第三章 現代勇者の怨恨事情 3


       * 3 *


 自然洞窟のような岩肌を見せる洞窟の奥には、磨き上げられた平らな床と祭壇があった。

 洞窟の行き止まりとなる祭壇には松明が掲げられ、ゆらゆらと揺れる炎が祭壇の上の砕けた、しかしそれでも巨大と言えるサイズの宝石を照らしていた。

 祭壇の前で膝を突き、頭を床に着けて一心に祈る男。

 黒いローブを身につけ、白に黒が混じる髪をした初老の彼は、つぶやくような言葉で一心に祈りを捧げている。

「魔人様……。私に力をお貸しください。あの勇者めを打ち倒す力をお貸しください……」

 揺れる松明が立てる音と、洞窟の天井から垂れる滴の音、そして男、魔人教団教主の祈りの言葉以外には、静寂に支配された空間には、長く、長く、何の変化も訪れなかった。

 しかしあるとき、松明の炎がひときわ大きく燃え盛った。

 次の瞬間、祭壇の上に足を組み座っていたのは、人の身長を遥かに超える黒体無貌の魔人。

「メモルアーグ様!」

 顔を上げ、メモルアーグの姿を認めて再び頭を垂れた教主は、自分の願いを告げる。

「私に力を。さらなる力を。勇者を打ち倒す力をお貸しくださいませ」

「人の身にありながら熱心なものよ。しかしながら教主よ、その願いを叶わぬこと」

「何故! 所詮勇者など人。貴方様の本当の力をもってすれば――」

「難しいな。奴は人とは言え、勇者。あれほどの力を持つ者は千年にひとりよ。奴のみの力であればもう一度奴とまみえれば倒しうるかも知れん。しかし勇者とはただ強い力を持った闇の者ということではない。あの右手に籠もった力は勇者の力とは思えぬし、勇者の秘めた特性はそれだけに留まらぬ。勇者は勇者という名の力なのだ。我の力であれを討ち滅ぼすのは難しい」

「では、どうするおつもりで?」

 顔を上げた教主は膝を突いたままメモルアーグにすり寄っていく。

「案ずることはない。ある方に力を借りることにする。我よりも強大な力を持った方だ。あの方に力を借りるのは我とて畏れ多いが、あの方は強者を好まれる方。強者に苦しみを与えながら殺すことを好まれている。勇者は生け贄にこそふさわしい」

 組んでいた脚を解き、魔人は立ち上がる。

 黒光りする天井に着きそうな頭を教主に向けながら、背の羽根のない翼を広げた。

「わ、私も連れて行ってくださいっ。私も、私もあの勇者めに一矢報いたいのです!」

「連れて行くのは良いが、あの方の機嫌を損ねれば虫けらのように殺されるやも知れぬぞ?」

 立ち上がって魔人の足下に近づいた教主は身体を震わせるが、それでも願いを告げる。

「それでも彼奴めにできることをしたいのです。メモルアーグ様のお役に立ちたいのです!」

「そして教団を復興し、あの狂乱の生活を取り戻したい、か? それもまた良かろう。これからも聖女を贄と捧げ続けるならば」

 怯んだように顔を強ばらせた教主を物のように手につかみ、翼を羽ばたかせた。

 激しい風が巻き起こり、松明の火も消えた。

 風が静まった後、そこには何者の姿も残ってはいなかった。


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