とはそれほど深いやりとりをすることはないから、詳しいことはあまり知らない。それでも光の世界に侵攻してきそうなときや、機光少女との戦いが長引いて影響が出そうなときにはぶつかることもある。
現首領に代替わりしたのは、一年ほど前の春のこと。
先代首領とは二度だけ会ったことがあり、二度目は決戦をしたときだった。
初老というにはまだ若そうな姿の、重厚な鎧を身につけた人間の姿をしていた先代首領は、日本征服を目指して決起し、その最初の対象として俺に戦いを申し込んできた。
結社の総力と俺とで戦い、結果、俺は先代首領のトドメを刺した。
それ以前からもぶつかっていたから疎まれてはいたが、首領を殺したことが原因となり、俺は悪の秘密結社から決定的に嫌われることとなった。
――現首領は果たしてどんな奴なのか。
頼み事を聞き入れてくれる人柄であることを祈りつつ、俺は現首領からの言葉を待った。
「表を上げろ、勇者」
野太い声にしてはずいぶん軽い言葉で、首領は声をかけてきた。
おそらくベースとした動物は猿だろう、先代首領と同じ黒くて刺々しい鎧をまとった現首領は、玉座の肘置きに肘を突いて頬杖をし、ニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべていた。
「現首領のステラじゃ。今日は用があってワシに会いたいということだったな」
「はい。お願いしたいことがあり、面会を求めた次第です」
「わかった。受けよう」
「は?」
まだ内容も話していないにも関わらず了承の言葉を返してくる首領、ステラに、俺はあんぐりと口を開けることしかできなかった。
詞織もエリサも驚いているようだが、俺はたぶんふたり以上に驚いている。ステラの隣に立つ二体の怪人も、左右の柱の向こうにいる戦闘員や怪人にも、戸惑っている様子が見られた。
「人類最強の勇者が伏して願うと言うのだ、恩を売るには最高の機会じゃ。内容を聞かずとも受けるに充分な価値がある」
「だ、だけどっ!」
「言いたいこともだいたいわかっているのじゃ。最強の力を持つお主になく、ワシらが持っている力。お主がワシに借りたいのは、組織力じゃろう?」
「……はい。その通りです」
楽しそうに笑っているステラに、俺は自分の求めているものを認めた。
――見抜かれていたか。
素直にそう思った。
俺は交渉は難航するものだと予想していた。
先代首領を殺した張本人である俺は、戦闘員や怪人の多くに恨まれていたし、現首領もまたそうであろうと思っていたからだ。
それでも俺は、悪の秘密結社に頼らざるを得なかった。
どれほどの条件を出さなければならないのか、ここに来るまでに考えていたりもした。
「お主には先代の頃から、お前の母のことも考えれば先々代からずいぶん世話になっているな」
「……えぇ」
ステラが首領を勤める悪の秘密結社レベリスタは、この町に代々本拠を置く由緒正しい秘密結社だ。勇者の力を持つ俺のお袋もまた、度々戦うことがあったと聞いている。
「世話になったというのはもちろん皮肉じゃ。お主には戦闘員も怪人もずいぶん叩きのめされておる。ワシの父はお主に殺されてもいるし、その決戦ではずいぶん戦力を削られたものだ」
「その節は……」
「しかしお主はそこの機光少女とは違う」
「違う?」
まるで子供がするように足を浮かしてバタバタと動かし、楽しそうに笑っているステラ。
「うむ。原則お主は光の世界に影響を及ぼしさえしなければ戦うことすらしないし、機光少女のように殺すつもりで戦っているわけではない。無論、先代のように死ぬまで決意を翻さぬ場合は違うがな。いまとてお主ひとりでこのアジトひとつくらい壊滅させられる力を持っているだろうに、暴れる素振りすら見せない。我らを屈服させて力で言い聞かせることもできる力を持ちながら、筋を通そうとしておる。ワシはお主のそういうところが好きなのじゃ」
「けれど俺は、貴方にとって仇なのでは?」
「さてな。ワシはそう思ってはおらぬ。昔と違って悪の秘密結社と言っても、世界に多くある結社は表立って世界征服をしようとしたり、光の世界を蹂躙しようとするところはほとんどない。影の世界よりもさらに暗い場所でこそこそと仕事をするばかりじゃ」
言葉を一度切り、ステラは好奇心の光を宿した目で俺のことを見て、質問してくる。
「そこで質問じゃ。世界征服はどうすれば達成できると思う? ワシとて悪の秘密結社の首領じゃ。世界征服の野望くらいある。ではその世界征服とは、どんなことを言うのだ?」
牙の生えた口をつり上げさせて、ステラは身を乗り出して俺の言葉を待つ。
考えに考え抜いて、でも俺は、答えを出せなかった。
「光の世界を蹂躙して、光の住人を従えることでしょ」
俺の代わりに不満そうな声で答えたのは、エリサだった。
「確かにそれは世界征服と言えると思うが、しかしながら現実問題として不可能じゃ。ワシらではそこにいる勇者ひとり倒すことができぬ。世界中に存在する結社の力を結集すれば勇者を倒すことくらいはできるかも知れぬが、我らによる征服を望まぬ闇の住人との戦いになる。結局のところ世界蹂躙には至らず、光の世界に暗黒時代が訪れるだけじゃろう。それではもうひとりの娘、聖女の力を持つお主は、世界征服とはどういうものだと考える?」
「えっと……。その、できるかどうかわかりませんが、世界をひとつにできたとき、でしょうか。戦いで難しいのであれば、それ以外の方法などで」
「良い答えじゃ。そこの頭の硬い機光少女とは違うノ。確かにそういう方法もあるが、それには長い長い時間がかかる。そうした作戦も進めてはいるが、ワシの代で征服を成すことはできぬだろう。世界征服とは世界をひとつにすることだと思うておる。そのための主導権を握った者こそ、世界の征服者であると、な。世界がひとつになれば、さぞやそこは平穏で幸せな世界になるであろう。現実には難しいとしても、それを夢見るのじゃ。……しかしながら先代は、自分の力も顧みずに、勇者に挑み、敗れた。ワシはまだ力もなく、幼かった故、先代を止めることができなんだ。そのことをワシは恨みに思うてはおらぬよ」
いったい現首領はどれほどの器だと言うのか。
どことなくあどけなさを感じる笑み――顔は化け猿だが――を浮かべる首領に、俺は少しばかり感銘を受けていた。
「さて勇者。ワシらはお主に力を貸す代わりに、ひとつ約束をしてもらいたい」
「――話を聞きましょう」
「何、たいしたことではない。ワシらが光の世界に影響を与えない限り、ワシらには手を出さないでほしい」
「それは……」
あまりの要求の軽さに、俺は思わず目を見張っていた。
基本的に俺は悪を標榜した秘密結社であっても、これまで光の世界に影響が出ない限り積極的に戦うことはなかった。その要望はこれまでと何も変わるものではない。
「それはいままでと何も変わらない」
「わかっておる。しかし言質がほしいのじゃ。いまこの場でもワシらを討ち滅ぼす力を持ち、その気になればここを探してでも殴り込むことができるお主の存在は、ワシらにとって脅威じゃ。しかしその勇者が自分からは攻めてこぬと約束してくれたならば、ワシらは自分たちのやるべきことを、望むことを安心してやることができる。その言質は、決して軽くはないのじゃ」
「光の世界に影響を与えたり、その可能性があると判断できたり、俺や、俺の知り合いなどに危害が加わるような場合は戦うことになりますが、それでよければ」
「うむ。それで良い。身内を守るのは当然の行動じゃ。そのことを止める気はないし、そうと気づいた時点でワシらも手を引く。約束じゃ、勇者よ。ワシらは互いを攻めず、闇の世界にある限りは敵にはならない」
「はい。約束しました」
「機光少女よ。それから聖女よ。お主たちが約束の証人じゃ。よいか?」
「……あたしにとくにメリットなさそうだけど、まぁいいわ」
「はい。わかりました」
「よし、決まりじゃ」
パンッ、と両手を叩き合わせて、ステラは玉座に座り直す。
――何?
その瞬間、ステラから表情が消え、電池の切れたロボットのように力なく首を垂れた。
「首領!」
周囲の怪人、戦闘員からステラに非難の言葉が飛ぶが、当の首領の変化は止まらない。
黒い鎧が扉のように左右に開き、その下の黄土色の家に覆われた腹から胸が、跳ね上げ戸のように持ち上がっていった。
腹の中にいたのは、幼女。
紫のレオタードのような服とブーツを身につけ、腰まである長い髪を振りながら、どう見ても小学校高学年がいいところの女の子が、怪人型外骨格だったのだろう開いた猿の腹を椅子のようにして座り、足を高く組んだ。
「約束の証じゃ。これがワシの、現首領ステラの真の姿じゃ。美しいワシの姿を存分に眺めるがいい」
口調も表情も猿の姿だったときと同じだが、声は女の子らしい高いものになったステラは、にたりと笑った。
前年の戦いで先代首領が死に、急遽就任した現首領が若いという噂は聞いていたが、怪人ならともかくまさかまだ女の子らしい膨らみすらほとんどない幼女だとは予想もしていなかった。
「こんな幼い子なら……」
「エリサ!」
小さな声で呟くエリサに、俺は立ち上がって彼女のことを睨みつける。
両手剣を取り出してスラスターから光が漏れ出した瞬間、俺はエリサの頭をつかんで絨毯に叩きつけた。
「くっ。何するの! こんな子ならあたしでも倒せる。悪の秘密結社はあたしの敵なのよ!」
「お前は俺に着いてきただけだ。お前が一緒に着いてくるのを誰も止めなかったから何も言わなかったが、いまここで暴れようとするなら、俺はお前の敵だ」
「ちっ」
舌打ちをし、唇を噛むエリサ。
「いいもん。どうせ道はわかってるんだし……。次は部隊で攻めればいいんだし……」
「お前、ここまでの道を記録してたな?」
ほんの微かな声を聞き逃すことなく、つかんだままの頭を持ち上げて、彼女の顔に自分の顔を寄せて問い質す。
「もし記録してるなら、消去しろ。しないなら、俺はお前の装備をすべて破壊して、二度と機光少女として活動できなくなるまで叩き潰す」
顔を怒りに染めて、視線で殺しそうなほどの目をして睨みつけてくるエリサだったが、左手に取り出した携帯端末に右手の指を滑らせ、俺に見せた。
「消去したわよ。これでいいんでしょ!」
「……あぁ」
表示された内容を確認して頷きを返した俺は、エリサの頭を離した。
ドサリと床にへたり込んだ彼女のことも見ずに、幼女のステラと向き合う。
「クククッ。さすがは勇者。楽しませてくれる。さて、話を戻そう。お主がワシらの組織力を使って探したいものは、今日の昼間に現れた魔人の居所じゃな?」
「そうだ」
「はぁ?! あんた莫迦なの? あんなの勇者でも倒せるわけないじゃないっ。あのときあたしも学校にいたけど、絶対手を出したい相手なんかじゃなかった。死ぬよ、紗敏」
復活して呆れ顔を向けてくるエリサに、一瞥をくれて言う。
「それでも俺はあいつを探し出して、人を取り戻さなくちゃならない」
「あのとき魔人に掠われたのはお主の身内か。春頃に現れた魔人もすぐに姿を消したし、今回もそうじゃったからあまり気を払ってはいなかったが、そういうことならば探すしかないな」
「探せるのか?」
「無論。すでにある程度の場所は把握しておる。もう一度現れて町に影響を及ぼさぬとも限らぬ。各所の我が結社の構成員がどこに落ち着くかを確認しておるよ。まだ報告はないがな」
「助かる」
ステラに向かい、俺は深く頭を下げた。
「一度自宅に帰り、待つが良い。報告があり次第、こちらからお主の家に出向こう」
「お願いします」
頭を上げ、楽しそうに笑っているステラと一瞬目を合わせた後、俺は彼女に背を向けた。
「紗敏さん……」
心配そうな目を向けてくる詞織が、俺の手を取って握る。
その手を握り返しながらも、俺は詞織に言葉をかけてやることはなかった。
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